ろう者の現実を浮かび上がらせながら
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仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人。
今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがて唯一つの技能を活かして手話通訳士となる。
彼は両親がろう者、兄もろう者という家庭で育ち、
ただ一人の聴者(ろう者の両親を持つ聴者の子供を"コーダ"という)として
家族の「通訳者」であり続けてきたのだ。
ろう者の法廷通訳を務めていたら若いボランティア女性が接近してきた。
現在と過去、二つの事件の謎が交錯を始め…。
マイノリティの静かな叫びが胸を打つ。
衝撃のラスト!
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私には初めての作家さん。
本作の主人公は、手話通訳士というまれな題材のミステリです。
彼の両親と兄がろう者ということで、彼の生活の中に元々手話がありました。
でも一家の中でただ1人の聴者ということの異端者的な存在感が、
彼の心の底の重りとなっています。
仕事にも結婚にも失敗し、心を閉ざしていた彼のもとに、
手話通訳の仕事をしないかという誘いが来ます。
そして彼は、ろう者というマイノリティ故に起こった
過去と現在を結ぶ事件に関わることになりますが・・・。
以前ほんの少し手話の講習を受けたことがありますが、
本作によると手話にも2種類あって、
一つは「日本語対応手話」というもので
日本語に手の動きを一つ一つ当てはめていくもの。
私が講習を受けたのもそれですし、テレビなどで手話通訳で目にするのもこれです。
そしてもう一つが、「日本手話」。
ろう者が昔から使っているもので、
日本語の文法とは全く異なった独自の言語体系を持つとのこと。
そのため、生まれたときから使っているろう者でなければ
その習得はかなり困難だそうです。
でも、それをもっぱら使って育ったろう者であれば
「日本語対応手話」の方がよほどわかりにくく、疲れるものである・・・と。
なるほど、知らないことは多々あるものですね。
このように、私たちが全然わかっていないろう者に寄り添う本作、
大変興味深く読みました。
でも、実のところこの主人公荒井が、正義感に突っ走るあまり、
恋人や関係者の感情を置き去りにしてしまうあたりが、私には好感度低いのです・・・。
でも本作は著者の小説デビュー作だそうですし、
シリーズの続きもでているようなので、そちらも読んでみようかと思います。
「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」丸山正樹 文春文庫
満足度★★★☆☆