あの人もこの人も、自分とは違う
* * * * * * * * * *
海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。
無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、
母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。
「大人になるのって、ほんと難しいよね」
―誰もが通る"子供時代の終わり"が鮮やかに胸に蘇る長篇。
直木賞受賞作。
* * * * * * * * * *
道尾秀介さんの直木賞受賞作。
なるほど、本作はほとんどミステリをはなれ、
しっかりした文芸作品でした。
慎一は、父をなくし、母、祖父と3人で暮らしています。
友人といえるのは春也一人。
放課後はいつも二人で海辺で遊んでいた。
普通小学生が主人公というと、
清く正しく、明るく元気。
そのような紋切り型になることも多いのですが、
この慎一くんは非常にリアルに迷える小学生です。
春也は家で虐待を受けているようです。
そうとははっきり彼も言わないし、
慎一も簡単に同情するような言葉など口にしません。
慎一が密かに心を寄せている少女鳴海は、
はじめ慎一に興味がある風でしたが、
次第に春也に関心を示し始めます。
何気ないふりをしながら、心の底からこみ上げる嫉妬に自分自身でも戸惑ってしまう。
そしてまた、母が密かに男性と会っているのを見てしまう慎一。
小学生の慎一にとって、
母を「女」として見ることは難しい。
グルグルと渦巻く自分の中の暗い思いを
彼は誰にも告げることもできず、
危うい淵に沈み込んでいきます。
子供が無邪気だなんて嘘っぱちですよね。
子供には子供なりの鬱鬱とした思いが確かにあるのでしょう。
そして自分の感情を整理することが大人よりも難しいのだと思います。
そんなところの描写が、いつもながら秀逸。
慎一の、抱え込んだ問題の重さに同調し、
ついこちらまで暗澹とした気持ちになってしまいました。
みんな違う。
―――唐突に、そんな思いが突き上げた。
それはこれまではっきり意識しないまでも、
微熱のようにずっとまとわりついてきた思いだった。
あの人もこの人も、自分とは違う。
世界の中の自分を初めて認識するとき。
こんな感じでしょうか。
母や祖父、親しい友も結局は自分とは相容れない別の人間であること。
それはひどく孤独なことなのですが、
それを認めて初めて人は自立し、
そしてだからこそ他者をも尊重できるようになる。
それが大人になるということなのかもしれません。
やや重いのですが、久しぶりに本らしい本を読んだかなあ・・・
と言う気がします。
「月と蟹」道尾秀介 文春文庫
満足度★★★★☆
月と蟹 (文春文庫) | |
道尾 秀介 | |
文藝春秋 |
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海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。
無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、
母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。
「大人になるのって、ほんと難しいよね」
―誰もが通る"子供時代の終わり"が鮮やかに胸に蘇る長篇。
直木賞受賞作。
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道尾秀介さんの直木賞受賞作。
なるほど、本作はほとんどミステリをはなれ、
しっかりした文芸作品でした。
慎一は、父をなくし、母、祖父と3人で暮らしています。
友人といえるのは春也一人。
放課後はいつも二人で海辺で遊んでいた。
普通小学生が主人公というと、
清く正しく、明るく元気。
そのような紋切り型になることも多いのですが、
この慎一くんは非常にリアルに迷える小学生です。
春也は家で虐待を受けているようです。
そうとははっきり彼も言わないし、
慎一も簡単に同情するような言葉など口にしません。
慎一が密かに心を寄せている少女鳴海は、
はじめ慎一に興味がある風でしたが、
次第に春也に関心を示し始めます。
何気ないふりをしながら、心の底からこみ上げる嫉妬に自分自身でも戸惑ってしまう。
そしてまた、母が密かに男性と会っているのを見てしまう慎一。
小学生の慎一にとって、
母を「女」として見ることは難しい。
グルグルと渦巻く自分の中の暗い思いを
彼は誰にも告げることもできず、
危うい淵に沈み込んでいきます。
子供が無邪気だなんて嘘っぱちですよね。
子供には子供なりの鬱鬱とした思いが確かにあるのでしょう。
そして自分の感情を整理することが大人よりも難しいのだと思います。
そんなところの描写が、いつもながら秀逸。
慎一の、抱え込んだ問題の重さに同調し、
ついこちらまで暗澹とした気持ちになってしまいました。
みんな違う。
―――唐突に、そんな思いが突き上げた。
それはこれまではっきり意識しないまでも、
微熱のようにずっとまとわりついてきた思いだった。
あの人もこの人も、自分とは違う。
世界の中の自分を初めて認識するとき。
こんな感じでしょうか。
母や祖父、親しい友も結局は自分とは相容れない別の人間であること。
それはひどく孤独なことなのですが、
それを認めて初めて人は自立し、
そしてだからこそ他者をも尊重できるようになる。
それが大人になるということなのかもしれません。
やや重いのですが、久しぶりに本らしい本を読んだかなあ・・・
と言う気がします。
「月と蟹」道尾秀介 文春文庫
満足度★★★★☆