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日記、日々の想い 

さあ、リハビリだ❗️

 とにかく、担当の理学療法士さんの指導の下、手術後、直ぐに、リハビリは、始まったのです。現代の医学では、整形外科だけではなく、あらゆる科目で、リハビリは、重視されているようですね。疾病状態からの回復には、病源を取り除くだけではなく、疾病によって低下した身体全体、個々の機能を、より健全な状態に戻す必要がある。或いは、維持しなければならないと、言うことなんでしょうかね。
 やはり、自分が、歳を取ったと言う事実、時間は容赦なく経過したと言う事実を、十分には、認識していなかったんだな、と痛感しました。半世紀近く前の、病院のあり方が、今を生きる自分の体験だったのだから、それが現代の医療なのだと、思い込んでしまっていたのです。
 時代によって、進歩の速度と言うのはまちまちで、劇的に進歩する時代も有れば、停滞する時代もある。或いは、停滞する時代もあるし、何なら、すべてが破綻してしまう時代も、あったりするかも知れない。そう考えて、自分が、若い時代に生きた時代が、劇的な進歩の時代で、中高年からの数十年は、失われた○年などと言われて、停滞の時代であったと、思っていました。確かに、事実として、そうした側面も、あったとは思います。
 自分の知る若かった頃の成長と繁栄の時代から、この停滞の果ての現代なのです。医療も、3Kではありましたが、特に医師は、社会の花形でもありました。でも、現代は、地方や、個人経営などの医療機関の経営難、破綻が頻発する時代になってしまいました。ただの3Kなだけの業界になりつつある印象すら、ありました。業界的な進歩など、たいしたことないだろうとと思い込んでいたような、そんな気もします。
 ただ、医療機関に、あまり受診することのなかった、この数十年間にも、やはり医療、医療システムも、格段に進歩していたのだと、思います。それは、薬品や、技術面だけではなく、考え方、仕組みの面でも、日々、進歩していたのでしょう。
 当たり前ですよね。自分が、かつて入院したのは、1975年、昭和50年でした。で、今回の手術、入院時は、その44年後です。1975年の44年前は、1931年、昭和6年ですからね。太平洋戦争勃発のひと昔前になる訳です。ああ、歳とりましたね。本当に。
 とにかく、そう言う事で、リハビリは、どんどん進みました。ベッドの上からですからね。術後、2週間で、傷は、だいたい治りますから、抜鋲です。昔で言えば、抜糸です。でも、現代は、体外に露出している傷口部分は、巨大なホチキスの玉ような鋲で、止めていくんですね。多分、針と糸で縫うよりは、簡単で、しっかり傷口を閉じる事が、出来るんでしょうね。
 抜鋲ですが、主治医の先生の回診の時に、ニッパーみたいな医療機具で、簡単に抜いてっちゃいます。これは、脱腸の手術の時に、経験済みでした。ただ、体内の傷口を縫った糸は、自然に吸収されるタンパク質素材みたいなもので出来ているのかな。抜糸は、ありません。これも、脱腸の時と、一緒です。この糸は、結構前から使われている事は、知っていましたけどね。
 抜鋲の、前からだったと思いますが、リハビリは、一段と、加速して行きました。やる気いまいちだった自分に、やる気も、生まれてきました。車椅子が、終わったのです。歩行器です。これも、半世紀近く前のリハビリ生活とは、大違いでしたね。その頃に、世の中に、歩行器が、存在していたのかどうか。それは、記憶にありません。でも、少なくとも、昔の整形病棟には、影も形もありませんでした。
 やはり、この骨折などの歩行訓練に、歩行器を使うのは、画期的ですね。負荷が少なく、自然に歩行動作が、思い出されてきます。少し恐々ではありましたが、いざ歩けるとなると。あっと言う間に、自然な歩行が出来るようになっていました。
 リハビリの最初には、マッサージは、必ずありました。触診的に、手術の患部などの筋肉の状態を確認。固まっていれば、揉み解してくれます、次いで、器具などを使って、ストレッチ的な運動をしていきます。とにかく、身体の可動域を、なるべく手術前に近づけて、日常生活を自然に出来るようにする。その事が、目標と言うことですね。
 もちろん、問題は、脚、膝です。その屈伸です。だから、スクワットも、勧められました。病院内の、例えば、手すりに掴まります。それで支えて、スクワットをします。脚に筋力がつく上に、問題の膝の曲がりを、自然な負荷で、良くしていく事が、出来る感じでしたね。
 ただ、こう言うのは、余りにも、地道過ぎて、横着な自分は、直ぐ飽きてしまいます。向かないようでした。それが、室内自転車を、使わして貰うようになりました。この運動も、筋力と、膝の自然な屈伸を、増進してくれます。すると、これが、結構、やる気になりました。速度とか、距離とか、細かく記録が表示されるので、以前の結果を、目標にしていきます。張り合いに、なりましたね。
 そうこうするうちに、杖を使った歩行訓練になりました。歩行器を放して、杖を使って歩きます。不器用な自分は、どうも、杖が、上手く使えません。と、言うより、普通に歩けるじゃん❗️杖なんか、なくても。もちろん、長くは、歩けません。使わずに、一旦衰えた脚は、直ぐに疲れちゃいますからね。でも、歩行器のおかげで。長時間の立ち仕事もしていた脚の筋力は、それなりに、迅速に、復活してくれるようでした。
 だから、杖は、飾りとして、或いは、倒れそうになった時の支えとして、持つこととしました。在職中に、酷い痺れと痛みで、一時的に、歩けなくなってしまった時に、買ってあった物です。
 こうして、書いていると、随分、リハビリは、順調だったようですが、そうでも、ありませんでした。要は、膝の曲がりですね。最低、手術前の状態に、戻すと言う目標です。療法士さんからも、急がないと、曲がらなくなりますよ、と、散々に煽られ続けましたが、なかなか、そうは簡単に、曲がりませんでした。苦労しました。
        to be continued

 今日は、既に、雲が多めですね。何しろ、明日から、明後日にかけては、当地も、台風が、直撃となりそうです。実は、ぐずぐずしていたワクチン接種の一回目が、明日午後14時の予約なのですが。どうなるんでしょうか。地元の、1kmちょっと先の病院ですから。クルマで行きますし、たいした事は、ないんですが。大嵐には、なって欲しくはないですね。

 ただ、明後日も、その翌日の車検の為に、依頼したGSに、朝10時に、クルマを、持ち込まなければなりません。せめて、それまでに、天候は、収まっていて欲しいですね。

 今月の満月も、綺麗に見えて。あれが、一昨日の晩で。いきなり、台風とはね。でも、関東は、こうした小笠原諸島沖で発生した台風に、不意打ち的に、直撃された時に、意外な被害を受ける印象があります。こころしたいと、思います。

 当地の、今朝の最低気温は、空港観測値で、23.4℃と、最近では、一番高かったです。ただ、朝方は、それ以上に、久しぶりに、蒸し暑く感じました。最高気温予測は、28℃ですが、午前中に、既に28.5℃を、記録しています。ただ、雲が広がってきて、これ以上、気温は、上がらないようです。











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