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「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ

2017年11月28日 | 本(その他)
失われた過去を取り戻すこと

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)
土屋 政雄
早川書房


* * * * * * * * * *

遠い地で暮らす息子に会うため、長年暮らした村をあとにした老夫婦。
一夜の宿を求めた村で少年を託されたふたりは、
若い戦士を加えた四人で旅路を行く。
竜退治を唱える老騎士、高徳の修道僧…
様々な人に出会い、時には命の危機にさらされながらも、
老夫婦は互いを気づかい進んでいく。
アーサー王亡きあとのブリテン島を舞台に、
記憶や愛、戦いと復讐のこだまを静謐に描く、ブッカー賞作家の傑作長篇。

* * * * * * * * * *

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の最新作。
といっても日本での単行本発刊が2015年。
全体でも作品数はそう多くはないので、読破も容易です。
が、どれもみっしりした手応えがあるので、
「読み飛ばす」という読み方はできないですね。


私は未読の「日の名残り」を読もうと思っていたのですが、
まずは新しい方の「忘れられた巨人」から。


ところが読みはじめて「おや?」と思う。
これまでとは全く異なる6・7世紀のイギリスが舞台。
貧しい村に住む老夫婦が息子に会うために旅を始めるところからストーリーは始まります。
おや、これこそはファンタジー。
鬼や竜も登場し、途中で出会う人と道連れになったりもする。
このRPG的展開にしばし戸惑いもするのですが、
いやいや、カズオ・イシグロ作品ですから、
単なるヒーロー物語のわけはありません。
巻末の江南亜美子氏の解説が、若干の理解のための一助となるでしょう。


本作の背景にはアーサー王伝説があります。
ケルト系であるブリトン人の騎馬集団を率いて、
ゲルマン系であるサクソン人やビクトル人の侵略からブリテンを守り抜いた
「闘いの王」が、アーサー王。
本作はそのアーサー王亡き後の世界を描きます。


その時に争ったブリトン人とサクソン人はその後、
近接した村に住みながら、なんとかささやかな平和を守って暮らしていた。
しかし人々はなぜか記憶を失くしているのです。
病のせいでも老いのせいでもなく、人々がみな物事を忘れていく。
遠い昔のことばかりでなく、つい最近起こったことさえも
まるで霧で包まれるようにぼんやりと生彩を欠いて失われていく。
そしてそれは、山に住む雌竜の吐く息のせいではないか
と噂されていますが、誰にも本当のことはわかりません。


アクセルとベアトリスの老夫婦は、ある時ふいに、
以前家を出ていった息子に会いに行こうと思い立ちます。
息子が何故出ていったのかも思い出せないのですが・・・。
そうして旅に出た2人が様々な人と巡り合う。
そうしているうちに、旅の目的は息子に会うことよりも、
龍を倒し、人々の記憶を取り戻そうということになっていくのですが・・・。


悲惨な殺戮の歴史を積み重ねてきたブリトン人とサクソン人。
今、曲がりなりにも平和が保たれているのは、
その過去を皆が忘れているからなのではないか。
また、アクセルとベアトリスも今はまるで一心同体のように
庇いあい、守り合いながら暮らしているけれども、
実はそうではなかった過去があるのではないか。


記憶を取り戻すということは、
忘れていた悲しみや恐怖、憎しみまでもを取り戻すということ。
本当に、取り戻すべきものなのだろうか・・・・


本作には訳者・土屋政雄氏のあとがきもありまして、
そこではカズオ・イシグロ氏が、
英国がEU離脱の決定を下した時に激しく怒っていた、とあります。
近年の世界中の移民や難民の問題の前で、なんと無自覚にことを決めてしまったのか、
ということなんですね。
そうした思いが本作の基底をなしているのでしょう。


本作で少し疑問に思ったのは、作中の「鬼」のことなのですが、
「鬼」はあくまでも日本のものですよね。
原書を読めばすぐわかるとは思いますが、言語では何だったのでしょう?

・・・ということで、洋書販売でのチラ見で見つかりましたが、
「オーガ」でした。
なるほど、確かにファンタジーなどで聞いたことがある。
日本の鬼とは違いますが、でも訳せば人食い鬼とか、鬼とか、言われるようです。



「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ ハヤカワepi文庫
満足度★★★.5


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