本を読むようになって、最初は、父の蔵書。それから、学校の図書室。ただ、市の図書館が、近くにあった。戦前に建てられた二階建ての古い木造の建物。本当は、2kmも歩いた小学校の、昔の校舎だったところ。だけど、ずっと、家からは、近い。海岸の街外れの高台の家から、バス停に降りて行くと、そこにある。
その街の海岸は、その街の中心から、内陸側に広がっていた海軍火薬廠と、関連した軍需工場の工員さんたちの住宅と、結核患者のサナトリウムから、開発されていったらしい。白砂青松と言う美しい景勝地が、切り崩されながら、街は、出来ていった。
その図書館は、街の中心の一番の小学校の、分校の校舎として、開校したらしい。工員さんたちの子どもたちが、通ったのだろう。ただ、戦後になって、火薬廠の跡地は、民間に払い下げられて、軍需工場から生まれ変わった会社を中心に、大企業の工場群となった。その従業員の人たちの多くが、海岸の街に開発された公営住宅などに住むようになっていった。
人口増で、分校として開校した小学校は、直ぐに手狭になって、あの遠い場所に、移転してしまったらしい。ああ、こんな近くの小学校だったら、良かったのにな。でも、古い校舎だった建物は、凄く黴び臭くて。それが、自分の図書館の記憶として、染み付いた。
静まり返った、館内。
息を、潜めて。
書棚を、探し歩く。
ふと、探し当てた本。
どんな本とかではない。
ただ、偶然のように、出会って。
本棚から、引き出した。
手にすると、離せない。
そのままに、閲覧室。
並ぶ、大きな読書机。
お兄さんやお姉さん。
みんな、すっかりと。
本の世界に、沈んでいた。
静かな、息遣い。
子どもの自分も、一緒。
本の、宇宙。
かび臭かった部屋、空気…
その建物は、取り壊された。
今は、ない。
きっと、あの五輪の頃の、
大昔だ。
今は、何だか
ずっと、前から
本は、読まない…