心の闇を否応なく照らし出す光
鍵のない夢を見る (文春文庫) | |
辻村 深月 | |
文藝春秋 |
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第147回直木賞受賞作! !
わたしたちの心にさしこむ影と、ひと筋の希望の光を描く傑作短編集。5編収録。
「仁志野町の泥棒」誰も家に鍵をかけないような平和で閉鎖的な町にやって来た転校生の母親には
千円、二千円をかすめる盗癖があり……。
「石蕗南地区の放火」田舎で婚期を逃した女の焦りと、
いい年をして青年団のやり甲斐にしがみ付く男の見栄が交錯する。
「美弥谷団地の逃亡者」ご近所出会い系サイトで出会った彼氏とのリゾート地への逃避行の末に待つ、
取り返しのつかないある事実。
「芹葉大学の夢と殺人」【推理作家協会賞短編部門候補作】大学で出会い、霞のような夢ばかり語る男。
でも別れる決定的な理由もないから一緒にいる。そんな関係を成就するために彼女が選んだ唯一の手段とは。
「君本家の誘拐」念願の赤ちゃんだけど、どうして私ばかり大変なの?
一瞬の心の隙をついてベビーカーは消えた。
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辻村深月さんの直木賞受賞作。
短編集ですが、『鍵のない夢を見る』という題名の短編があるわけではありません。
5編が収められていますが、言ってみればどれも、心にストンと落ちるような
「正解」が示されているわけではない。
何やらもやもやした思いが残る座りの悪い作品群とでも申しましょうか・・・。
それをして「鍵のない」というのは素晴らしい表現であります。
例えば巻頭の「仁志野町の泥棒」
<私>が小学生だった時の話。
同じクラスに転校してきた律子の母親には盗癖があり、
当時誰も家の鍵をかけるような習慣がなかった近所の家から、
わずかばかりのお金をかすめとることを繰り返していた。
そういう現場を家の住人に見つかることもしばしば。
でも人々はあえて警察に知らせたりもせず、
近隣では周知の事実となりながらも腫れ物に触るようにしてきたわけです。
<私>はさぞかし律子は肩身が狭かろうと同情します。
ところがある日、<私>は律子自身の万引きの場を目撃してしまった。
その場で彼女を咎めた<私>はその後律子とは絶交状態になり、
やがて高校時代に再会することになりますが・・・。
自己顕示欲というか自意識過剰というか・・・。
自分が思うほどに人は自分の言ったことやしたことなど気にもとめないものなのか・・・。
善悪の意識というのも人により著しく差があるのかもしれず・・・。
正義感を持って行った自分の行動は正しかったと思いながら、
どこか言わなくてもいいことを言ってしまったという後悔もあり、
しかし、自分の一言を律子はずっと引ずっているはずと思えばそれも裏切られ・・・。
言いようのない思いがうずまきます。
人は心の中に、自分でも見たくないもの、見えないように蓋をしてあるもの、
無意識的に暗がりに追いやってあるものがあるのだと思います。
しかし著者はあえてそういうところに強烈なスポットライトを浴びせかけて
白日のもとに引きずり出すのです。
私はそれが怖い。
つまり正しいものや美しいものだけ見たいという、
私の精神性は多分お子ちゃまなんだろうな・・・。
そういうこともさらけ出されてしまう気がして、ホント怖い。
図書館蔵書にて(単行本)
「鍵のない夢を見る」辻村深月 文藝春秋
満足度★★★.5