リッキー・アンド・ザ・フラッシュ!
家族を捨て、ロックミュージシャンになったリッキー。離婚して落ち込んでいる娘を励ますため、久しぶりに元夫の家を訪れるが…。
メリル・ストリープが初老のロック歌手を演じる。しかも娘役を実娘のメイミー・ガマーが演じる、と聞けば、「今度はロック歌手ですか。娘まで出してよくやるよなあ」というマイナス面やうさんくささを感じてしまう。コメディー、ミュージカル、アクション…。ストリープが新たな役に挑戦すればするほど、見る者は食傷し、「もう結構です」と言いたくなってしまうのだが、これを続けるのは演技派の大女優としての性(さが)なのだろう。
ところが、この映画では監督のジョナサン・デミが、そうしたマイナス面や反発を逆手に取って、しょうもないヒロインを中心にした、不器用だが愛すべき家族の再生の物語として成立させている。
元夫役のケビン・クライン、バンド仲間のリック・スプリングフィールドがストリープをよく助けて好演を見せる。そう言えばクラインのデビュー作はストリープがアカデミー賞の主演女優賞を得た『ソフィーの選択』(82)だった。共演はそれ以来ではないか…。
この映画の原題は「リッキー・アンド・ザ・フラッシュ」というバンドの名前。ストリープ(ギター&リードボーカル)、スプリングフィールド(リードギター&サイドボーカル)、リック・ローゼス(ベース)最高!、バーニー・ウォレル(キーボード)、ジョー・ビターレ(ドラム)という構成で、ちゃんとバンドとして機能しているところがこの映画の核になっている。
現実感の薄いマネーゲーム
2000年代半ばのアメリカを襲ったリーマンショック以前に経済破綻を予見した男たち。彼らはウォール街の常識を疑い、一世一代の勝負に出たアウトローだった…。
実話を基に、金融業界の裏側や人間模様をユーモアを交えながら描く。演じるは、クリスチャン・ベール、ライアン・ゴズリング、スティーブ・カレル、ブラッド・ピット…とくせ者揃い。同じく金融業界の裏側を描いた『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)のような面白さを期待したが、期待外れだった。
アダム・マッケイ監督は「銀行家たちはわざと複雑に聞こえるように難解な言葉を並べ立てる。この業界独特の難解な用語を聞いたら、観客は自分がバカだと感じて飽きてしまうだろう」と語っている。そこで、著名人による“解説”を挿入しているのだが、それを聞いても分かったような分からないような感じで、あまり効果はない。
そもそも空売りとは? CDOとは? CDSとは?… 矢継ぎ早に繰り出される専門用語を使って金融業界の実態を知らされても、金融や株についての知識がない者にとっては煙に巻かれた気分になるだけなのだ。この映画の致命的な失敗は、監督自身が気づいた問題を最後まで解決できなかったことにある。
さらに、例えば、同時期に製作された『ドリームホーム 99%を操る男たち』(14)は、経済破綻の際に、人々が生活する現場(地上)では何が起きていたのかを描き、見ていて身に詰まされたりもしたのだが、こちらはあくまで机上(天空)の出来事に過ぎないように見え、現実感の薄いマネーゲームとして映る。登場人物の誰にも感情移入できないから、彼らが裏をかいて巨万の富をもうけても、見る側は何のカタルシスも感じない。
と言う訳で、同じく実話を基にしたベール主演の『アメリカン・ハッスル』(13)のようなコンゲーム的な面白さを期待すると肩透かしを食らう。
「聾者(ろう者)の音楽」を視覚的に表現したアート・ドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』。手話通訳を交えて共同監督の牧原依里さんと舞踏家の雫境(DAKEI)さんにインタビュー取材。
取材前に本編を耳栓をしながら見る。無音の58分間は、サイレント映画とも違う新たな映像表現として新鮮に映った。
詳細は後ほど。
『LISTEN リッスン』の公式ホームページはこちら↓
http://www.uplink.co.jp/listen/
『ほぼ週刊映画コラム』
今週は
橋本環奈参上! 角川アイドル映画の伝統をよみがえらせた
『セーラー服と機関銃 -卒業-』
詳細はこちら↓
http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1039523
『異人たちとの夏』(88)
大人のためのファンタジーホラー
この映画の主人公は、結婚に失敗した中年の脚本家・原田(風間杜夫)です。彼が故郷の浅草で12歳の時に死別した両親(片岡鶴太郎、秋吉久美子)と再会したことから、懐かしくも切ない、奇妙な生活が始まります。原田はまるで怪談「牡丹灯籠」のように、死者と接することで精気を失っていくのですが…。
原作山田太一、監督大林宣彦、脚色市川森一による、大人のためのファンタジーホラーです。
原田が最初に父の幽霊と出会うのが浅草演芸場。バックに流れる音楽は浅草で活躍した喜劇王エノケンこと榎本健一が舞台でよく歌っていた「リオ・リタ」です。大林監督は「父親役の鶴太郎はエノケンさんのイメージ。だから『リオ・リタ』を意識して使った」と語っています。
その舞台上では北見マキがマジックを行っていますが、シルクハットの中からグローブ、アイスクリーム、花札(さすがにすき焼きは出てきませんが…)と、その後の親子にかかわるものが次々に出てきます。
ほかにも、原田と交わる謎の女性(名取裕子)について、プッチーニのオペラ「わたしのお父さん」や前田青邨の絵画「腑分け」などを使って、意図的に“ネタバレ”を行っている点が興味深いです。
この映画は、夏の風景や浅草という街が持つ独特の懐かしい雰囲気を映し出した映像、そして俳優たちの妙演が相まって、小説とは違う映画ならではの表現力の素晴らしさを感じさせてくれます。特に風間が背中で悲しさを表現した両親との別れのシーンは絶品です。
『快盗ルビイ』(88)
楽しくおしゃれな犯罪コメディー
1980年代は『お葬式』(84)の伊丹十三、『麻雀放浪記』(84)の和田誠など、異業種監督がブームとなった時代でした。この映画は和田誠の監督第二作です。
ヒッチコックが大好きな彼が、ヒッチコックがテレビの「ヒッチコック劇場」で好んで用いたヘンリー・スレッサーの連作短編を巧みに脚色。
男同士の泥棒コンビという設定を男女に変えて、必ず失敗する犯罪計画をコミカルに描き、犯罪映画でありながら、楽しくおしゃれなミュージカル仕立てのロマンチックコメディに仕立て上げました。
いっぱしの泥棒を気取るうら若き女性に小泉今日子。彼女に振り回される純情なサラリーマンに真田広之を起用。小泉をアイドルとしてではなく、真田をアクションスターとしてではなく撮り、名古屋章ら達者な脇役を適材適所に配しました。
そしてビリー・ワイルダーの映画のようにディテールに凝り、往年のハリウッド・ミュージカルの香りまで漂わせる大サービスを発揮。小泉と真田のデュエットまで聴かせます。
和田監督の名人芸と映画マニアぶりを堪能してください。ちなみに、和田監督によれば、小泉は加賀まりこ(『麻雀放浪記』のヒロイン)に似ているから起用したとのことです。
以前、彼について書いたものを転載して哀悼の意としたい。
1925年2月18日、米ニューヨーク州ニューヨーク市生まれ。193センチ。父はオーケストラの指揮者。母はバレエダンサー。幼い頃から舞台に立つ。第二次大戦で陸軍に入隊。終戦後も軍に残り、軍関係のラジオやテレビで活躍。60年に映画デビュー。
パニック映画の顔となった“グッドバッドガイ”
デビュー当時は、軍人あがりの“冷たい目の男”と呼ばれ、たくましい体を武器に悪役として売り出したが、次第に“グッドバッドガイ(心優しき悪党)”に変身。その個性を生かした『暴力脱獄』(67)でアカデミー助演賞を受賞し、『新・荒野の七人 馬上の決闘』(69)では、リーダーのクリス役をユル・プリンナーから引き継ぐまでに出世した。
やがて少々荒っぽいが根は善良な人柄を前面に出し、頼れる男として「エアポート」シリーズなどで、70年代にブームとなったパニック映画の顔となる。「『タワーリング・インフエルノ』(74)で消火活動がはかどらないのは、ジョージ・ケネディが出ていないから…」とジョークのネタになるほどその存在感は大きかった。
他方、クリント・イーストウッドの相棒役を演じた『サンダーボルト』(74)と『アイガー・サンクション』(75)も忘れ難い。また、角川映画の『人間の証明』(77)と『復活の日』(80)にも出演し、日本でもなじみが深い。
だが80年代に入るとB級映画の顔へと急落。『裸の銃を持つ男』シリーズでの不慣れなコメディー演技などは、往時を知る者にとっては寂しいものがあった。
昭和初期の松竹撮影所の青春群像
この映画は、松竹50周年記念作品として製作され、昭和初期の松竹蒲田撮影所内の青春群像を描きました。そしてサイレントからトーキーへと移行するこの時代は映画自体の青春時代でもありました。
監督は山田洋次、脚本に井上ひさしと山田太一が参加した豪華版です。
中心に描かれるのは、田中絹代をモデルにした新進女優・田中小春(有森也美)と助監督の島田(中井貴一)との淡い恋です。
島田は映画作りに絶望した上に、小春にも失恋し、一度は撮影所から去りますが、留置場で映画好きの牢名主(ハナ肇)と出会い、思想犯として追われている先輩(平田満)から「もっと映画を信じろ。君は素晴らしい仕事をしている」と諭され、自家で働く幼い女中の唯一の楽しみが映画であることを知るなどして、決意も新たに撮影所に戻ります。
これらは類型的な描写ですが、こうした市井の人々が映画を支えていることを映画人は肝に銘じなければならないということ。そうした思いが、蒲田調(後に大船調)と呼ばれる松竹映画の社風につながっていったのです。
名を変えて登場する、若き日の城戸四郎撮影所所長(松本幸四郎)や監督の小津安二郎(岸部一徳)、斎藤寅次郎(堺正章)らのパロディも見られます。小春を諭す父親役の渥美清、小春をしごく監督役のすまけいの名人芸も楽しめます。
「虹の都 光の湊 キネマの天地」で始まる「蒲田行進曲」を基調に、明るく元気な気持ちにさせる山本直純の音楽も印象に残ります。