映画と渓流釣り

物忘れしないための処方箋

金色の夏の午後 のぼる小寺さん

2020-07-05 18:06:00 | 新作映画

夏も終わりに近づく頃、午後の体育館に響くキュッキュッと鳴るシューズの音。陽が傾き辺りは金色に染まる。ボルダリングにしか興味がないように見えた小寺さんの背中は、近藤くんの背中にピッタリくっついた。ずっとずっと小寺さんが登る姿を見続けた答えを、分かりやすく感じられる良いラストカットだった。

わたくしも中学高校とバスケットボール部で活動していたから、体育館の蒸せるような暑さや夕方のひんやりした外の空気を懐かしく思い出した。近藤くんのように見続けられる女の子との出会いは無かったけど、合同合宿で一緒だった他校の女子に少しときめいていたかな。背が高かったからロンと呼ばれていた彼女も、もうすぐ還暦だ。元気でいるだろうか?

スポーツを題材にして、それも高校生の部活動とくれば少々暑苦しい熱血ドラマかと思いきや、一生懸命であるけれどサラリとした触り心地の作品だ。
小寺さんは周囲に頓着のない不思議ちゃん系女子。進路希望にクライマーと書き込み、今はとりあえず突き進むと宣言するような子。一心不乱に壁を登る彼女の真摯さに、卓球部の近藤くんは目が離せなくなる。同様、中学の頃から小寺さんが好きな四条くんは後を追いボルダリング部に入部する。ゆるい理由で始めた部活だったが、小寺さんのひたむきさに二人とも感化されて行く。
感化されたのは男子だけではない。学校に居場所がない倉田さんは将来の夢であるネイリストの勉強を始めるし、写真家へのあこがれを募らせるありかちゃんはコンテストに応募する。
皆が最初から全部うまくいくわけないけど、今好きなことをとりあえず一生懸命やってみようとする姿がカッコイイ。

今年はコロナ騒動のあおりで、少年少女たちの部活動もかなり制限されている。うちのたっくんも中学三年生、軟式テニス部で最後の夏を迎えようとしている。それほど思い入れはないようだけど、中学最後の大会も中止になってしまったのは可哀想だ。取りやめになって辛いのは甲子園だけじゃない。

小寺さんを演じた工藤遥のことは、この作品を観るまで知らなかった。モーニング娘。でアイドルしていたらしい。その割には普通の女の子だ。それがかえって良かった。あまりに可愛らしいと嘘くさくなるし、ボルダリングはしないだろうと思ってしまう。わたくしも渓流で崖登りをすることがたまにあるけど、彼女の身体能力は結構凄いんじゃないかと思う。普通の女の子にはあんな壁絶対登れない。
伊藤健太郎はじめ感化されてゆく四人を演じた彼らも好感の持てる素直さが良かった。

監督の古厩智之作品はほとんど観ていない。デビュー作「ロボコン」は面白かったけど、それ以外にこれといった作品を知らない。その意味ではロボコン以来の良品が撮れたってことか。いい映画になった一番の功労者は脚本の吉田玲子だ。「けいおん」はじめ京アニ作品で素晴らしい脚本を書いてきた彼女が得意とする世界観が全編を包んでいた。
冒頭に書いた金色の夏の午後は、吉田玲子の脚本がなければ生まれなかった。

MOTHER 母とは 毒親とは

2020-07-05 18:03:00 | 新作映画

この時期、渓流で竿を振っていると、鴨の親子によく出会う。孵化したばかりの小鴨が母鴨の後を遅れまいと必死についてゆく姿を見ると、微笑ましくも丈夫に育って欲しいと親の気持ちにもなってしまう。鳥だって子が母親を慕う健気な感情はあるし、まして母親が子供の成長に付き添う様は母性としか言いようがない。

母親になったことがないから母性については語れない。
ただ、息子として母の愛情を身に染みることはこの歳になっても常々ある。年に二度ほどしか帰省しないから年老いてゆく老母の心配はあるけれど、それ以上に母親が息子に対するお節介にも近い情愛は大きい。

それにしても毎年起こる母親の子殺しや育児放棄は、特異な例だとしても絶えることはない。
そこにある心理こそは皆目闇の中で知りようがないけど、今日この映画を観てもしかしたら育児放棄はかえって子供のためなのかもしれないと思ってしまった。ましてや、無理心中や障害児の子殺しは極度な愛情の裏返しなのかも知れないとまでも。親の勝手な言い分であることは重々理解して書いている。

MOTHERに登場する母親は、息子を私物化して奴隷のように扱っているが、息子は心の支えでもある。だから放棄ができないでいる。是枝作品「誰も知らない」のYOU演じる母親はあっけらかんと子供たちを放棄した。どちらも悲劇だけど、母親無くとも子は育つ。こんな酷い母親なら消えてくれた方がよっぽどマシな気がする。

自分の欲望のため息子に自分の両親でもある祖父母を殺害させる母親を、どんなふうに理解したらいいんだろう。塀の中で接見するケースワーカーに息子は「それでもお母さんが好き」と話す。それを伝え聞いた母親の無表情な視線がこの作品の全てであるようだ。

長澤まさみはこのところ映画に出ずっぱりで、女優としての絶頂期を迎えつつあると思う。少々オーバーアクションで気に掛かるところもあるけど、ラストのまなざしだけでも彼女の代表作に数えていいと思う。今年の映画賞を沢山もらうだろうな。阿部サダヲはいつものクズっぷりをいかんなく発揮した。感心したのは新人の奥平大兼の息子役。スポイルされないで味のある役者に育って欲しい。

大森監督は常に標準以上の作品が作れる人だけど、今回の作品の成功は脚本に港岳彦を迎えたことだ。「あゝ荒野」の骨太な脚本で注目され、今一番脂がのっている脚本家だ。これからも楽しみな人なので、注目していこうと思う。