画面が2つに分かれていますが、1枚の絵です。
スキャナーでスキャンした画像を貼り合わせましたが、
色や大きさがうまく収まりません。
最近、ヒロクニさんの絵は、独特な絵が多くなり、
独自の絵画への道を歩み始めているように思います。
外へ求めるのではなく、内面から発酵させているものが、絵に出てくるということでしょうか?
ポワンと浮かんだようなひょうたん型の顔のようなものが、
非常に奇妙に思えてしかたがありません。
即物的な私は、「餅」「福笑い」という単語を思い浮かべ、
「これではいけない!もっと文章にロマンを!ヒロクニさんは、ロマンが大切なのよ!」
と思うが、うまくいかない。
ちょっと連想ゲームのようだけれど、
ちょっと近しい絵をとりあげます。
↑こちらの絵は、オディロン・ルドンの絵。
「キュクロープス」というタイトル。
意味は、一つ目の巨人。ギリシャ神話に出てくるそうで、
水辺の妖精、ガラテイアを描いたもの。
表情が優しそうなのが、印象にに残ります。
ルドンは、画家としてのデビューが40代と遅咲きの人でした。
印象派(ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、マチス、ルノアール、ドガ等)が全盛の頃、
木炭で描いた奇妙な絵を発表します。
「眼=気球」紙に木炭
↑この絵はとても有名で知っていると思いますが、
印象派の時代に、モノクロームの絵を発表したので、非常に驚かれたそうですが、
受け入れられるまでに歳月を要します。
植物学者との友好から、顕微鏡の世界に興味をもったルドンの世界は、
自然観察からの賜物のようです。
ちょっと愛嬌のある、怖いような絵もあります。
↑「蜘蛛」 石版画集『夜』より
この絵の蜘蛛の表情が可愛いくて、怖さの中にユーモラスを感じさせてくれる
ユニークな画家の1人だと思っています。
印象派ではなく、象徴主義の絵の先駆けの画家に。
そして、象徴主義は、シュールレアリズム運動へと繋がっていきます。
ルドンの後半は、パステル画が美しく、色彩に溢れた非常にすぐれた作品が多くなり、
初期の頃とまったく違う画風になります。
ルドンと武内ヒロクニの共通点は何か?
それは、読書傾向がとても近い。
「ジョリス=カルル・ユイスマンス」や、「シャルル・ボードレール」、「エドガー・アラン・ポー」の
小説を非常に好んでいたルドン。
ヒロクニさんも、この3者の小説は今でもよく読んでいます。
ユイスマンスの小説「さかしま」の話をされると、さっぱりわからなくて、
よく固まっていました。
呼吸の回数が、減っていって、気が遠くなり苦しくなるのです。
私は、フランス文学のモアモアした感じが苦手なのです。
現実を生きる私は、
↑仕切りなおしとして、糠漬けを新に1から作ってみました。
生の糠を使用してみることに。
生の山椒、かつお節、じゃこ、昆布、唐辛子を水であえて、
↑このように。
捨て野菜を入れてあります。
「糠漬けの糠を食べてみるといい」と、書いてあったので食べてみました。
先回のスーパーで買った糠漬けの素よりいい感じです。
↑庭は、青々としていている中に、オレンジのエキナセアが映えています。
この絵も不思議感覚なヒロクニさんの絵で、言葉では、表し辛く、ただただ見た時の感覚を追うことに負われます。
ヒロクニさんは、読書傾向や、普段の生活から、夢想家でもあるし、ロマンティストな感覚なのだと思っているけれど、私にないものなので、その感じをうまく表現できません。
やや、女性は現実的になる傾向が強い。男性がロマンを求めるなら、女性は、その現実生活を支える。と、いう事でうまくいっているのではないしょうか?(私のことですね。)
アニメの「もののけ姫」は、見てませんが、もともと人の心に、ルドンの書いたような世界があるのでしょうね。そんな風に思いました。
ルドンとヒロクニさんの読書傾向が、その資質をよく表しているなぁ~と書きながら、気が付きました。私もハッ!としていました。(笑)
よく知識がないと言う人がいますが、職業的に美術関係でない場合は、基本知識は、なくてもよいと思います。作品を見て、作品のここが好き、この作品は好きじゃないとか、そんな感想でもいいと私は思っていて、ただ自分の中で、「何故この絵のここが好きなんだろう?」とか、「何故、この絵は嫌いなんだろう?」とか、自分との対話をしながら、いろんな絵を見ていくのが良いと、いつも思っています。
私の説明で、何かに、気が付いてくれるなんて、ともりんが、心の中で探求していてくれているからだと思っています。
美味しいぬか漬けを食べたいという探求心は、心だけではだめで、実行しないとね!
「美」が付くことを探究する毎日かしら?
毎日、ヒロクニさんは、マイペースで、製作を実行しています。いつもありがとう。
私がこの絵を見て感じたことです。
そのどれもがそう思えるし、違うようにも思えるし。
難しい絵ですが、中央の眼(?)と濃い青色に目が魅せられます。
そして、顔(?)を縁取っている山吹色が、輝いているように見えます。
ロマン、ロマンをもっと感じなければ!と私も自分に思ってしまいました。
ルドンのキュプロークスは、アニメ映画「もののけ姫」のデイダラボッチ(ダイダラボッチ)を思い出させます。
もちろん、ルドンに影響を受けたのは、もののけ姫の方ですが。
さほんりんに解説いただき、「はっ!今回のヒロクニ先生の絵は日本のキュプロークスに何か感覚のつながりがあるのかな?」と、初めて感じました。
解説をいただくと「はっ!」と思うことがとても多いです。
私は今まで、絵や造形などを観ることが好きでしたが、基本的な知識もなく、ただ漠然と自分がどう思うかだけで観てきました。
このブログで、さほりんとコメントのやり取りをさせていただいて、本当に「はっ!」と思うことと、
絵の感じ方に新しい感覚が突然出ることに、いつも驚きを感じています。
現実を生きる私……の切り返しに、思わず笑ってしまいました。
野菜と美しい花の庭、現実と芸術が混在していて、とても好きです。