私には8歳年上の兄がいる。
兄は子供の頃から札付きのワルだった。
私もこの兄にはよく殴られた。
何かというと私に命令し、言うことをきかないとすぐ殴るのだった。
8歳も離れているので、小学生の時は力で敵うわけがなかった。
ただ黙って殴られていた。
中学生になって、
〈このままではダメになる〉
と思い、
兄が殴ってきた時に、必死に抵抗した。
その時は、本当に死ぬ気で刃向かっていった。
兄はビックリしたようだった。
それまで言いなりになっていた弟が、死に物狂いで抵抗してきたのだから……
それ以来、兄は私を殴ることはしなくなった。
もちろん命令されることもなくなった。
私が中学3年生になってすぐの頃、
当時22歳の兄は、水商売に手を染めていた。
その頃、佐世保には駐留軍相手の外人バーがたくさんあり、そこで働いていたのだ。
ある日、その兄から家に電話があり、ある物を持ってきて欲しいと頼まれた。
「悪いけど、店まで届けてくれないか?」
命令ではなく、お願いであった。
私はバスに乗って街まで行き、兄のいる外人バーへ行った。
裏口から入ると、そこはホステスさんたちの控室らしく、四方の壁には色とりどりのドレスがたくさん掛かっていた。
昼間だったのでまだ営業はしておらず、ホステスさんは誰もいなかった。
兄は、
「すまんかったのう」
と言って私が持ってきたものを受け取り、
「これをやるから映画でも見て帰れ」
と、映画の招待券をくれた。
『勇気ある追跡』という映画の招待券であった。
映画館はすぐ近くにあった。
私はその足で映画館に向かった。
映画館の入口で『勇気ある追跡』の看板を見て、ちょっとガッカリした。
ジョン・ウェイン主演の西部劇だったからだ。
ジョン・ウェインには関心がなかったし、西部劇もそれほど好きではなかった。
無料(タダ)券がなかったら、見には行かなかった作品である。
西部劇らしくない西部劇であった。
父親を殺された少女が、凄腕の名保安官を雇って、犯人の追跡を始める……
そんなストーリーであった。
派手な撃ち合いは後半に少しだけあるだけで、地味な作品であった。
だが、それが私には好もしかった。
ジョン・ウェインも、それまでの作品と違って、人間臭くて親近感が持てた。
(ウェインはこの作品で念願のアカデミー主演男優賞に輝いている)
そして、なによりも少女マティを演じたキム・ダービーが物凄く良かった。
一目惚れ(オイオイ)であった。
キム・ダービーへの私の想いは、翌年に発表された『いちご白書』で決定的になった。
そんなこんなで、『勇気ある追跡』は、私にとって特に印象に残っている作品である。
なんで長々と『勇気ある追跡』の話をしているかと言えば、
現在公開されている映画『トゥルー・グリット』が、『勇気ある追跡』と同じ原作(チャールズ・ポーティスの小説)だからだ。
普通、これをリメイクと言うが、
監督のコーエン兄弟は、今回映画を撮るにあたって『勇気ある追跡』を見ていないし(子供の頃に見たことはあるようだ)、参考にもしていないようなので、単なるリメイクとは言えないかもしれない。
でも、私にとってはすごく興味のある作品である。
またあの日の感動を味わえるかもしれない……
そんな期待に胸をふくらませながら私は映画館に向かったのだった。
【ストーリー】
牧場主の娘として産まれながらも責任感が強く信念の強い14歳の少女、マティ・ロス(ヘイリー・スタインフェルド)の父親が、雪の降るある夜、雇い人のトム・チェイニー(ジョシュ・ブローリン)に無残にも撃ち殺された。
知らせを受けたマティは、遺体を引き取りにオクラホマ州境のフォートスミスへとやってくる。
一方、チェイニーは、わずか2枚の金貨のためにマティの父を殺した後、逃亡者となってインディアン領へ向かい、お尋ね者のネッド(バリー・ペッパー)率いる悪党達の仲間入りをすることになる。
フォートスミスで父親の形見の銃を譲り受け、犯人に罪を償わせることを心に誓った彼女は、“トゥルー・グリット(真の勇気)”があると言われる大酒飲みでアイパッチをした連邦保安官ルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)に犯人追跡を依頼。
最初は子供扱いで相手にもされないマティだったが、決して諦めない執念と報酬の魅力に負け、コグバーンはマティの依頼を受けることにする。
その後、別の容疑でチェイニーを追ってフォートスミスへ来ていた若きテキサス・レンジャーのラビーフ(マット・デイモン)も加わり、犯人追跡の過酷な旅が始まる。
マティにとっては人生初めての旅。
しかも最も危険な領域に足を踏み入れることになる辛い経験であったが、チェイニーを捕らえ、罪を償わせることだけしか彼女は考えることができなかった。
そして遂に、3人にとって各々の“真の勇気”が試される時が訪れる……。
(ストーリーはgoo映画より引用し構成)
なによりもまず少女マティを演じたヘイリー・スタインフェルドについて。
『勇気ある追跡』のキム・ダービーにも感心したけれど、
『トゥルー・グリット』のヘイリー・スタインフェルドには、それ以上の感動をもらったかもしれない。
それほど彼女は良かった。
とても14歳とは思えない演技。
周囲のベテラン俳優を完全に喰っていた。
これからが本当に楽しみな女優だ。
『勇気ある追跡』ではジョン・ウェインが演じた保安官コグバーン役のジェフ・ブリッジス。
大酒飲みでアイパッチをした連邦保安官コグバーンについては、ジョン・ウェインでのイメージが出来上がっているのでやりにくかったのではないかと思う。
が、ジェフ・ブリッジスなりの役作りで、ジョン・ウェインに勝るとも劣らない演技を見せている。
ラ・ボーフ役のマット・デイモン。
『勇気ある追跡』では歌手のグレン・キャンベルが演じていたが、ちょっと似た感じも残しつつ、人の好いレンジャーを好演していた。
映画『トゥルー・グリット』は期待以上の作品であった。
監督の演出力、俳優陣の演技力もさることながら、背景描写の美しさに目を奪われた。
特にラスト近くに見られる星々の瞬く夜空と荒野の風景は、筆舌に尽くしがたい。
あの風景を見られただけでも、この作品を見た甲斐があったというものだ。
単なる西部劇とは違う、愛と勇気と友情の物語。
中学3年生の時の私に立ち返らせてくれた作品であった。
ああ、それから最後に兄についてのフォローを……
兄はその後、結婚し、3人の子供に恵まれ、普通の親父になった。
先日、姪の結婚式のことをブログに書いたが、
この姪の父親が、かの兄である。
披露宴で、娘が読み上げる手紙に涙していた兄に、
若き頃の「札付きのワル」の面影はどこにもなかった。
どこにでもいるごく普通の花嫁の父であった。
兄は子供の頃から札付きのワルだった。
私もこの兄にはよく殴られた。
何かというと私に命令し、言うことをきかないとすぐ殴るのだった。
8歳も離れているので、小学生の時は力で敵うわけがなかった。
ただ黙って殴られていた。
中学生になって、
〈このままではダメになる〉
と思い、
兄が殴ってきた時に、必死に抵抗した。
その時は、本当に死ぬ気で刃向かっていった。
兄はビックリしたようだった。
それまで言いなりになっていた弟が、死に物狂いで抵抗してきたのだから……
それ以来、兄は私を殴ることはしなくなった。
もちろん命令されることもなくなった。
私が中学3年生になってすぐの頃、
当時22歳の兄は、水商売に手を染めていた。
その頃、佐世保には駐留軍相手の外人バーがたくさんあり、そこで働いていたのだ。
ある日、その兄から家に電話があり、ある物を持ってきて欲しいと頼まれた。
「悪いけど、店まで届けてくれないか?」
命令ではなく、お願いであった。
私はバスに乗って街まで行き、兄のいる外人バーへ行った。
裏口から入ると、そこはホステスさんたちの控室らしく、四方の壁には色とりどりのドレスがたくさん掛かっていた。
昼間だったのでまだ営業はしておらず、ホステスさんは誰もいなかった。
兄は、
「すまんかったのう」
と言って私が持ってきたものを受け取り、
「これをやるから映画でも見て帰れ」
と、映画の招待券をくれた。
『勇気ある追跡』という映画の招待券であった。
映画館はすぐ近くにあった。
私はその足で映画館に向かった。
映画館の入口で『勇気ある追跡』の看板を見て、ちょっとガッカリした。
ジョン・ウェイン主演の西部劇だったからだ。
ジョン・ウェインには関心がなかったし、西部劇もそれほど好きではなかった。
無料(タダ)券がなかったら、見には行かなかった作品である。
西部劇らしくない西部劇であった。
父親を殺された少女が、凄腕の名保安官を雇って、犯人の追跡を始める……
そんなストーリーであった。
派手な撃ち合いは後半に少しだけあるだけで、地味な作品であった。
だが、それが私には好もしかった。
ジョン・ウェインも、それまでの作品と違って、人間臭くて親近感が持てた。
(ウェインはこの作品で念願のアカデミー主演男優賞に輝いている)
そして、なによりも少女マティを演じたキム・ダービーが物凄く良かった。
一目惚れ(オイオイ)であった。
キム・ダービーへの私の想いは、翌年に発表された『いちご白書』で決定的になった。
そんなこんなで、『勇気ある追跡』は、私にとって特に印象に残っている作品である。
なんで長々と『勇気ある追跡』の話をしているかと言えば、
現在公開されている映画『トゥルー・グリット』が、『勇気ある追跡』と同じ原作(チャールズ・ポーティスの小説)だからだ。
普通、これをリメイクと言うが、
監督のコーエン兄弟は、今回映画を撮るにあたって『勇気ある追跡』を見ていないし(子供の頃に見たことはあるようだ)、参考にもしていないようなので、単なるリメイクとは言えないかもしれない。
でも、私にとってはすごく興味のある作品である。
またあの日の感動を味わえるかもしれない……
そんな期待に胸をふくらませながら私は映画館に向かったのだった。
【ストーリー】
牧場主の娘として産まれながらも責任感が強く信念の強い14歳の少女、マティ・ロス(ヘイリー・スタインフェルド)の父親が、雪の降るある夜、雇い人のトム・チェイニー(ジョシュ・ブローリン)に無残にも撃ち殺された。
知らせを受けたマティは、遺体を引き取りにオクラホマ州境のフォートスミスへとやってくる。
一方、チェイニーは、わずか2枚の金貨のためにマティの父を殺した後、逃亡者となってインディアン領へ向かい、お尋ね者のネッド(バリー・ペッパー)率いる悪党達の仲間入りをすることになる。
フォートスミスで父親の形見の銃を譲り受け、犯人に罪を償わせることを心に誓った彼女は、“トゥルー・グリット(真の勇気)”があると言われる大酒飲みでアイパッチをした連邦保安官ルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)に犯人追跡を依頼。
最初は子供扱いで相手にもされないマティだったが、決して諦めない執念と報酬の魅力に負け、コグバーンはマティの依頼を受けることにする。
その後、別の容疑でチェイニーを追ってフォートスミスへ来ていた若きテキサス・レンジャーのラビーフ(マット・デイモン)も加わり、犯人追跡の過酷な旅が始まる。
マティにとっては人生初めての旅。
しかも最も危険な領域に足を踏み入れることになる辛い経験であったが、チェイニーを捕らえ、罪を償わせることだけしか彼女は考えることができなかった。
そして遂に、3人にとって各々の“真の勇気”が試される時が訪れる……。
(ストーリーはgoo映画より引用し構成)
なによりもまず少女マティを演じたヘイリー・スタインフェルドについて。
『勇気ある追跡』のキム・ダービーにも感心したけれど、
『トゥルー・グリット』のヘイリー・スタインフェルドには、それ以上の感動をもらったかもしれない。
それほど彼女は良かった。
とても14歳とは思えない演技。
周囲のベテラン俳優を完全に喰っていた。
これからが本当に楽しみな女優だ。
『勇気ある追跡』ではジョン・ウェインが演じた保安官コグバーン役のジェフ・ブリッジス。
大酒飲みでアイパッチをした連邦保安官コグバーンについては、ジョン・ウェインでのイメージが出来上がっているのでやりにくかったのではないかと思う。
が、ジェフ・ブリッジスなりの役作りで、ジョン・ウェインに勝るとも劣らない演技を見せている。
ラ・ボーフ役のマット・デイモン。
『勇気ある追跡』では歌手のグレン・キャンベルが演じていたが、ちょっと似た感じも残しつつ、人の好いレンジャーを好演していた。
映画『トゥルー・グリット』は期待以上の作品であった。
監督の演出力、俳優陣の演技力もさることながら、背景描写の美しさに目を奪われた。
特にラスト近くに見られる星々の瞬く夜空と荒野の風景は、筆舌に尽くしがたい。
あの風景を見られただけでも、この作品を見た甲斐があったというものだ。
単なる西部劇とは違う、愛と勇気と友情の物語。
中学3年生の時の私に立ち返らせてくれた作品であった。
ああ、それから最後に兄についてのフォローを……
兄はその後、結婚し、3人の子供に恵まれ、普通の親父になった。
先日、姪の結婚式のことをブログに書いたが、
この姪の父親が、かの兄である。
披露宴で、娘が読み上げる手紙に涙していた兄に、
若き頃の「札付きのワル」の面影はどこにもなかった。
どこにでもいるごく普通の花嫁の父であった。