ケンのブログ

日々の雑感や日記

バッハという人 夜風の中から

2022年02月10日 | 日記歌入り
■バッハという人
今日の読売新聞の一面コラムにこんなことが書いてある。

“”中国副首相に性的関係を迫られたとSNSで告発したとわれるテニスのボンシュアイ選手がIOCのバッハ会長と五輪競技を観戦し、談笑する場面をテレビで見た。

誰もが 中国当局の演出と疑う光景だろう。ひととき音信不通となったボンさんの背景に人道的な問題がなかったか、究明が少しも進まないうちに、騒動をおさめたい中国側にIOCのトップが手を貸す姿が見えてしまう“”と。

本当にIOCのバッハさんって、日本ではコロナのさなか銀座をぶらぶらしたとか言われたし、中国では人道問題のもみけしに手を貸したと言われるし、もう人生のめぐりあわせがそうなっている人なのかなと思ってしまうというか思わざるを得ない。

同じバッハでも「ロ短調ミサ曲」や「ブランデンブルグ協奏曲」などでおなじみの音楽の父 ヨハン セバスチャン バッハとはえらい違いだなと思ってしまう。

まあ、人生にはそれぞれのめぐりあわせがあるということなのだろう、、、。

バッハと言って思い出したけれど、サイモンラトルさんがベルリンフィルの音楽監督になった時、「作曲家相互の関係に私たちは目を向ける必要がある。例えば、バッハのないブルックナーとはいったい何なのでしょう」という主旨のことを新聞社の取材に対して語っておられた。

確かに、ブルックナーの敬虔な音楽を聴いていると、そこにバッハというものをイメージすることができる。

その、ラトルさんももうベルリンフィルの音楽監督は退任したし、時は流れるなあと思う。

人生、いろんなめぐりあわせがあるのならば、できることならば、後世の作曲家に影響を与えるようなめぐりあわせのほうがいいなと思う。

■新聞の川柳

読売新聞にこんな川柳がのっている。

“”五輪だけ観て残念という茶の間“”

本当に、そうだと思う。昔のように五輪で一回優勝したら、50年もその世代の人が覚えているという時代はもう過ぎ去っているように思うし、五輪にいたる過程や、その人が五輪に挑むことで何を学んだかということにもっと目を向けるべきであるように思う。

■夜風の中から
中島みゆきさんの「夜風の中から」をカラオケDAMの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

“”浮気でやくざな女が今夜どこで どうしていようと 知ったことじゃないが
けれど そこいらは おいらが 遠い昔 住んでた路地だと お前は知らぬ“”

というフレーズが何度も繰り返されることが印象的です。

「知ったことじゃない」 と突き放していますが
「そこいらは おいらが むかし 住んでた路地だから なにかあったら手助けする心づもりはあるよ」 とうことを歌詞で象徴的に表現していると思います。

それは たぶん 中島みゆきさんが心に描く やさしい人の象徴と思いますし、一般的にも本当にやさしい人の心だと思います。

おせっかいと やさしさは 違う ということを歌詞の中で象徴的に表現してしまうところが天才的というか、通常の範囲を超えた能力だと思います。

「知っているから 教えてあげる」 というのが案外おせっかいにつながることは 私たちの多くが経験することだと思います。


↓夜風の中から 






高木美帆さん銀メダル 悪女

2022年02月08日 | 日記歌入り
高木美帆さん銀メダルで、これでオリンピックで通算4つめのメダルと新聞にかいてあります。

いやあ、すごい。

美帆さんが銀メダルと新聞で見て、約8年前に野村克也さんが日体大に講演に行って、当時日体大の学生だった、高木美帆さんに花束を贈られてとてもうれしそうだったことを思い出しました。

ネットで 画像を検索してみたら当時の画像が出てきました。

野村さんも嬉しそうですが 高木美帆さんもなんだかうれしそう。

天才は天才を知るということなのかな と二人の嬉しそうな顔を見ると思います。

↓花束贈呈で嬉しそうな野村克也さんと高木美帆さん


■悪女
中島みゆきさんの「悪女」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌い、ICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

高校生の時、「悪女」をドーナッツ板で買いました。

中島みゆきさんの歌は、ほとんどLPで聴いたので、いわゆるドーナッツ板で聴いたのはこの歌とこの歌の🄱面に収録されていた「笑わせるじゃないか」のみです。

当時、僕が持っていたLPのジャケットに掲載されたみゆきさんの写真は、どれも、賢くて感性豊かなみゆきさんの顔という感じでした。

ところが、この「悪女」のジャケットのみゆきさんはきれいに飾って、本当にみゆきさんってこんなに美人だったのかと僕は驚いてしまいました。

それから、何年かして、松任谷由実さんが中島みゆきさんとラジオで共演した時、由実さんがみゆきさんに「あなた、きれいだよね」と言いました。

それを聞いて、僕は、「悪女」のジャケットを思い出して、いたく納得すると同時に、松任谷由実さん率直にそれを言うとはえらい と思いました。

そして、松任谷由実さんがそういうからにはやはり、中島みゆきさんはきれいに違いないと確信しました。

なにしろ 日本で有数のアーチストがきれいだというのだからこれは間違いないとおもったわけです。

中島みゆきさんが、きれいなのは松任谷由実さんのお墨付きなのですよ。

一方 みゆきさんはメイクによって印象がかわりやすいのも事実と思います。

そのことを思うとき 僕はみゆきさんの次のような言葉を思い出します。

“”女の子は金さえかければある程度いくらでも美人になれるとわたしは思います
顔っていうのはいくらでも作れます 金さえかければ

でも金かけて綺麗になれないものもあると思います
コンサートの日は あんたのままの あんたで おいでよね また来週“”
by中島みゆき

このみゆきさんの言葉は容姿のことで悩んでいる女性のリスナーに贈られたものです。

悪女の歌の中で一番印象深いフレーズは

“”悪女になるなら裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろぽろぽろ 流れてかれてから“” だと思います。

僕の、歌のバックに微妙に女性の声が入っているような気がしますが、きっと、彼氏(たぶん)と一緒に来て熱唱していた女性の声だと思います。




小林選手金メダル チョコレート

2022年02月08日 | 日記歌入り
スキーのジャンプで小林選手が24年ぶりに金メダルと新聞に出ている。

すごいなあと思うけれど、僕はテレビを持っていないので、実況中継やその他の映像を見たりすることがない。

だから、金メダルという結果を見て、ああすごいなあ と思う程度になってしまっている。

この金メダルを伝える新聞の記事はこのように結ばれている。

「札幌五輪で笠谷ら日の丸飛行隊が表彰台を独占した1972年2月6日からちょうど50年。記念すべき日に、日本ジャンプ界の革命児が新たな金字塔を打ち立てた」と。

そうか、笠谷選手の時から50年かと思う。

実は新聞の投書欄にこの季節にちなんで、札幌五輪の思い出を語る文章がいくつか載っていた。

その一つに、笠谷選手ら3人が表彰台を独占した時は 興奮して、学校の近くの小高い丘にみんなで登った というようなエピソードが紹介されていた。

それで、その投書をした人の年齢を見ると僕より2歳くらい上の人だった。

僕も あの当時は 笠谷選手になったつもりで、 アーッとか掛け声を出して、ちょっとした段差の上から飛び降りたりしていたので、まあ、あの頃の子供は多かれ少なかれみんなそうだったんだなと懐かしく思い出した。

今は、一つの金メダル、あるいは分野はちがうけれど一つのヒット曲などに国民の大半が熱狂するという時代ではなくなってしまっていると思う。

でも、みんなに騒がれるかどうかにかかわらず、頂点に立つことの意味は変わらないと思う。

そのように考えていきたいと思う。

■チョコレート
家入レオさんのチョコレートをカラオケJOYSOUNDの音源で歌い、ICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。
聴いていただければ嬉しいです。

何年か前にEテレで若い人がスタジオで語り合うような番組をやっていました。そこに家入レオさんが出演していて、何を話していたのかは忘れましたが、話の面白い子だなと思いました。

それでレオさんのことをネットで検索したら、たまたま当時はこのチョコレートという歌がよく上位にヒットしていました。

しばしば聴いていたことを思い出します。

いまも、 たまに家入レオさんのブログをみますが話が面白いと思うことがあります。

コンビニに行ったらチョコレートのコーナーがかなり目立つようになっていました。

↓家入レオさんの「チョコレート」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌ったのもです。





宇崎竜童さん 虹と雪のバラード

2022年02月06日 | 日記歌入り
今日の新聞に宇崎竜童さんのことが載っている。

若いころから片頭痛があって、いろいろ苦労されたという話が紹介されている。

その記事は何回かのシリーズの中の第一回だから、まだ完結していないけれど、この新聞の話をもとにネットで調べてみると、最近もいろいろな治療を試しておられるようなご様子だ。

ただ、新聞に掲載された宇崎竜童さんの写真を見ると、それほど不健康そうには見えない。

胸から上の写真だけれど、顔が二重あご になっているとかもないし、いい感じで年取っておられるように見える。

七十五歳と新聞には出ている。

今年の誕生日で76歳になられるはずだ。

いやあ、このお顔のかんじなら、まだまだ、元気でおられそうな気がする。

新聞のコラムのタイトルも「一病息災」となっている。

ひとつなにか身体で気になることがある人がむしろ、内臓疾患などはそれほどなくて、元気に見えるというか、意外と健康 というのはしばしば聞く話のように思う。


僕、宇崎竜童さんのことで印象に残っていることがいくつかある。

いつか宇崎竜童さんの動画を見ていたら、そのなかで宇崎さんは「イミテーションゴールド」を歌った。

それを、割と狭い会場のお客さんに紹介するとき 宇崎さんは「この歌は 山口百恵さんが18歳の時に僕が書いた曲です」と言われた。

僕、それをきいて、素晴らしい紹介の仕方だなと思った。

ええ、百恵さんこの歌、歌ったとき、まだ、18歳だったのかと思える。

18歳と年齢を入れることで、百恵さんのことをさりげなく称賛している。

「いやあ、百恵は僕の歌をわずか18歳のときに、うまく歌ってくれましたよ」と百恵さんのことをたたえるよりも、はるかに、さりげなくて、やさしいと思った。

百恵さんに僕が書いた曲 というように 下から百恵さんを持ち上げるところがね やはりすごいと思う。

百恵さんと さんづけで呼んでいるところも、すごい。

ところが宇崎竜童さん 別の動画を見ていたら、思い出ぼろぼろ を歌うものがあった。

それを宇崎さんがお客さんに紹介するとき 
「この曲は 内藤やす子 のために書いた曲です」と言った。

それを聞いて 僕はそれもまたいいなと思った。

たぶん 内藤やす子さんは 「百恵さんは さんづけで呼んで 私を呼び捨てにするなんて」 とはならないような気がする。

口では冗談でそういうかもしれないけれど。

ほんとうに、竜童さんもすごいひとだなと思う。

■虹と雪のバラード

この季節になると 札幌冬季オリンピックのテーマソングだったこの歌を思い出します。

札幌オリンピックのころ10歳だったので、当時の記憶はいろいろ残っています。

笠谷選手 今野選手 青地選手が70メートル級ジャンプで金銀銅メダルでした。
高所恐怖症だった僕は高いところから飛び降りるのは無理だったので、ちょっとした段差を飛び降りたりしていました。

机に手をついて、笠谷選手の前傾姿勢の真似もよくしていました。

あと、ジャネットリン選手のことも結構話題になり、印象に残っています。

今の 北京オリンピックのことはよくわかりませんが 新聞で見ると羽生選手とか、高木選手 高梨選手など 一線で長く活躍している人が多いような気がしています。

ずっと長くトップレベルを維持することはやったひとにしかわからない大変さだと思います。
札幌オリンピックの頃には 虹と雪のバラードの歌詞にもあるように
街ができるとか ようするにオリンピックをてこに 社会のインフラが整っていくという夢があったと思います。

↓「虹と雪のバラード」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌ったものです。



コロナは続く 早春賦

2022年02月05日 | 日記歌入り
新聞に 「体育の密集や合唱回避 園児可能ならマスク」という見出しが出ています。

要するにコロナの感染を防ぐために学校や幼稚園ではこういうことに気を付けていこうというコロナ分科会の提案が書いてあります。

合唱はだめ、密集する運動はだめ (新聞にはダメではなく控える と書いてあります)
では現場はしんどいと思います。

まったく個人の感想ですが、まだコロナのウイルスなどを人間が見分けるほど科学技術がすすんでいなくて、なんかわけがわからんけど 風邪がえらい流行ってるよ お互いに気をつけようね くらいですんだ時代のほうがよかったのに、、、と思ってしまうことが最近時々あります。

ある程度、感染が進めば、感染した人から自然に免疫がついていって、案外、その結果としてコロナが収まるということもありうるのではないかと個人的に考えたりする今日この頃です。

あるいは 自然発生的に、少なからぬ人が、こんなこともう続けていられないと思い始めて、規制が崩れて行って、気づいたらみんなの意識がかわっていたとか、、、。


でも、感染症は油断禁物ということも思っているので、自分ができる範囲のことはしていきたいと考えています。



■早春賦
唱歌 「早春賦」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌い、ICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

吉丸一昌作詞
中田章作曲

“”春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か“”

安曇野の早春の風景を詩にしたものだそうです。

歌声教室の先生から、作曲の中田章さんは中田喜直さんのお父さんだと習いました。

七五調の歌詞 というか 雪の空 と この頃か の二か所が五であとは全部七ですね。

どこをとっても全部美しい詩だと思います。

文語の七五調がどれほど美しいかを思い知らされる気持ちです。

こういう言葉が残っていけばいいのになあと思います。

今日は立春過ぎて雪が降り気温も低く まさに 春は名のみの風の寒さでした。

しかし、日は長くなっているし季節が移っていることは十分に感じます。

歌の間奏のところで微妙な声が聞こえますが、周りで騒いでいる高校生の声と思います。

飛沫が飛ぶぞと言っても、注意する人がいなければ、ほっといても騒ぐ年頃だと思います。

若い人は重症化するおそれはほとんどないとどこかに書いてあるのを読んだ記憶があります。

しかし、コロナにはなるべく早く収まってほしいものだと思います。

早春賦 をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものです。