一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『前科者』 ……愚直なまでの正攻法で傑作をものした岸善幸監督……

2022年02月06日 | 映画


本作『前科者』を見たいと思った理由は、二つ。

①岸善幸監督作品であること。


監督としての劇場デビュー作でもある『二重生活』(2016年)は、
私の好きな門脇麦の単独初主演作で、
ドキュメンタリータッチで描かれた、
門脇麦の魅力がギュッと濃縮されたような作品であった。


『あゝ、荒野』(前篇)(2017年)
『あゝ、荒野』(後篇)(2017年)
は、前篇2時間37分、後篇2時間27分で、
前・後篇では5時間を超える大作であったのだが、
男と男の場合は殴り合いで、
男と女の場合はセックスで、
肉体と肉体をぶつけ合いながら、心を通じ合わせてゆくという“激しい”映画だった。


『二重生活』で感じた“静かな”映画の監督という印象を覆す内容で、度肝を抜かれた。
第4回 「一日の王」映画賞・日本映画(2017年公開作品)ベストテンにおいて、
第7位に選出し、
最優秀主演男優賞に本作で主演した菅田将暉を選出した。(コチラを参照)
“静かな”映画と“激しい”映画で私を魅了した岸善幸監督が、
どのような新作映画を撮っているのか興味があった。


②好きな俳優ばかりが出演していること。


最初は、有村架純、石橋静河、木村多江など、私の好きな女優が出演しているので、
〈見たい!〉
と思ったのだが、
森田剛、磯村勇斗、若葉竜也、マキタスポーツ、北村有起哉、宇野祥平、リリー・フランキーなどの男優陣も、私の好きな俳優ばかりで、
〈絶対見たい!〉
と、決意を新たにした。(笑)

原作は、
罪を犯した前科者たちの更生と、社会復帰を目指して奮闘する保護司の姿を描いた同名漫画(原作・香川まさひと/作画・月島冬二)で、


私の好きな俳優たちが、岸善幸監督作品でどんな演技をしているのか……
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



罪を犯した者、非行のある者の更生に寄り添う国家公務員、保護司。


保護司を始めて3年となる阿川佳代(有村架純)は、
この仕事にやりがいを感じ、さまざまな前科者のために奔走する日々を送っていた。
彼女が担当する物静かな前科者の工藤誠(森田剛)は順調な更生生活を送り、
佳代も誠が社会人として自立する日を楽しみにしていた。


そんな誠が忽然と姿を消し、ふたたび警察に追われる身となってしまう。
一方その頃、連続殺人事件が発生する。
捜査が進むにつれ佳代の過去や、
彼女が保護司という仕事を選んだ理由が次第に明らかになっていく……




ドキュメンタリータッチの映画『二重生活』とも、
肉弾戦の映画『あゝ、荒野』(前篇・後篇)とも違う、
前2作のイメージを見事なまでに覆す、
愚直なまでの正攻法で撮られた映画であった。
何も知らされずに見たら、岸善幸監督作品だとは思わなかっただろう。
なので、最初は、
〈本当に岸善幸監督作品?〉
と思いながら見ていた。
あまりにもオーソドックス過ぎて、
ちょっとつまらなくも感じていた。
だが、丁寧に撮られたワンシーン、ワンシーンの積み重ねが、
やがて重層的な魅力ある物語に変貌していき、
そこにサスペンスも加わり、スクリーンから目が離せなくなり、
最後には涙を流すことになった。
素晴らしい映画であった。
「傑作」であった。



保護司・阿川佳代を演じた有村架純。


正直、『ビリギャル』(2015年)の頃までは、アイドル女優というイメージしかなかった。
だが、その後の、
『何者』(2016年)
『3月のライオン』(2017年)
『ナラタージュ』(2017年)
『かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発』(2018年)
『花束みたいな恋をした』(2021年)
『るろうに剣心最終章The Final / The Beginning』(2021年)
『太陽の子』(2021年)
などを見てきて、
ミューズ感のある稀有な女優であることを知らされた。
「くまもと復興映画祭2019」で、実物の有村架純に逢えたこことで、
その美しさにも魅了された。(コチラコチラを参照)
そんな有村架純が、森田剛と共演し、
岸善幸監督の演出でどのような化学反応を起こしているのか楽しみにしていたのだが、
最初はちょっと表情が硬く、
〈保護司という役柄がそうさせるのか……〉
と、思いつつ見ていた。


人生経験のある年配の方が務めることが多いなか、佳代のような20代後半の女性が前科のある人たちに懸命に寄り添う姿に興味を持ちました。こういったテーマの作品が発信されることで世の中に一石を投じられるのではないかと思い、飛び込んでみました。撮影前に監督からいただいた資料のすべてに目を通した結果、正義感が強すぎるあまり、佳代が熱血教師のように見えてはいなけないという結論に至ったんです。“自らの未熟さと存在価値に向き合いながら、人々に寄り添う阿川佳代”を目指しました。(『キネマ旬報』2022年2月上旬号)

有村架純自身はこう語っていたが、
やがて、なぜ保護司になったのか……など、
阿川佳代の過去が次第に明らかになり、
表情の硬さの意味、内に秘めた感情を知るにつれ、
有村架純の静かな演技に感動させられることになる。
そして、終盤、感情を爆発させるシーンがあるのだが、
それまでが“静”の演技であったので、効果絶大で、
〈すべてはここに集約されているのだ……〉
と思わされた。



保護司・阿川佳代(有村架純)が担当する前科者・工藤誠を演じた森田剛。


森田剛の映画での演技を見たのは、
中原中也を演じた『人間失格』(2010年)であったが、
素晴らしい俳優として認知したのは、
主演作で、吉田恵輔監督作品『ヒメアノ〜ル』(2016年)であった。
……絶望の果ての“狂気”を演ずる森田剛に心打たれる傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
そこで私は次のように記している。

映画を見た素直な感想は……というと、
「スゴイ」の一言。
何がって、
森田剛が……だ。
もともと、蜷川幸雄の舞台などで、
彼の演技には定評があったが、
本作『ヒメアノ~ル』では、
森田正一が森田剛に乗り移っていた……と感じた。
いや、森田剛が森田正一に乗り移っていたと言い直すべきか。
森田剛の演技から、一瞬たりとも目が離せなかった。



空虚、絶望、狂気を、
腰を据えた演技で魅せる森田剛に、
引き込まれ、
惹き込まれ、
挽き込まれてしまった。
脳を、心を、感情を、
粉々にされてしまった。
グチャグチャにされてしまった。
いやはや、スゴイものを見させてもらった。



その『ヒメアノ〜ル』での印象が強烈で、
その後の森田剛の出演作を楽しみにしいたのだが、
やっと6年ぶりに彼の演技を見ることができた。
『ヒメアノ〜ル』ではサイコキラーという感じであったが、
本作『前科者』では、壮絶な過去がそうさせた部分が大きく、
同じ犯罪者でも、前作とはまったく違っていた。
撮影時の森田剛のことを、
「指先でチョンって押したら倒れてしまいそうだった」
と、有村架純が表現していたが、(『キネマ旬報』2022年2月上旬号)
それほど生気の失われた前科者の男を静かに演じていて秀逸であった。


映画の終盤、病室で佳代と工藤が対峙するシーンがあるのだが、
二人の圧巻の演技に心打たれる。
特に、森田剛の迫真の演技は、様々な映画賞で、主演男優賞にノミネートされることだろう。

完成した映画を見た感想を問われた森田剛は、

映画を観て、普通に泣いちゃいました。心が浄化されるというか、生きることをあきらめないのが、この映画の好きなところです。(『キネマ旬報』2022年2月上旬号)

と答えていたが、
森田剛(と有村架純)の素晴らしい演技によって、
「生きることをあきらめない」
「人間であることをあきらめない」
というこの映画のテーマが、
ビシバシと見る者に伝わってくる傑作であったと思う。



かつて佳代が担当した対象者・斉藤みどりを演じた石橋静河。


暗めの登場人物が多い中、唯一の明るい存在で、
暗い過去があるにもかかわらず、懸命に明るく生きようとする姿に感動させられる。
緊迫したシーンが多い中、
斉藤みどり(=石橋静河)が登場するだけでホッとさせられた。
特にラストシーンの石橋静河の表情は秀逸。
〈やはり石橋静河は好い女優だ〉
と、あらためて思わされた。



弁護士・宮口エマを演じた木村多江。


岸善幸監督作品『あゝ、荒野』にも出演していたが、
ほんわかしたとした役か、
エキセントリックな役が多い中、
弁護士という知的で落ち着いた役柄の木村多江は新鮮であった。
一見冷たそうに見えるが、
冷静な判断力で、どのような人間に対しても分け隔てなく接する姿勢に感動させられた。
終盤の感動シーンで、彼女が果たした役割も大きかったと思う。



佳代の幼なじみの刑事・滝本真司を演じた磯村勇斗。


NHKの朝ドラ『ひよっこ』(2017年)では、
ヒロイン・みね子(有村架純)に思いを寄せた後に、
結婚相手となる前田秀俊(ヒデ)役を演じていたので、
有村架純とは4年ぶりの共演となった。
『今日から俺は!!劇場版』(2020年)
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)
『東京リベンジャーズ』(2021年)
などを経て、
俳優として、朝ドラ『ひよっこ』のときよりも数倍大きくなっている印象があり、
本作『前科者』でも、佳代(有村架純)と対峙しても負けないオーラを纏っていた。
中学時代に同級生だった佳代と真司は、
過去のある事件によって複雑な関係にあるのだが、
その事件が、佳代が保護司になる動機、キッカケになっており、
(それはまた真司が刑事になる動機、キッカケでもあったろう)
佳代の人生に関わる重要な人物として滝本真司という存在があった。
その真司を磯村勇斗は真摯に演じ、
作品の質を高めていたと思う。



保護観察官・高松直治を演じた北村有起哉。
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)で、ヤクザの若頭を演じ、
『すばらしき世界』(2021年)では、
(真逆とも言える)弾かれる側ではなく、“社会”側の人間(ケースワーカー)を演じ、
第8回「一日の王」映画賞で、最優秀助演男優賞を受賞したが、
本作『前科者』では、
保護観察官(専門的な知識にもとづき、犯罪や非行を犯した人を通常の社会生活のなかで指導、援助するほか、犯罪や非行の予防に関する事務を行う)という、
これまた前2作とは異なった立場の役柄で、
その演じ分けの見事さに唸った。



その他、
工藤の前に姿を見せる謎の男・実を演じた若葉竜也、


滝本とタッグを組むベテラン刑事・鈴木充を演じたマキタスポーツ、


佳代がアルバイトをしているコンビニの店長・松山友樹を演じた宇野祥平、


工藤誠の義父・遠山史雄を演じたリリー・フランキーなどが、
期待以上の演技で本作を「傑作」へと押し上げていた。



誰もが被害者にも加害者にもなり得る、紙一重のところで生きる社会の厳しさやもどかしさ。この先もきっと戦いは続いていくはずなので、それに負けない心を持たなきゃいけないと思っています。他人事だとは思わないで観て欲しいです。(『キネマ旬報』2022年2月上旬号)

とは、有村架純の弁。
多くの複雑な問題を抱える現代では、
声高に己の主張を叫ぶ作品、
尖がった演技や映像で攻める作品、
すべてを忘れるかのような娯楽に徹した作品などが、主流を成す。
だが本作『前科者』のように、
愚直なまでの正攻法で撮られた作品は、
地味ではあるが、鑑賞後、見る者の心にジワジワと沁みてくる。
良い作品であった証しであると思う。

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