一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』 ……黒木華、Cocco、りりィが素晴らしい……

2016年04月01日 | 映画
黒木華主演ということで、
映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を見に行った。
黒木華は好きな女優で、
出演作はなるべく見に行くようにしている。
しかも、今回は、主演。
見ないわけにはいかないではないか。

監督は、岩井俊二。
長編実写の日本映画としては、
『花とアリス』以来12年ぶりの新作。
それほど好きな監督ではないが、
女性を美しく撮ることで知られる岩井監督なので、
黒木華をどう撮っているのか楽しみであった。
上映時間が180分ということなので、
3時間も黒木華を堪能できるだけでも、
私としては「見る価値あり」と考えた。

東京で派遣教員をしている皆川七海(黒木華)は、
鶴岡鉄也(地曵豪)とSNSで知り合った後に結婚。


親族が少ないので、
結婚式の代理出席を「なんでも屋」の安室(綾野剛)に頼む。
しかし、新婚早々、鉄也の浮気が発覚。


なのに、義母・カヤ子(原日出子)から逆に浮気の罪をかぶせられ、


家を追い出されてしまう。


そんな七海に、安室が、
結婚式の代理出席や、
月給100万円の住み込みメイドのアルバイトを紹介する。


バイトで知り合った破天荒なメイド仲間の里中真白(Cocco)と意気投合するが、
真白は体調がすぐれず日に日に痩せていく。
そして、ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出す……



と、簡単にストーリーを紹介したが、
正直、このストーリー紹介には、あまり意味がない。
なぜなら、
(ネタバレになるので)ここには書けない部分が多く、
この表のストーリーに対して、
裏のストーリーがあって、
それこそが真のストーリーであるからだ。
だから、真のストーリーは、
映画を見て知ってもらうしかないのだ。

この映画は、
皆川七海(黒木華)という女性の、
一年にわたる成長物語であるのだが、
前半は、
ひたすら七海が堕ちていく様が描かれている。
見ている側は、
〈こんな馬鹿正直で、こんなにも騙されやすい女がいるのか……〉
と、イライラしてくるが、
このイライラ感を抱かせるほどの黒木華の演技が秀逸なのだ。
そして、
「私は、今、どこにいるか分からないんです」
と絶叫するシーンで、前半のクライマックスを迎える。

後半は、
バイトで知り合った破天荒なメイド仲間の里中真白(Cocco)が登場し、
七海と真白が一緒に生活し始めたときからスタートする。
前半とは、映画の雰囲気がガラリと変わる。
ただ流されて、転落してしまった七海が、
主体性を持ち、自己主張をし始める。
そして、あることで、
七海が、再び絶叫する。
この絶叫は、前半の絶叫とは明らかに違っている。
ラスト近くに、
真白の母・里中珠代(りりィ)が登場するに及んで、
後半のクライマックスを迎える。
この異様なシーンが凄い。
〈岩井俊二監督もこんな映画を撮るのか……〉
と、驚かされる。
そして、ラストのラスト、
七海に平安な時間が戻ってくる。
そのときの穏やかな表情が素晴らしい。
映画前半の表情とは違って、
そこに、一人の女性の成長が見て取れるのだ。
約一年に渡って撮影された成果が示される。


まずは、主演を務めた黒木華を褒めたい。
オドオドした仕草で、
ボソボソと喋る女性が、
きちんと人の目を見て話せる女性に成長するまでを、
実に巧く演じている。
これは私が感じた印象であるが、
映画の9割は黒木華がスクリーンに映っていたような気がする。
それほど、岩井俊二監督は、黒木華を、
あらゆる場面で、あらゆる角度から撮っている。
まるで、黒木華のPVのようでもある。
ちょっと失礼な言い方になるかもしれないが、
黒木華は完璧な美人ではない。
美人は美人なのだが、
完璧に顔が整った美人ではない。
だからこその魅力が、黒木華にはある。


想像力の余地がある、ファンが色づけしやすいってありますよね。完全に顔が出来上がっていると、こちらから介入のしようがない。でも何かちょっと足りないとそれを補完することで、彼女が完成するみたいな。その余地を持ってるタイプの女の子に僕は、惹かれるのかもしれない。(『キネマ旬報』2016年4月上旬号)

と、岩井監督は語っているが、
黒木華という女優はまさにそういう女優なのだ。
岩井俊二監督作品『花とアリス』に出演していた蒼井優もそういう女優であった。
そういえば、蒼井優と黒木華は、なんとなく似ている。




蒼井優が好きな人は、たぶん黒木華も好きになると思う。
山田洋次監督も、この二人の女優を好んで使っているし、
映画監督の創作意欲をかきたてる何かを持っているのだ。
岩井監督が、黒木華のことを、
「永久に撮っていたかった」
と、どこかで言っていたが、
見る者にも、
「永遠に見ていたかった」
と思わせる魅力が、限りなくあったと思う。


里中真白を演じたCocco。
この映画は、里中真白(Cocco)が登場したときから、
作品の雰囲気がガラリと変わる。
それほどのインパクトがあった。
真白と出会うことで、七海にも変化があり、
映画としても、俄然、面白くなる。

Coccoさんが演じた真白という役は、書いてみたはいいけれど、これ誰にやらせるんだって問題になって。ミュージシャンとしてのCoccoさんは前から好きだったんです。それでたまたま誘われて彼女のお芝居を観に行った。そうしたらスーッと、ああこの人が真白だと思いました。絶対やれると確信が持てたんです。本人にお願いしてOKをいただいてからは、それ以前のホンでは描き切れていない部分もあった真白が、とても書きやすくなりました。Coccoさんがやるならこのセリフを言わせたい、とかどんどん欲が出てきて。そのくらいの求心力のある人です。(『キネマ旬報』2016年4月上旬号)

と、岩井監督が語っているが、
この幸運な出会いが、
『リップヴァンウィンクルの花嫁』という作品の質を高め、
より面白く、より芸術性のある作品にしている。

ウエディングドレスを着た七海と真白が、
ベッドで寄り添うシーンがあるのだが、
このときの真白の演技が、とくに素晴らしかった。
セリフを言わされている感じではなく、
真白自身が自分の言葉で話しているように見えたのだ。

セリフなんだけど、セリフを言っているように聞こえないんです。Coccoさんが言っているようにも聞こえるし、真白が言っているようにも聞こえる。真白との最後の時間の彼女の言葉、脚本のセリフ通りなんですけど、その場で初めて出たみたいに聞こえました。Coccoさんという人柄も含めて、全部が真白になっている。(『キネマ旬報』2016年4月上旬号)

と、黒木華にそう言わしめたCoccoの演技は、
年末の賞レースで、
助演女優賞候補になるほどのものであった……と付け加えておこう。


真白の母・里中珠代を演じた、りりィ。
出演時間も短いし、
ラスト近くに出てくるだけなのだが、
見る者に、強烈なインパクトを残す。
とにかく「スゴイ!」の一言。
最近は、スクリーンでも老け役が多いのだが、
本作でも、老いた女を実に巧く演じていた。
いや、「成りきっていた」というべきなのかもしれない。
こんなに驚かされるとは思ってもみなかった。
このシーンを見たとき、私など、
〈本当に岩井俊二監督作品?〉
思ってしまったほど……

とても好きなシーンです。りりィさんが神々しくて。切なくて。人の家を借りて撮影したんですが、本当に部屋が狭くて、撮りながら、みんなヘンな感じになっていって。よくわからないな、このシーン、と思いながらやっていました。(笑)。ヘンな空気が充満して、岩井さん自身もカメラをずっと回したりしていて、不思議なシーンでした。(『キネマ旬報』2016年4月上旬号)

と、黒木華が語っていたが、
このシーンだけでも、
この映画を見る価値はあると断言できる。
りりィの演技もまた、
助演女優賞候補になるほどのものであったと付け加えておかなければならないだろう。


黒木華、Cocco、りりィの素晴らしい演技を前にして、
出演シーンは多いものの、
「なんでも屋」の安室を演じた綾野剛の存在感は、やや薄い。
それは、綾野剛が、敢えてそんな演技をしているのかもしれない……と思った。
いくらでも色濃くできる役ではあるが、
そうはせずに、
主人公の七海(黒木華)を引き立てるような演技をしているように感じたからだ。
とんでもなく悪いヤツなのだが、
それだけではない雰囲気があり、
結果的に、七海を、人間として、女性として、成長させる手助けをしている。
綾野剛だからできた役柄であったかもしれない。
そういう意味で、
綾野剛もまた、素晴らしい演技をしていたと言ってもいいだろう。


岩井俊二監督作品は、
これまでにもいくつも見てきたが、
本作『リップヴァンウィンクルの花嫁』が、
岩井俊二監督の(現時点での)最高傑作だと思う。
映画館で、ぜひぜひ。


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