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日記、日々の想い 

捨ててしまった、あの子…(再構成の、再投稿です)

 寝付けなかった記憶。何度、寝返りを打っても。いつも、闇が怖くて。トイレにも行けない。でも、その夜中は。こっそり寝床を、抜け出した。忍び足。息を潜めて、廊下。闇に沈む、玄関の土間。視線を、沈める。ぽち…
 そっと、視線を、闇に凝らす。闇の中に、ぽちを探る。きっと、寝息を、感じて。声を殺して、啜り泣いた、のかも知れない…
 翌日は、どんな風に登校したのだろうか。記憶にない。ぽちのことが、アタマにいっぱいで。きっと、真っ白だった。母は、どんな風に、自分を送り出したのだろうか。きっと、何も言わなかった。何しろ、お母さんは,犬が嫌いだ。ぽちのことも…
 だから、残酷に、ちょっと、ホッとしていたかも知れない。学校では、どんな風に過ごしたんだろうか。元気かあった筈は無い。覚えていない。随分と、大昔だ。一日、ふわふわ、ぼうっと過ごしていたのだろう。その頃の自分は、悪性の扁桃腺があって、身体が弱く、休みがちだった。しかし、学校には、すっかり馴染めていた。放課後は、毎日、学校に残った。校庭で遅く迄、遊んでいた。しかし、ぽちを拾ってからは、心配で、毎日、早く帰っていたと思う。その日も、きっと早く帰ったのだろう。ぽちを、連れて行かなければ、いけないから。友だちに自慢していたぽちの話は、その日は、誰にも、なんにも、しなかったのだろう。
 それにしても、その日は、どんな気持ちで、下校したのだろうか。その頃は、校庭で目一杯遊んだあと、数人の友だちと、連れ立って帰っていた。そこここの友だちの家に、寄り道したりして、一人一人分かれて行く。一番遠い自分が、最後は、一人になるのだ。そして、ぽちと出会った。
 ただ、ぽちを拾ってからは、友だちを振り切って、毎日、一人で帰っていたと思う。心配、そして早くぽちを、抱っこしたい。ない混ぜな気持ち。
 でも、その日は、そんな筈はない。真っ暗な気持ち。とぼとぼと、帰ったのだろう。何も、考えられなかったのかも知れない。そして、父の酷い教えは、確かに、こころに響いていた筈だ。自分のしたことの責任は、確かに、最後まで、自分で取らなければならない。自分が、ぽちの生命を弄んだのだから、その責任は,自分が取るのだ、と。
 家に帰りついて、直ぐに、ぼちを少し撫でたかも知れない。少しだけ。それ以上は、ちょっと辛い。「ただいま…」落ち込んだ声で。「お帰り…」母も、少し低い声だっただろう。溺愛していた末っ子に、夫に丸投げしたとは言え、過酷な役目を強いるのだ。多少は、気を病んだと思う。ランドセルを、子ども部屋に下ろす。直ぐに戻る。母は、少し、当座の餌になる食べ物を用意してくれていたと思う。「これを、入れてあげようね。」いつもと変わらず優しいが、自分が、しなければならないことは、変わらない。木箱から、ぼちを抱き上げる。もう、こころは決まっていたから、未練がましく、抱き締めたりはしない。
 自分は,大人になってからも、くよくよすることもあったが、こうと決めれば、結果がどうなろうが、果断に実行は、出来た。
 これは、父の教えの正の部分だろう。迷わず、実行する。結果責任は,自分だ。死ぬ気はないが、死ぬ気でやる。後で悔やむことが、無かったなどとは言えない。失敗だらけの人生だった。でも、自己責任だから、仕方がない。
 子犬の寝床の木箱から、砂を捨てた。軽くして、アルミ製の給食容器のお古の餌椀と、水入れを、木箱に収める。水は、遠足用の水筒を、母が用意してくれていて、それに入れて、肩に掛けたのだろう。ぽちは、怪訝な顔をして、自分を見つめていた筈だ。ぽちを抱いて、木箱に入れた。そして、胸元に抱え上げる。「気をつけてね…」母は,それだけは言った筈だ。ちょっと気まずげに。
 「何処へ…」などとは、聞かなかったと思う。自分も、言わなかっただろう。寝付けなかった前夜に、ぼんやりと、場所は決めていた。学校の行き帰りで、覚悟を決めた。絶対に、この子が、追って来れない場所に、捨てて来なければならない。
 その場所は,川向こうだった。市の飛び地で、その時代には,畑だけではなく、空き地の野原も広がっていた。そこならば、ぽちは、もう、追って来れない。高台にある家の前の坂道を、海岸方向に下って行く。坂下の四角を右に折れる。
 曲がらずに、真っ直ぐ歩いて行くと、駅からのバスの終点がある交差点がある。その道を右に曲がると、川に向かう。すると、河口の大橋の一つ川上の橋に繋がっている。今は、バスの終点は、その辺りに移っていて、立派な橋が掛かっている。しかし、その当時は、クルマが行き違う幅はあったが、土橋だった。大雨の時に、クルマが、その橋を踏み抜いて、橋の真ん中に大穴が開き、しばらく修理されなかったりとか、まだそんな時代だった。自分たちは、河口の国道に掛かる立派な橋と区別して、土橋、土橋と呼んでいた。
 ただ、その土橋の道も、クルマや、人通りの多い幹線には違いなかった。だから、そんな道を、木箱に子犬を入れた子どもが歩いていれば、さすがに、怪しまれる。小学生でも、その位の知恵は、ある。
 だから、四角を、狭い道に折れたのだ。しばらく歩くと、地域の鎮守の神社前を通り、道を一本渡ると、そこからは、畑と空き地の間の農道になる。道端は、草が生い茂っている。しばらく歩くと、川の土手に突き当たる。その土手道を左に折れて、河口方向にしばらく歩く。土手道は、両側を子どもの背よりも高い草が、生い茂っていた。背高泡立ち草だ。季節は,学校に通っていたのだから、真夏ではなく、その前後の晴れた日だったのだろう。とにかく、まだ戦後の昭和30年代だ。外来の背高泡立ち草が、子どもには、覆い被さるように、恐ろしげに、両側から迫ってくる。
 その道すがらは、こころは決まっていたのに、どんどん重くなる。ぽちも、不安気だ。大人しくしていたのが、小さく泣き出した。きゅんっ、きゅんっ。でも、もう、土橋は、目の前だ。
 欄干もない、頼りな気で、ちょっと怖い橋。広い土橋だけど。ぽちを、まさか落とせない。木箱を、しっかりと抱えて、川向こう。その道を歩いて行くと、市境を超えて、隣町になる。道は,細くなる。ただ、その手前に海側に広がる広い野原は、市の飛び地だ。
 その辺りは、古代に万葉集でも詠まれている。でも、その頃の空き地は、外来の背の高い雑草が、覆い茂っていた。しかも、そこには、野犬の結構な群れがいて、子どもは近づくなと、注意されていた。そして、そんなところに捨てれば、ぽちは、野犬に虐められてしまうかも知れない。
 ただ、犬は、結構子犬に優しいと言う知識はあって、ひょっとすると、野犬の優しいお母さんが、ぽちを助けてくれるかも知れない。誰にも相談しないで考えた、子どもなりの浅知恵だった。それに、此処に捨てて、川向こうに走って逃げれば、もう、ぽちは、追って来れない。
 背の高い草むらの合間から、野犬の尻尾が、垣間見えた辺りで、立ち止まった。それ以上近寄るのは、怖いし、ぽちだって、いきなり野犬の近くに捨てられれば、怖いだろう。
 道端に、そっと木箱を置く。きゅんっきゅんっ。悲し気に泣く、ぽち。自分の運命を、朧げに気付いたのだろうか。でも、此処だ。この道端なら、野犬などより、運が良ければ、誰かに拾って貰える。
 木箱の側に佇んで、餌椀を整え、水筒の水を、重ねていたもう一つの椀に注ぐ。きゅんっきゅんっ。ぽちは、ますます不安気で、悲し気だ。自分は、涙が溢れ出していた。我慢しても、仕切れない。もう、ぼちの姿も、霞んでいる。でも、走らないと。付いてきちゃう。木箱から乗り出そうとするぽちを、木箱に戻した。次の瞬間、直ぐに振り向く。必死で、走る。走る。振り向かない。走る。でも、涙で、目が霞んで、前が良く見えない…
 随分と、走ったあとだった。もう、怖い土橋は、とっくに渡って。川上に折れて、背高泡立ち草が覆い被ってくる。夏の夕方。夕日に照らされた土手道。草いきれ。涙の混ざった汗が、滴り落ちてくる。喉は、からからだ。少し、しょっぱい口元。背の高い草の障壁の合間から、川の流れが見える。左手には、地元の里山。広重の東海道五拾三次にも描かれている山だ。真正面には、地元のランドマーク、O山の雄大な山容。
 怖々と、振り返った。いない… そりゃ、そうだね。あれだけ、走ったんだ。付いて来れる訳が、ない。でも、何だか、空っぽのこころが、もっと、空っぽになっていく。これで、良かったんだよな。いや、怖々って、本当は、いないことが、怖かったんじゃないのか…
 涙が、止まらない。立ち尽くしたまま。誰もいない。日の傾きかけた土手道。泣いていた。大声を上げて。おとこが、泣くなんて。恥ずかしいんだよ。我慢しなくちゃ。でも、泣き声が、止まらない。どうしても。しゃくり上げる。とぼとぼと、歩き出した。前へ。ぽちの生命を、弄んだ自分。その責任は、取らなければならない。何も出来ないつまらないヤツのくせに、ぽちを連れて来て。また、捨ててしまった…
 土手道を、右に折れて、農道に下りて行く。涙は、涸れた。時々、しゃくってしまうけど。こころが、空っぽだ。でも、その空っぽから、自分の生命も逃げて行くようだった…

*ちょっと、触り過ぎて、汚れてますね。可哀想に…

コメント一覧

takey813
@kaminaribiko2 度重なるコメント有難う御座います。褒められると、伸びると言うより、調子に乗るタイプです。気をつけて頑張りたいと思います。ただ。へたうまと言うよりは、まあ、ナスのへたが、よいところか、と。あっ、ナスは、子どもの頃、あの独特の渋みが苦手で、食べられませんでした。でも、今は、十分に好物です。頑張ります。
kaminaribiko2
よく細かいところまで覚えていますね。

私が小説を書かれたらいいとお薦めしたのは、こういう記憶力にも気づいたからかもしれません。

その記憶を素朴な文体で書かれているから、読者はつい引き込まれてしまうのです。

これをいかにも興味を引くような文体で書いてあれば、案外読者はしらけるものだと思います。そういう意味では表現は悪いですが、ヘタウマな文体と
言えるかもしれません。
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