家の中で、使っていたバスタオルとか、毛布、馴染んでいて、大好きだった敷き物を、敷いてあげた。もちろん、喜んで入るのだが、何か、窮屈そう。しかも、それは、昼間は、既に、外で、家族と遊んでいたのだから、苦にはならない。問題は、夜。
やはり、無理だった。家族が、ガラス戸を開けたまま、かまっていた宵のうちは、まだ良かった。それでも、犬小屋のあるリビング前のコンクリートのたたきから、しろが、リビングに上がりこもうとする。すると、家族が、止めようとする。もう、外で生活して貰うんだから、癖に出来ない。すると、ひぃ〜っ、ひぃ〜っ、って。
この犬、悲しい時は、わんっ、とは泣かなかった。自分も、犬が、ひぃ〜っ、って泣くとは、聞いたことがなかった。妻も。何か、しろって、羊みたいだね、とか。毛色も、しろいし。そんな話を、していた。ただ、このしろのひぃ〜っは、哀しげで、耳に残る。困ったな。
しかし、一晩中、起きて、かまって、しろのご機嫌をとっている訳にも、いかない。結局、環境に慣れさせるしかない。仕方がないので、ガラス戸だけ閉めて、アルミ製の雨戸はしない。明るければ、寂しがらないだろう。しかし、ガラス戸を、閉めただけで、ずっと。ひぃ〜っ、ひぃ〜っ。泣き止まない。もう、心を鬼にするしかない。子どもたちも、心配して、なかなか、寝なかったが。さすがに、真夜中に近づき、眠くなったようだ。夫婦の寝室も、子ども部屋も、二階だ。もう、今日は、仕方がない。みんな、二階に、引き揚げることにした。
ひぃ〜っ、ひぃ〜っ。低く、消え入りそうな声だが。耳に、こびりつく。少し、止んだと思っても。ひぃ〜っ、ひぃ〜っ。また。子どもたちは、さすがに、寝入ったようだったが。自分と妻は、眠れない。何となく、どちらかが、代わりばんこに、リビングに、降りて行った。ガラス戸を開けて、少し、かまって。犬小屋に、入れて、寝かせつける。こっくりも、しそうもない、しろ。泣き止んでいる隙を、狙って、二階に戻るしかなかった。
ひぃ〜っ、ひぃ〜っ。また、結局。我慢出来なくなって、今度は、妻が。部屋を出て、下りて行く。その繰り返し。でも、明日、仕事なんだよなあ。しかし、やがて、微睡んだようだ。しろの泣き声。まだ、泣いている。もう、朝だ。先に妻が、起き、階下に下りて行く。
頭が、とにかく、重い。こんなんで、仕事か。そうもいかない。身体も、鉛ように重いが。何とか、起き上がって、階下。目の前に、妻。蒼い顔を、している。新聞を取りに行って、戻ったようだ。手に、新聞とは違う紙が一枚。
「こんなものが、貼ってあったの。」暗く低い声。顔は、蒼ざめたまま。渡された紙。目をやる。「…犬を飼う資格がない。」、と。確かに、自分と、妻は、犬に無知過ぎた。飼い主、失格だった…