しろが、生後四か月を迎える頃には、明らかに、小型犬などではないと、分かった。中型犬でもなく、大型犬の部類なのでは、と。疑うようになっていた。体重は、最終的には、23kgだから、大型犬にしては、小さい。だが、細身の犬だから、体重よりも大振りに見えた。
日本犬の雑種だったが、口吻は長かったし、明らかに洋犬の血が入っている感じだった。身体の大きさや、毛色からすれば、紀州犬を、少し大きめにした感じ。他人には、そう言われたりもした。だが、顔つきは、明らかに違う。体型は、良く見ると、細身なだけではなく、背中が弓なりになっている。ちょっと、ハウンド系の血が入っているのか。実際に、物凄く、俊足だった。また、親バカになってしまうが、他人のいない公園などで放すと、全力疾走して、それが、とても格好良かった。
そんな、大柄で活動的な犬を、室内で飼うのは、やはり、無理があった。そして、問題は、自分も、妻も、犬を飼ったことがなかったことだ。妻も、親類の家で、犬を飼っていて、犬に親しんだことはあったのだが、実家では、飼ったことはない。だから、本当には、犬のことは、よく分かっていない。自分などは、子どもの頃に、拾った犬を捨ててしまったトラウマで、二度と犬に触れたこともなかった。迎えてみて、とにかく可愛かったが、ただ、何も知らない。夫婦ともに、知り合いから、たまに仕入れるあやふやな知識で、しろに接していたに、過ぎなかった。
リビングで暮らすしろは、我がもの顔だった。とにかく、家族は、ひたすら、甘やかしていた。歯代わりの頃には、野生の先鋭な乳歯で、あちこち噛みち切った。ソファに乗って寝そべるのも、しろのお気に入りで、どかそうとすると、爪を立てて、抵抗した。ソファは、結構ビリビリになってしまった。マンションのモデルルームを買った時に、サービスで付けて貰った、我が家には珍しいドイツ製の高級家具だったのだが。
しかし、最悪なのは、食事の時だった。ハウツー本で、食卓の食べ物を、無闇に与えてはいけないと言う知識は、仕入れてあったが、子どもは、ちょっと叱ったくらいでは止めない。しろの気を引こうと、色々と、分け与えてしまう。
もちろん、しろには、ハウツー本にある通り、最初は、わんこのベビーフード。歯代わりして、ドッグフードを与えていた。しかし、そんな、人間様と同じものを、ちょこちょこ食べていたら、ドッグフードなど、見向きもしない。それどころか、子どもが、食べ物を与えようとすると、引ったくるように、食いつくようになった。もちろん、まずいとは、思った。自分も、子どもたちには、ちょっと強めに、無闇にやらないように、注意した。
子どもたちも、あげないようにしたのだが。しろの体高は、どんどん高くなる。ダイニングの食卓に、前脚を掛けられるように、なってしまった。すると、子どもたちの座る脇から、顔を突っ込んで、食卓の食べ物に、直接手を出そうとするようになってしまった。さすがに、子どもたちは、更に、ガードを、固くした。のだが….
休みの日の、和気藹々のお昼の食卓だった。皆で囲む食卓に、しろも、突っ込んでくる。子どもたちと、あーだ、こーだと。喧嘩しているのか、戯れているのか。食卓に、顔を突っ込もうとする、しろ。「しろ!なにすんだよ‼︎」子ども。しろからすれば、なんでぼくだけ、仲間外れなんだよって、感じだったんだろう。家族なのに。
ちょっとした、一瞬だった。皆、油断していたのだろう。しろが。食卓に?
食器を踏みしだいて。まるまる、乗っていた。唖然。しろは、脚も早かったが、ジャンプ力も、凄かった。あとあと、結構、焦らせてくれた。しかし、そのことを、初めて思い知らされたのは、その時だった。妻と顔を見合わせるしかない。しろを、下ろして。少し、叱って。食卓を、片付けて。もう、家の中では、無理だね、と。
それが、また、新たな苦境を招くとは。犬の飼い主としての責任を、しっかりと思い知ることになった。