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生成AI が、もたらす ERP 新時代。❶

〇 独SAPと米オラクルの戦略は対照的、ERPベンダー間で本格化する生成AI競争。

基幹系システムの構築に欠かせないERP(統合基幹業務システム)が日本に上陸して30年がたった。今後の主役はSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)型のERPだ。生成AI(人工知能)のような新技術を取り込む動きが活発になってきた。ERPはユーザー企業の生産性向上を実現するための「道具」から様々な業務をサポートしてくれる「相棒」へと進化を遂げようとしている。ERPの未来と使いこなすためのポイントを徹底解説する。

ERPベンダー各社は生成AIの機能拡充を急ぐ構えを鮮明にしている。ERPをユーザーの相棒へと進化させるのが狙いだ。独SAPのクリスチャン・クラインCEO(最高経営責任者)は2023年5月、同社が開催した年次イベントの基調講演で「生成AIはビジネスにゲームチェンジを引き起こす能力がある」と期待を込めた。

同イベントではSAPのAI戦略となる「SAP Business AI」を発表。同社のSaaS型ERPのユーザーを念頭に「セキュリティーや信頼性を担保し、ビジネスで利用できるように生成AIを実装する」(クラインCEO)方針を示した。

2023年9月末には新たな生成AI関連機能も発表した。自然言語を用いた生成AIアシスタントサービス「Joule」だ。ユーザー企業のビジネスデータを大量に学習させた独自の基盤モデルを活用した、SAP Business AIを構成するサービスの1つだ。

Jouleは、ユーザーが話し言葉で入力した質問に対して、質問の意図を理解した上でリポーティングや分析、アクションのレコメンドといった回答を生成する。

例えば、「過去6カ月間における欧州地域の売り上げを出してほしい」と要望すると、直近の数値を複合グラフで表示する。さらに特定の地域の情報に絞りたい場合、「スイスで収入と人口が多い3つの地域を教えてほしい」という質問に対しても、順番を付けて表形式で回答できる。

独SAPの生成AIアシスタント「Joule」の利用イメージ
画1、独SAPの生成AIアシスタント「Joule」の利用イメージ。

「Jouleによって飛躍的に利用者の生産性が上がる」とクラインCEOは自信を示す。参照するのは、ERPやSCM(サプライチェーン管理)など、SAPが提供するSaaSに蓄積したデータだ。

まずは2023年11月中に、「SAP SuccessFactors」をはじめとしたSAP製品のサービス利用時の設定を支援する「SAP Start」に実装する。2024年には、SaaS型ERP「SAP S/4HANA Cloud, public edition」での利用が可能になる。「特別に生成AIの環境を用意しなくていい。製品のアップデートで利用可能になる」とクラインCEOは説明する。

SAPはパートナー重視。

SAPが生成AIの機能を拡充する上で力を注ぐのがオープンなエコシステムの強化だ。生成AIをはじめAI関連の技術を持つパートナーと積極的に組み、各社の持つ技術をSAPの製品やサービスに取り込む。「SAPのAI戦略にとってはパートナーとの提携が重要だ」。クラインCEOは、こう力を込める。

日本法人であるSAPジャパンは2023年9月、生成AIに強みを持つ企業との提携を発表。日本マイクロソフト、日本IBM、グーグル・クラウド・ジャパン、DataRobot Japanの4社と共に、SAP製品・サービスとの連係機能を開発する。

「生成AIを中心とした要素技術は自社開発にこだわらずに積極的に取り組んでいく」(SAPジャパンの稲垣利明Enterprise Cloud事業統括バイスプレジデント)方針だ。

日本マイクロソフトとの協業では、「Azure OpenAI Service」と「Microsoft 365 Copilot」、「Copilot in Viva Learning」をSAP製品に取り入れていく。

一例として、SuccessFactorsにMicrosoft 365 Copilotを組み込み、人材採用に使う職務記述書の作成を支援するといった人事業務におけるユースケースを想定している。Microsoft 365 Copilotは、文書作成や表計算などのオフィスソフトに「GPT-4」をベースとした大規模言語モデル(LLM)を組み合わせたサービスだ。

日本IBMとは、同社のAIサービス「IBM watsonx Assistant」をSAPが手掛ける利用者支援サービス「SAP Start」に導入するために手を握る。IBM watsonx Assistantのチャット機能を利用し、従業員の様々な質問に自動回答できるようにするなど、利用者の生産性を高めるのが狙いだ。

生成AI以外のAI活用でも協業が進む。グーグル・クラウド・ジャパンとは2023年5月に表明したパートナーシップを拡充する。アプリケーション開発プラットフォームである「SAP Business Technology Platform(BTP)」と「Google Cloud」の各サービスを連係させる。具体的には「SAP Datasphere」に蓄積したSAPのデータと社外データなどを合わせて、Google Cloudの「Big Query」で分析できるようにする。

DataRobot Japanとの協業においては、AI機能の開発を支援する「SAP AI Core」やBTP向けのSaaSアプリケーション「SAP AI Launchpad」などに「DataRobot」が作成したAIモデルを組み込めるようにする。構築したAIモデルはSAP製品に展開し、需要予測などに生かしていく。

SAPは各社の強みを自社サービスのラインアップに組み込み、AIのポテンシャルを引き出す構えだ。「ユーザーがSAP製品を使用する裏で、各製品に搭載したAIが最適なアウトプットを出していけるようにしていくのがAI戦略の根幹だ」(稲垣バイスプレジデント)。

SAPジャパンのAI戦略
画2、SAPジャパンのAI戦略。

エヌビディアのGPUがカギ。

パートナーを中心としたAI戦略を採用するSAPに対して、米オラクルは自社構築の運用環境を強みとして生成AI関連機能の提供に乗りだしている。

オラクルのERPである「Oracle Fusion Cloud ERP」は、動作環境にオラクルのIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)である「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」を利用している。

「生成AIのような最新技術を提供する上で、ERPをはじめとしたアプリケーションだけでなく実行基盤であるインフラサービスも手掛けているのが当社の強み」。日本オラクルの武藤和博クラウド・アプリケーション統括バイスプレジデントはこのように説明する。同社は四半期ごとに実施するアップデートを通じて、生成AIを利用した機能を相次ぎ投入していく計画だ。

2023年9月には、カナダのAIスタートアップであるコヒアが開発した事前学習済みのLLMを使った生成AIサービス「OCI Generative AI」の提供も発表した。コヒアのLLMに企業固有のデータを学習させることで、自社専用のLLMを開発できるようになるという。

OCIは米エヌビディアのGPU(画像処理半導体)を採用しており、高速なAI学習を可能にしている点が特徴だ。「インフラ環境はAIを提供する上での差異化ポイント。エヌビディアのGPUによってモデルに学習させる時間を半分にし、コストも削減できる」と日本オラクルの中山耕一郎クラウド・アプリケーション統括ソリューション戦略統括インダストリーSE本部本部長は説明する。

米エヌビディアのGPUを強みとした米オラクルのクラウド
画3、米エヌビディアのGPUを強みとした米オラクルのクラウド。

オラクルはまず人事領域に生成AI機能を実装する。人材募集で提示する職務記述書の作成支援が一例だ。生成AI機能に「ITエンジニア」と入力することで、職務記述書が自動で生成され、担当者が修正して完成できる。従来は担当者が要件を精査しながら記述してきた。今後は生成AIを会計領域にも適用し、決算業務の短縮化を支援する。

米オラクルが提供する生成AI機能の例
画4、米オラクルが提供する生成AI機能の例。

消し込み作業をAIで自動化。

これまでもERP製品の付加価値を高める要素としてベンダー各社は、AI機能による生産性向上を訴求し、製品の差異化を図ってきた。中心は業務処理の効率化や予測機能の精度向上である。

SAPのS/4HANAが持つ機械学習を使った「SAP Cash Application」は、入金データと請求データとを突き合わせる消し込み作業の負荷軽減を狙った機能だ。企業における過去の消し込みデータを機械学習させることで、経理部門の担当者に消し込みのマッチング候補を提案。担当者が手作業で処理してきた業務の効率化を支援する。

人事管理クラウドサービスであるSuccessFactorsでもAI機能を実装している。SuccessFactorsは従業員が保持するスキルや研修の受講実績を把握するタレントマネジメント機能を提供している。人事システムに蓄積したデータを機械学習させ、従業員が志向するキャリアに応じたeラーニングなどをレコメンデーションする機能を備える。

オラクルもSAP同様、様々なAI機能を提供してきた。一例がOracle Fusion Cloud ERPの会計機能に実装した請求書入力の自動化支援機能だ。専用の電子メールアドレスに請求書を送信することで、AIが内容を読み込みデータ化する。請求書の入力作業は、経理担当者が内容を読み取った上で、手作業で必要項目を打ち込み、さらに目視などでチェックするのが一般的である。

グローバルでは数年前から提供済みの機能だ。日本では日本語の学習を進めた結果、日本語を認識する精度が高まり、2023年に提供が始まった。

 支出分析でもAI機能を組み込んでいる。部門別で購入したパソコンや出張による旅費といった経費の項目を自動的に分類してくれるというものだ。オラクルはグローバルで30以上のAI機能を提供しており、順次日本向けに展開している。

独SAPと米オラクルが従来提供してきたAI機能
画5、独SAPと米オラクルが従来提供してきたAI機能。

国産ERPの生成AIはこれから。

SAPやオラクル以外にも生成AIをERPに取り込む動きは、欧米発の製品を中心に広がっている。

米オープンAIとのタッグで生成AI領域において先行する米マイクロソフトは、その強みを自社プロダクトでも生かそうと手を打つ。

2023年3月には、SaaS型ERPである「Microsoft Dynamics 365」に対話型ユーザーインターフェースを採用した「Microsoft Dynamics 365 Copilot」を発表。さらに同年6月には会計、プロジェクト管理、SCMの領域でも生成AIを使った機能を搭載すると発表している。

プロジェクト管理機能の場合、プロジェクトマネジャーが自然文でプロジェクトの概要を入力すると、それを基に数分で新しいプロジェクト計画を立案する。遅延や予算超過といったリスクのあるプロジェクトを自然言語で検索することも可能だ。

米ワークデイも2023年9月に、新たに生成AIを使った機能の提供を開始した。ERPそのものに加え、開発ツールの「Workday Extend」に生成AIを導入する。Workday Extendを使ったアプリケーション開発を支援する「Developer Copilot」を搭載する方針だ。自然言語で入力した内容をコードに変換し、アプリケーションの開発効率を高める。

次々と生成AI関連の機能を発表する欧米のERPベンダーに比べ、日本のERPベンダーの取り組みは緒に就いたばかりだ。各社が争うように開発競争を繰り広げるといった状況には至っていない。

その中でも意欲を見せるのがSaaS型ERP「HUE」を開発・販売するワークスアプリケーションズ。同社は生成AIを活用した対話型ヘルプ機能を提供する計画だ。HUE導入時のパラメーター設定を生成AIで支援する機能の開発にも取り組む。ユーザー企業が設定したい内容を自然言語で入力すると、最適なパラメーター設定を出力するといった機能を目指す。

「日本企業は慎重で高い品質を求める。生成AIは完璧な答えを出すわけではないので、ERPで利用したいという顧客はまだ少ないのではないか」。ある国産ERPベンダーは、日本市場の顧客の動きをこのように分析する。

キヤノンITソリューションズの「SuperStream」やNTTデータ・ビズインテグラルの「Biz∫(ビズインテグラル)」では、AI-OCR(光学式文字読み取り装置)を使った伝票の自動読み取りを実現するなど、AIが少しずつ浸透してはいる。だが生成AIの採用を含めて本格的に製品に取り込むのには、今しばらく時間がかかりそうだ。

生成AIの活用には注意点も。

ERPベンダーが相次いでAI機能を実装する一方で、利用者からは不安の声も出ている。自社のデータがAIの学習に使われることで、他社に情報が漏れてしまうのではないかという懸念があるからだ。

従来はオンプレミスという閉ざされた環境でERPを運用していたため、データの安全性が一定程度担保されていた。だがSaaS型ERPにおいては、ユーザー企業が自社のデータを完全にコントロールするのは難しい。

この点について各ERPベンダーは、顧客データを匿名化した上で学習に利用したり、顧客が自社データを学習に利用させないことを選択できるようにしたりといった工夫で対応しようとしている。SAPやオラクルも業務利用が前提だからこそ、「SaaSに蓄積したデータを安全に利用できる仕組みを用意している」と口をそろえる。

生成AIは企業の業務を変革するポテンシャルを秘めており、ERPベンダー各社にとっては大きなビジネスチャンスだ。ただし生成AIに対して情報漏洩を懸念する声は依然として少なくない。

最新機能の利便性を訴求するだけでなく、AIの透明性やデータ保護に関する仕組みをしっかりと顧客に説明して懸念の払拭に努めなければ、ERPベンダーが描くシナリオどおりには進まない可能性もある。


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