「原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年」堀川惠子
平和公園の一角に原爆供養塔がある。
名前の分からない遺骨、引き取り手のない遺骨が祀られている。
そこに通い続ける女性がいた。
佐伯敏子さんである。
著者は、その生涯を追い、その意志を引き継ぐ。
P161
「平和公園に行ったら、必ず佐伯敏子さんに会えますよ」
実のところ、雨の日も雪の日も、敏子はそこにいた。
P164
敏子は、どこの被爆団体にも、政治的な組織にも関与せず、距離を保った。その一匹狼ぶりに、「佐伯さんはつきあいが悪い」などとよく言われたが、地元で起こりがちな被爆者同士の争いや、ヒロシマを舞台に繰り広げられた思想的対立の場にも無縁で過ごした。
佐伯敏子さんの言葉
P175
今じゃ、みんな広島の中心は原爆慰霊碑じゃと思うとる。そりゃあ無いよりはましじゃけど、本当は遺骨がある場所が広島の中心よね。みんなあそこを平和公園というけれど、本当は平和な場所なんかじゃないんよ。静かでのどかな場所に見えるけど、供養塔の地下室は、あの日のまんま。安らかに眠れというけれど、安らかになんか眠りようがないんよ。
とても、よかった。
今年度(個人的)ベスト、と思う。
読んでいて鳥肌が立った。
第47回(2016年)大宅壮一ノンフィクション賞。
第15回(2015年)早稲田大学ジャーナリズム大賞。
【誤植】
誤植を見つけた。
P289
(誤)ミツコさんら三人は脱出から七日後、ようやくラングーンに到着した。
↓
(正)ミツコさんら三人は脱出から七日後、ようやくモールメンに到着した。
前後の文脈から考えて、ラングーン(ヤンゴン)はおかしい。
校正者も見逃したのだろう。
【参考リンク】
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』堀川惠子 | 単行本 - 文藝春秋 ...
「はじめて明かされる、死者たちのヒロシマの物語」-インタビュー・対談(本の話WEB 2015.05.31)
【資料】1
【資料】2
【資料】3
【ネット上の紹介】
広島の平和記念公園にある原爆供養塔には、七万人もの被爆者の遺骨がひっそりとまつられている。戦前、この一帯には市内有数の繁華街が広がっていた。ここで長年にわたって遺骨を守り、遺族探しを続けてきた「ヒロシマの大母さん」と呼ばれる女性がいた。彼女が病に倒れた後、著者はある決意をする―。氏名や住所がわかっていながらなぜ無縁仏とされたのか?はじめて明かされる、もうひとつのヒロシマの物語。本格ノンフィクション!
[目次]
第1章 慰霊の場
第2章 佐伯敏子の足跡
第3章 運命の日
第4章 原爆供養塔とともに
第5章 残された遺骨
第6章 納骨名簿の謎
第7章 二つの名前
第8章 生きていた“死者”
第9章 魂は故郷に