映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

アリス・イン・ワンダーランド

2010年05月13日 | 映画(あ行)
「おまえはまともじゃない。でも、偉大な人はみんなそうだ。」


            * * * * * * * *

え~、性懲りもなくやっぱり字幕3Dで見てしまいました。
どうせ見るなら3D。
ジョニー・デップの声はちゃんと聞きたいし・・・。
でもアバターで、こんなもんでしょとわかっていたので、さほどストレスはなしです。
けどますます、あるものならば度入りのマイ3Dメガネが欲しいと思ってしまいました。
メガネonメガネはうっとうしい。



さてこの作品、いうまでもなくルイス・キャロル原作のアリスのストーリーを元にしていますが、原作アリスは6歳。
このストーリーはその13年後、アリス19歳となっています。
もう少女とも呼べなくなるお年頃。そろそろ将来のことを考えなければならない。
将来のことといっても、この時代のこと。
女性には結婚という選択肢以外はほとんど無いといってもいいのですけれど・・・。
ストーリー冒頭、ある男性から結婚の申し込みを受けたアリス。
しかし、家柄は願ってもないくらいだけれど、
全くその気になる相手ではないし
・・・答えることが出来ず逃げ出してしまうアリス。
そしてそのままウサギを追って穴の中に・・・、という具合です。



地下のワンダーランド、この世界はとてもへんてこりんで楽しい。
この空想の世界に臨場感を持たせるには3Dという手法はとても効果的ですね。
悪くない、と思いました。
こんな世界にやはりキノコは欠かせないようです。
キノコにはもともとどことなくファンタスティック、現実離れしたムードがあります。


アリスはこの世界になかなかなじめず、いつも大きすぎたり小さすぎたり。
これは夢に違いないと自分に言い聞かせ続け・・・。
6歳の頃にはすぐになじめたのですが、こういうところはさすがに19歳。
しかし彼女はこのワンダーランドの危機に立ち向かわなければならず、
次第に彼女自身も変わっていくのです。
嫌なこと、面倒なことから逃げ出さず、自分の意志で前へ進むこと。
そうしたことを身につけていくんですね。


ジョニー・デップは、マッド・ハッター、おかしな帽子屋さん。
見かけはどぎつくへんてこでも、そこに隠された優しさやナイーブさ
・・・そういうところは、彼の真骨頂ですね。
まあ、私としてはもっとシリアスなジョニー・デップを見たいのですが・・・。


この作品中、何度かこのセリフが出てきます。
「おまえはまともじゃない。でも、偉大な人はみんなそうだ」
名言というか真理だなあ・・・。
「まとも」な人は決して「偉大」にはなれない。
まあ、そこまでいうと言い過ぎかも知れないけれど、
逆をいえば、思い切った発想・大胆な行動、そういうことが成功の秘訣とも言える。
そこまで言っておきながら、
何故に赤の女王があの見てくれで悪役で、
白の女王があの美貌で善き人・・・というのは納得できない気もしますが・・・。
どう見てもまともじゃない赤の女王こそ、
偉大な何かを成し遂げるかも・・・という方がおもしろいんじゃないかな。



まあ、始めから過度に期待はしていなかったので、そこそこ楽しめましたが・・・。

2010/アメリカ/109分
監督:ティム・バートン
出演:ミア・ワシコウスカ、ジョニー・デップ、アン・ハサウェイ、ヘレナ・ボナム・カーター、アラン・リックマン

ホワイトハンター ブラックハート

2010年05月11日 | クリント・イーストウッド
壮大なる寄り道の映画

ホワイトハンター ブラックハート [DVD]
ジェームズ・ブリッジズ,バート・ケネディ,ピーター・ビアテル
ワーナー・ホーム・ビデオ


             * * * * * * * *

この作品、イーストウッド自身が映画監督の役なんですね。
そう。時代はちょっと古くて1950年代。
ハリウッド黄金時代と呼ばれた時代で、ちょうど作品中にも、この映画をカラーにするかモノクロにするかなんて論議がある。そんな時代です。
この監督ジョンがロケのためにアフリカへ行くというので、うん、これは面白そうと想ったのだけれど・・・。
・・・。
はっきり言ってつまらない、というか何を言いたいのか全然よくわかんない作品だった。
うん。実はこれ、「アフリカの女王」のジョン・ヒューストン監督その人をモデルにしたストーリーだったんだね。
この人がほんとに象のハンティングに夢中になっちゃって大変だったっていうエピソードをもとにした原作ストーリーの映画化。
あ、そうなの・・・。何も知らずに見たもんだから・・・。
ということはこれ、その本人を知ってる人が見ればそれなりに面白い作品だったということなんだね。
まあ、そうだろうね。
けど、この作品自体、1990年のものでしょう。
その監督を知ってる人なんてその時点でもかなり限られてたと思うなあ。
ややマニアックな作品だね。
うん、じゃ面白くなかったっていう理由を言ってみて。
まず、この監督、周りのことなんかおかまいなし、破天荒な性格というのはいいんだけど、
イマイチその魅力が伝わらない。単にはた迷惑、って感じ。
ユダヤ人やロケ地の現地人に対する差別を蹴散らそうという正義漢はいいけど
・・・それも唐突な感じ。
予備知識ゼロだと、これはイーストウッド監督自身を反映した「監督」の役なのかと期待してしまっただけに、余計始末にわるかったな・・・。
しかも、象のハンティングに夢中というのが、今時許せない。
まあ、当時は普通だったんだろうね。だからこそ、今の絶滅寸前の状況がある・・・。
結局、彼が象に発砲することはなかったのが救いだけど。
それから、この作品の題名ね。結局現地のハンティングのガイドが象に襲われて亡くなってしまうんだよ。
悲しんだ現地の人が「白いハンター、悪魔の心」とつぶやく。
白人にいいようにされてしまっているアフリカの状況を語っているんだけど、
この映画全般を通して全然そういう問題意識なんか感じられないのに、
そのセリフもあまりにも唐突。
で、いったい何を言いたい映画なのかって頭を抱えたくなってしまったのだけれど・・・。
まあ、そういう事情を聞いてやっと少し納得できたよ。
そう、結局映画撮影のシーンなんて何もなしで、最後に意気消沈した監督がようやくしわがれた声で「アクション」と口を開く。
映画撮影のための、壮大な寄り道の過程を描いた作品だった、というわけでね。
この題名はこう考えるべきなんじゃないかな。
白いハンターは別に白人じゃなくて、この監督個人のことだよ。
カリスマ的名監督ではあるけれど、映画の制作陣にとっては扱いにくくて困りもの。
だから、悪魔の心。
この監督は、確かに才能あるけど、全く扱いにくくて大変なヤツだったんだよ~、
という思いをそのまま題名にした、ということだね。
ああ、そういうことかあ。
じゃやっぱり別に差別とか欧米人の横暴をテーマにしてる訳じゃないっていうのは、たしかなんだね。
その構図が始めからわかっていれば、こんなに期待しないですんだんだよ・・・。
作品の事前リサーチも時には必要ということだねえ。

1990年/アメリカ/113分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ジェフ・フェイヒー、ジョージ・ズンザ、アルン・アームストロング

「東京島」 桐野夏生

2010年05月10日 | 本(その他)
狂気にも近い、圧倒的な“女”の意志

東京島 (新潮文庫)
桐野 夏生
新潮社


             * * * * * * * *

東京島とは・・・。
どことも知れない南洋の孤島であります。
清子46歳は夫とのクルーズの最中、暴風雨によってこの無人島に流れ着きました。
その後、日本の若者、謎めいた中国人が流れ着き、
この孤島に31人の男とたった1人の女という状況になってしまった。

さて。
東京島は彼らが勝手につけたこの島の名前です。
島の各所もブクロ、ジュク、オダイバ、コウキョ、トーカイムラなど、
好き勝手な名前をつけて呼んでいる。
これは決して無人島のサバイバルの物語ではありません。
木の実や果実が豊富で、魚やちょっとした野生生物もいて、
食べるのにはさほど困らない。
この女一人という状況がくせ者なのですが、
夫は真っ先に謎の(?)死を遂げ、確かに彼女が女王の状況にはなりました。
しかしそれもつかの間、くるくると状況が変化していきます。


一般社会から隔絶された世界。
こういうところでは、学歴や知識は何の役に立ちません。
では体力さえあればいいかというと、そういうものでもない。
このストーリーではリーダーシップも、そのときの状況によって変わって行きます。
皆が何を望むか。
それを率先して行うものがリーダー的地位を得ます。
でもそれもかなり場当たり的。
うーん、どこぞの国の政権のようだ・・・。

こういう状況、なんだか「蠅の王」を思い出すのですが。
でもこの本の方が、みな大人で肉体関係やら国籍も絡んできて、
もっと複雑かつ猥雑なストーリーになっていますね。
あちらはもっと寓話的。
こちらはもっとリアル。

一時代前なら、日本人はきっと全員がひとかたまりでおとなしく
集団生活をしたのではないでしょうか。
しかし、これは現代のお話。
しかもほとんどが若者です。
彼らは気に入った者同士、てんでんバラバラに生活をします。
時には男性同士のカップルも。
また、時にはつまはじきにされてやむなく一人暮らし。
または二重人格と思われる人物は、突如鍾乳洞で僧侶のような生活を始めたりする。
また、中国人たちは強烈な生活力でもって、どんどん前向きに生活の質を高めていく。
この個性豊かさ、好き勝手さ。
でも、確かにそうなるだろうなあ・・・と、
楽しくもあり、リアルでもあり、納得させられるのです。


そして、とにかくこの清子がたくましいですよ。
たぶん、普段はごく普通に夫に随う主婦だったはず。
それがこの島に来て、夫がなんの役にも立たないことに気づき、
まず夫婦間のリーダーシップは彼女が握るようになる。
まあ、この辺まではそうだろうなあ、と思いますね。
夫を亡くしてからは、
他の男たちが自分に恋い焦がれることにたまらない優越感を感じたりもするのですが、
ある事件の後、見向きもされなくなってしまうのです。
しかし、彼女はめげない。
まず生き抜くこと。
そしてなんとかこの島から脱出すること。
彼女はちょっとのチャンスも逃がさない。
人のことなどお構いなし。
とにかく自分だけ助かりたい。
そういう生存本能丸出し。
でもこの島で道徳心がなんの役に立つでしょう。
この明け透けな真の意味での自己保身は、小気味よいです。
この辺の心理。
ふと現実に帰って冷めた目で見ればほとんど狂気に近い。
けれどその狂気が当たり前に見えるのめり込み方というのが、
この著者の真骨頂なんですよね。
中年女性の底知れないパワー。
底知れなさ過ぎて、暗黒の縁に誘われかけるほどの・・・。

ラストの章では、あ然とさせられますよ。
しかしなるほど、この清子ならこれはアリか・・・
と、妙に納得するのです。

皆様、このラストを是非読んでお楽しみください・・・。

満足度★★★★☆

リーピング

2010年05月09日 | 映画(ら行)
“神や悪魔の仕業”は科学で解明できるか

             * * * * * * * *

リーピング 特別版 [DVD]
ヒラリー・スワンク,デヴィッド・モリッシー,イドリス・エルバ,アナソフィア・ロブ,スティーヴン・レイ
ワーナー・ホーム・ビデオ


ここに登場するヒラリー・スワンク演じるキャサリンの仕事がユニークです。
世界各地にある、「聖なる奇蹟」と呼ばれる事象。
それを科学の力で解明しようとする。
これまでもいくつかの奇蹟を解き明かし、
それは奇蹟でも何でもないことを証明して見せている。
しかし、実は彼女は元キリスト教宣教師。
以前に未開の地で、悲劇的な事件が起き、夫と娘を亡くしている。
その後彼女は信仰を捨て、このような仕事に就いた・・・という訳なのです。
さてその彼女が、ルイジアナ州のヘイブンという町へ、
川が血の色に染まるという謎を解明するために赴くのです。

一人の少年が川で死んだ。
その後から川が赤く染まってしまったというのです。
それはその少年の妹ローレンという少女のせいだと、町の人々は噂している。


旧約聖書に描かれている「十の災い」に似た事象が次々に起こり始める。
カエルが空から降り、牛が狂い、
アブやウジが突如発生したり、
イナゴの大群が襲いかかったり・・・

どう考えても科学では解き明かせなさそうな不気味な謎の数々・・・

神を信じる敬虔な信仰心は、裏を返せば悪魔をも信じる狂信者。
そこに科学は立ち入ることが出来るのか・・・

これだけ科学が発達しても、様々な迷信、幽霊譚、ぜんぜん無くなりません。
この作品はそういうところをうまくついているのだと思います。
赤い川は、見るからに不気味で不吉ですねえ・・・。

少女ローレンは美少女。
ちょうど初潮を迎えた時、という設定ですね。
実際そんな時期に、少女がポルターガイスト現象を呼び起こすことが多い、
などというのを聞いたことがあるような・・・。

うげげ・・・というラストもあります。
そんなに怖くないと思いながら見ましたが
・・・結局こりゃやっぱり地味に怖い。

2007年/アメリカ/100分
監督:スティーブン・ホプキンス
出演:ヒラリー・スワンク、デビッド・モリッシー、アイドリス・エルバ、アナソフィア・ロブ

のだめカンタービレ 最終楽章 後編

2010年05月08日 | 映画(な行)
のだめをここへ連れてくるために、神様は僕を日本に留まらせていたのかもしれない・・・。


              
            * * * * * * * *

さて、お楽しみの“のだめワールド”。
ついに最終楽章後編となりました。
前編では、主に千秋中心に話が進み、彼の音楽界での成長が描かれていました。
こちらはいよいよ、のだめの出番。
自分だけどんどん先に行ってしまう千秋。
その上彼は、アパートを出てしまう。
取り残された感ののだめは、それでも必死にがんばる。
あるときラヴェルのピアノ協奏曲を聴いて、
これこそ、いつか千秋と共演したい曲!!と夢見たのもつかの間、
なんと、千秋はRuiと先に共演してしまう。
いよいよ落ち込んだのだめは、
ふと訪れたシュトレーゼマンに共演を誘われ・・・。



千秋との恋の行方も気にはなりますが、
音楽の高みをめざすことの厳しさ、際限のなさ、そういうことも伝わりますね。
音楽に限らず、様々なことで頂点を目指そうとする人は、
必ずこういう思いを味わっているのではないでしょうか。

そしていつも千秋の後を追う形ののだめが、
ここでは千秋を置き去りにするという快挙(!)。
こういうところがおいしいのです。
千秋はシュトレーゼマンと共演するのだめを見て、思わずこうつぶやくのです。

「のだめをここへ連れてくるために、
 神様は僕を日本に留まらせていたのかもしれない・・・。」

いえいえ、変人のだめをここまで引き上げたのは
やはり、千秋くん、あなたの力!



音楽で落ち込むのだめを、千秋は愛の言葉やキスで慰めたりはしません。
音楽は音楽で。
初めてピアノの楽しさに目覚めた、のだめと千秋の原点へ誘うのです。
こういうところが千秋先輩の千秋先輩たるところ。
いいですよねえ・・・。
思えば元々、幼稚園の先生になりたかったのだめ。
そんな気分もちょっと味わってみたり。
高みへのぼった後の原点回帰。
これぞ、最終楽章をかざるフィナーレにふさわしいと想います。
コンクールで優勝して終わりというのではなく。
2人の音楽はこれからも長く続く、ということなんですね。
満足しつつ、終焉のさみしさもちょっと感じてしまった今作でした。

・・・しかーし!
原作コミックの方ももうすっかり終わってしまったと思っていたら
なんと、24巻 「アンコールオペラ編!」というのが出ていました!!
のだめと千秋が久々の帰国。
千秋がR☆Sオケでオペラの指揮をすることになったのです。
ごくささやかな市民コンサートなんですが、おもしろそうですよ!
となれば、これもいずれ映画になるかも知れませんねえ・・・。

のだめカンタービレ(24) (KC KISS)
二ノ宮 知子
講談社


2010年/日本/123分
総監督:武内英樹
監督:川村泰裕
原作:二ノ宮知子
出演:上野樹里、玉木宏、瑛太、水上あさみ、小出恵介

「1Q84 BOOK3」 村上春樹

2010年05月06日 | 本(その他)
月が2つあるこの世界は二人が出会うためにある

1Q84 BOOK 3
村上春樹
新潮社


            * * * * * * * *

出ましたね。待望の3巻目。
私は、読んで一週間もしたらもう読んだ本の内容がすっかり飛んでいた
・・・なんてことがよくあるのですが、
この本については、さすがに覚えていました。
といっても、リトルピープルがらみの方でなく、青豆と天吾のことばかりなのですが。
でも、この本を読み進むうちにすっかり記憶がよみがえりまして、
なるほど、力のある作品はそう簡単に記憶から消え去ったりしないものだ・・・と、
納得した次第です。


さてさて、私は前作で青豆は死んでしまったものと思い込んでいました。
だからBOOK3って、いったい誰が主役になるのだろうと危ぶんでいたのです。
これは言っても別にネタバレにはならないと思うので言ってしまいますが、
青豆は銃の引き金を引く寸前に思いとどまって、引き返したのですね。
だから、1Q84の世界がそのまま続いています。
あそこまでの思わせぶりで、なぜ最後に思いとどまったのか。
そこに驚くべき秘密があります。
これは「空気さなぎ」の秘密です。
「空気さなぎ」がいったいどんな事態を引き起こしたのか。
全くアンビリバボー!ながら、1Q84の世界ではあり得てしまうのです。
すごい話です・・・。


先日、新聞の書評でこの本は「罪と罰」を元にしている・・・なんて書いてありました。
うう・・・さすがプロの書評家のいうことは違いますね。
私にはどうがんばってもそんなことは書けないので、やっぱり感想文止まりです。
青豆は暗殺という罪を犯してしまうし、
天吾はふかえりの名をかたって執筆・出版という後ろめたいことをしている。
二人はそのことにより、
この月が2つある「1Q84」の世界に入り込んでしまったというのですね。

でも、作品中青豆は「この世界は私と天吾君が出会うためにある」といっています。
世界は二人のためにある・・・なんていったらものすごく陳腐で自己中。
だから、普通はそんな言い方はしませんよね。
自分は無数の人たちの中のほんの一部分。
ちっぽけな存在。
そういうふうにして、あえて自分を矮小化することが多いように思います。
だがしかし、自己認識ではやっぱり自分中心に世界は動いているのです。
他者の意識を私たちは計り知ることはできないから。
だから、この青豆のつぶやきは本当のことを言っているように感じました。
少なくとも正直です。


さて、このBOOK3、これまでは青豆と天吾の二人の視点から交互に描かれていたのですが、
ここではもう一人牛河という人物が混じります。
何とも常人離れした容貌のこのオジサンは、
見かけによらない有能さで、青豆と天吾を追い詰めていきます。
実際、なかなかハラハラさせられますよ。
とあるマンションに隠れ住んでいる青豆の居所を探り当てようとする牛河。
まずは天吾と青豆が小学校の時に同級だったことを突き止め、
天吾の身辺を探り始めます。
再び滑り台に現れ、月を見上げる天吾。
しかし、何故か、青豆はそれを目撃しない。
じれったいすれ違い劇。
でも、それは実はそれでよかったのです。
この、人は良さそうなんだけれど危険なオジサン、
この人が逆に事態を逆転へ導くんですよね。
全く、この辺の展開は目が離せないって感じです。


ファンタジーであり、SFであり、
ハードボイルドであり、そしてとびきりのロマンスでもある。
まあ、「罪と罰」であってもいいです。
とにかくいろいろな切り口を持ったこのストーリー。
どの切り口も極上。
これぞ小説の中の小説といっていいですね。

満足度★★★★★

羊たちの沈黙

2010年05月05日 | 映画(は行)
狂気と正常の境界は?
~何度見てもすごい50本より~



            * * * * * * * *

言わずともしれている、サイコ・サスペンスの名作ですが、
これもそういえばテレビの洋画劇場で見たくらいで、
じっくり見たことが無かったような・・・。
ということで、見ました。

クラリスは将来を有望視されているFBIアカデミーの訓練生。
ある連続殺人事件のてがかりを得るため、
現在収監中の元精神科医、レクター博士に面会に行きます。
この男、一見知的で礼儀正しげではあるのだけれど、
実は残忍な人食い殺人気。
・・・目が怖い。
クラリスとの面会は、むろん頑丈な鉄格子と強化ガラス越しではあるのだけれど、
にもかかわらず、いかにも何か起こりそうな危険な雰囲気。
この緊迫感。
ハラハラしますねえ。
現在起こっているのは連続猟奇殺人事件。
太った女性ばかりが狙われ、何故か皮膚がはぎ取られている。
クラリスに興味を持ったレクターは、
この事件を解くヒントをクラリスに与えます。

このレクターも、新たな連続殺人鬼も、つまりは“ 狂気”なのですよね。
通常では理解しがたいこの行動。
しかし、このレクターの冷静な頭脳のさえ。
状況の分析力。
こんな優秀な人物が何故・・・???
と思うにつけ、狂気と正常の境界がわからなくなってきます。
このストーリーの怖さはここにあります。


「羊たちの沈黙」とは、クラリスの子供の頃のトラウマとなった出来事に由来します。
彼女は、牧場で子羊のの現場を見てしまうのです。
子羊はただ固まって悲痛な鳴き声を上げるだけ。
柵を開け放っても逃げようとしない。
ここでは羊は「迷える子羊」という宗教上のヒトを指す含みもあるのですね。
サイコキラーの手にかかる犠牲者たちはつまり、ただ沈黙する羊だ・・・。
おびえるだけでただ無力・・・。

レクターは、誘拐殺人犯の心理をある程度分析して見せるのですが、
ではさて、何故彼自身は人食いなのか。
これはどういう真理・・・?
というところはこの作品では語られません。
その答えは、後続する映画を待て、ということですね。
それにしても、今見ても強烈なインパクトのある一作でした。

羊たちの沈黙 (特別編) [DVD]
ジョディ・フォスター,アンソニー・ホプキンス,スコット・グレン,テッド・レヴィン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



1991年/アメリカ/118分
監督:ジョナサン・デミ
原作:トマス・ハリス
出演:ジョディ・フォスター、アンソニー・ポプキンス、スコット・グレン、テッド・レビン


「テルマエ・ロマエ Ⅰ」 ヤマザキマリ  

2010年05月04日 | コミックス
お風呂限定タイムスリップ

テルマエ・ロマエ I (BEAM COMIX)
ヤマザキマリ
エンターブレイン


           
           * * * * * * * *

漫画大賞2010受賞というこの本。
そもそも題名が意味不明。
表紙はといえば、ギリシャ彫刻風のすっぽんぽんの男性が、
何故か風呂桶と赤いタオルを持って立っているという・・・。
しかし、妙に興味を引かれて読んでみたわけです。


テルマエ・ロマエとは、すなわち「ローマの浴場」の意味。
あ、テルマエって、つまり「テルメ」だったんですね!!
古代ローマで浴場の設計士として生活しているルシウス。
しかし近頃はマンネリで仕事もクビ。
そんなある日、浴場の底の穴に吸い込まれたルシウスは
なんと現代日本の銭湯にぽっかり浮かび上がった!!
銭湯の富士山の風景画や風呂上がりのフルーツ牛乳。
日本の入浴文化を学び古代ローマに持ち帰っては大好評を呼び、
人気の浴場設計士となる
・・・という、へんてこなお話。
しかし、確かに抜群に面白い。


日本の浴場シーンも楽しいですよ。
人のいい日本のおじさん・おばさんたちは、
突然現れた得体の知れない外国人にとても親切。
素っ裸なのはお互い様だからよかったですが・・・。
英語も通じない(ルシウスはラテン語!!)ので大変。
ルシウスは見るだけで日本の浴場を理解しなければなりません。
まあ、見ればわかりますかね・・・。
富士山の絵は、古代ローマではヴェスビオス火山の絵に様変わり。
果汁入り牛の乳飲料を売り出す・・・と。
うひゃひゃ。
こんな発想、どっから思いつくのでしょうね。

何故かお風呂限定のタイムスリップ能力を身につけてしまったルシウスは、
銭湯のみならず温泉に行ったり、
個人のユニットバスに現れたり・・・。
そもそも古代ローマに浴場があったというのは知識として知っていましたが、
そういえばいろいろな映画などでローマが舞台になっても
入浴シーンってあまり見たことが無いですね。
アメリカ人ではそもそも大衆浴場などがないから、
そういうシーンの発想もないのでしょう。
あったら面白いのにね!

満足度★★★★☆


プレシャス

2010年05月03日 | 映画(は行)
これぞ「生きる力」



             * * * * * * * *

私たちは、まずこの物語の主人公の少女プレシャスのこの上ない悲惨な状況に、
ひるんでしまうでしょう。
ニューヨークのハーレムに住む16歳の黒人の少女。
異様なほどに太っていて、読み書きもほとんどまともに出来ない。
実の父親にレイプされ二人目の子供を妊娠している。
母親と同居しているけれども、その母親からも虐待を受けている。
さらに妊娠が学校に知れて、退学になってしまう。


そんな彼女に一筋の光を投げかけるのが、代替学校(フリースクール)の教師、レイン先生。
その先生のおかげで、
たぶん似たような状況で一般の社会からはみ出したクラスの子供たちとともに、
プレシャスは真剣に学び始めます。

今日本にいるとさほど感じないですが、
読み書きという基本的なことが出来さえすれば、すべてに自信が出来てくるのでしょうね。
ちょっと、ヒラリー・スワンクの「フリーダム・ライターズ」という映画を思い出しましたよ。
あれも、読み書きもまともに出来ない高校生たちに学ぶ楽しさを教え、
自信をつけさせるストーリーでした。
給料さえもらえればいい・・・というような、使命感のない教師に出来る技ではありません。
教えることが好きで、子供たちに愛情があって、教育への熱意がなければ・・・。

そんなおかげで少しずつ自信を取り戻し、子供を出産したプレシャス。
彼女はレイン先生が光を投げかけたというのですが、
不思議と次第に彼女自身が光を帯びてくるように感じられるのです。
二人の子供を楽々抱き上げ、いとおしむ彼女。
そこには彼女自身が決して得られなかった母親の愛情に満ちていて、
たくましい母性を感じさせます。
周りの大人たちの援助もあり、独り立ちを始めた彼女は、
今度は周りの人たちの気持ちをも癒し始めたような・・・。
最後には彼女の母親の気持ちをも理解するプレシャス。


どんな悲惨な状況をも、前向きな気持ちで乗り越えていく。
そういう力はやはり一人きりではわいてきませんね。
理解してくれる人の存在は大きい。
そしてやっぱり若さかな?
踏まれても伸びていく力。
私くらいの年になるとそれはもう難しいゾ・・・。

こういうことに比べると、
今身の回りの多くの子供たちはうんと恵まれた学習環境にあるのだけれど
・・・勉強しませんねえ。
学ぶのは生活のためとか、楽しいからではなくて、受験のため?

・・・あ、主題からはそれました。

なんて悲惨なのか・・・というところで始まりながらも、
希望が感じられる、見応えたっぷりの作品です。

2009年/アメリカ/109分
監督:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー

ある日どこかで

2010年05月01日 | 映画(あ行)
時のいたずらに翻弄され・・・
~何度見てもすごい50本より~

ある日どこかで [DVD]
クリストファー・リーヴ,ジェーン・シーモア,テレサ・ライト
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン


             * * * * * * * *

この間から、“時をかける恋”にはまった感がありますが、これも、ライムトラベル・ロマンス。

1972年。
学生のリチャードは脚本家を目指しており、
その処女作初演日のパーティーに、1人の上品そうな老婦人が現れます。
見知らぬその老婦人は、リチャードに「帰ってきてね。」とつぶやき、
金時計を手渡して去って行ってしまう。

さて、その8年後、脚本家としてスランプに陥った彼は学生時代を過ごした地を訪れ、
ある古いホテルに泊まります。
そしてそこの史料室で見た美しい女性の写真に心奪われる。
それは1912年、このホテルで行われた演劇の主演女優、エリーズ・マッケナの写真。
調べるうちに、それはあの老婦人の若き日の姿だということがわかるのです。

エリーズに魅了され、なんとしても彼女に会ってみたい・・・と願うリチャード。
でも、あのときの老婦人さえ今はもう亡くなっている。
そこで彼は時をさかのぼることになるのですね。
タイムトラベルの方法は、とても単純だけれど、難しそう・・・。
とにかく、どれだけその思いが強いか、そういうことなのでしょう。
まあ、ここではその方法はさして問題ではありません。


運命の恋。
これはそういう作品なのです。
出会うべくして出会った2人。
しかし、実際のその接点は、非常に短いものなのです。
思いがけない時のいたずらに翻弄され、引き裂かれてしまう切ない恋。


改めてエリーズの視点に立って、彼女の生涯を思い浮かべてみる。
これがまた、この上なく切ないですよ。
突然消え去ってしまった青年。
彼女は絶望にかられたことでしょう。
1912年の舞台のあとから、彼女は人が変わった。
そのような証言もありました。
想っても想っても報われない恋。

いったい彼はどこへ消えてしまったのか。
何が悪かったのか。
その後の長い生涯を通じて、彼女は悩み続けたに違いない。
しかしその謎は彼女の晩年に解けることになる。
彼女は懐かしい彼の名前を目にするのです。
才能ある学生の脚本家として。


こういう最もドラマチックなドラマは映画の影にあり、
前面のストーリーには出てこない。
映画を見終わった観客が想像すべきことなのです。
この構造が、より私たちの心に鮮やかな印象を残します。
また、金時計、コイン、どちらの時代にも登場するアーサー、
こういった小道具や人物の配置がとてもステキな効果を醸し出していますね。
1912年の浮き立つように華やかな当時のホテルの様子。
これぞタイムトラベル。
やっぱり、裸体のタイムトラベルではこうはいきません・・・。


この作品、公開当時は興行成績も伸び悩みだったというのですが、
その後、ビデオの普及で人気が高まったのだそうです。
このように、失われた自分の半身を追い求めるかのような深い愛の形。
この上ないロマンチックに、乙女心は揺さぶられるのでした。


1980年/アメリカ/103分
監督:ヤノット・シュワルツ
原作:リチャード・マシスン
出演:クリストファー・リーブ、ジェーン・シーモア、テレサ・ライト、スーザン・フレンチ