「ふたりのウルトラマン」
「ウルトラマン」(66)の制作に携わった沖縄出身の脚本家・金城哲夫(満島真之介)と上原正三(佐久本宝、平田満)の知られざる生涯に迫る、沖縄本土復帰50年 ドキュメンタリードラマ。
「ウルトラマン」誕生の舞台裏や本土復帰前後の沖縄の光と影、金城の夢と挫折を、上原の語りという形で描く。監督・脚本は沖縄出身の中江裕司。
今回は、金城と円谷一(青木崇高)の友情、「マイティジャック」(68)の不調、沖縄に帰った後の金城の苦悩といった、これまでドラマとしては描かれてこなかった部分がクローズアップされていたので、興味深く見た。また、共に沖縄出身の満島と佐久本が2人を演じているので、言葉や心情にリアリティがあった気がする。
円谷英二(綾田俊樹)、実相寺昭雄(玉置玲央)、飯島敏宏、中野稔、大伴昌司(ちょっとかわいそうな描かれ方)らが登場するほか、実際の満田かずほ、橋本洋二、樋口祐三らがインタビューに答えている。
同じく金城と上原が登場する、こんなドラマもあった。
「私が愛したウルトラセブン」(93)(1993.2.13.・20.)
「ウルトラセブン」(67~68)に脚本家として参加した市川森一が、ヒロイン・友里アンヌ(田村英里子)を主人公として、フィクションを交えながら、撮影秘話や、出演者、制作スタッフの青春群像を描いた。
子ども心にも「ウルトラセブン」は暗く映ったし、マン(ハヤタ)に比べてセブン(モロボシダン)は悩み多く、怪獣や宇宙人との戦いも、苦戦が多かった気がする。
今から見れば、このドラマが明かしたように、人間ドラマとしての比重の大きさや、当時の世相が反映されてのことだったと分かるのだが、自分も含めた当時の子どもは、そのニュアンスは何となく感じたが、深い部分は後付けで知ったのだと思う。
劇中、ダン=セブンとアンヌが愛し合っていることは、当時、まだ子どもだった自分にも分かっていたし、アンヌ役の菱見百合子にませた憧れのようなものも抱いた。だから、大人になった今、こうしてアンヌをヒロインにしたドラマを見せられると感慨深いものがあるのだが、実際の百合子嬢は、このドラマのように引退はせず、グラビアや映画で裸体を披露したので、子どもから少年になった自分は、憧れとエロの狭間で、複雑な思いを抱かされたものだった。
などと、このドラマを見ながら、思い浮かんだ雑感を書いてみたのだが、このドラマがなぜ、こうも切なく、懐かしく感じられたのかといえば、それは、当時「セブン」制作の渦中にいた市川が、円谷英二(鈴木清順)や金城哲夫(佐野史郎)、上原正三(仲村トオル)、満田かずほ(塩見三省)はもとより、全ての関係者への思いを込めてシナリオを書いた結果、「ウルトラセブン」を通した、見事な青春群像劇になったからだと思った。
【今の一言】このドラマは、金城が沖縄に帰ることを決意するところで終わっている。だから、その後の金城を描いた「ふたりのウルトラマン」と対で考えると、感慨深いものがあるのだ。
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