緩くスピリチュアリティな道を生きる…TAO

いつでも自分らしく…魂の感じるままに…気づいて行く…素直に表現する…そして楽しむ…

思考がストップ

2021-06-06 | スピ的視点
  「こだわり」の話を数日続けていますが (^.^)

「こだわり」も時に必要でそれが開け潜在能力となるという話でした

そしてその「こだわり」が行き過ぎると身勝手にもなり、病気にもなりという話でもありました

何でも程々にという事ですが、潜在能力や超能力と言えるなら良い事だし頑張ってみたいと思いますよね

楽しいや喜びや感謝やといった感情の中に浸りながらなら良いと思いますね

昔の概念では、何でも苦しむぐらい頑張らないと良いものが作れないとか、成功しないと言われていましたが、そんな時代じゃもう無くなりました

そんな時にはその苦しみや辛さと引き換えに病気にもなっていたし、歓びも味わえず周りに感謝も感じないといった事になっていました

なんでも「こだわる」には高次の波動と共にですね

あまりに意識もこだわっていると素直に人の話も聞き入れないし、柔軟性や臨機応変も無くなり、縛る事にも繋がります

自分自身の呪縛です

自分の世界にこだわり過ぎて生きていると、時に、思考もストップしてしまいます

それを続け過ぎると、病気で言うところの脳梗塞や心筋梗塞と言ったように詰まって通りが悪くなったりします

外部からの情報や言葉がすんなり自分の世界に入って来ないので、ふとフリーズするんですね(思考のストップ)です

それが風の時代の早いスピードには余計についていけないと (^_^;)

うちのオットなんかは基本悪い人間でもなく真面目な優しい人ですが、自分の世界にこだわり過ぎています

まあ格好つけでもあるし、外面も良いので、昔から基本人当たりも良いですが

自分の世界のこだわりが強すぎて、そこへ侵入しようとしたリ、ぶつかってきたりすると、そのこだわりの壁が鎧のようになります

そうなると簡単な人の話も首を傾げたり、拒否したり、理解できなかったり、解釈できなかったりします

自分の世界で生きてこだわっているとホント思考ストップしてるのが分かる

私に対しての時には反抗心や拒否反応からの捨て台詞や開き直りや逆ギレなんかで対応しはるけど

そのこだわりの世界へちょっとした質問をすると、絶対質問の答えが返ってきたことがないという (^_^;)

テレビなんかを見ている時にでも出演者の考えが理解できずに、ちょっと考え一瞬止まるも舌打ちしたり、何言うとんねん!なんて言ったりします

今一瞬止まった時何考えたんやろ!って傍で観てる私は思うのです (^_^;)

こんな事も人生の気づきですから人それぞれの考えを尊重しますが

気づくには…とか、気づいたなら…

ちょっとしたトレーニングは必要でしょうね

よく考え方の事を語る専門家が言うに

「フレーミング効果」というものがあると言います

問題の出し方によって答えが変わると…!

「フレーミング効果」とは表現の仕方が相手の選択行動に影響を与えるという事ですが、「フレーミング」は「物事の骨組み」をいみしていて、伝えたい事の中でどの部分を強調して低次するかによって相手の受け取り方が異なり、選択に影響を及ぼすという意味があると(Wikiによる)

これは問題を出す側で提示の仕方という事ですが

よく例題に出てくるのには

「コップの水は、半分しかない」「コップの水は、まだ半分もある」…両方とも同じ事をいているけど、どっちを選びますか?的な事ですよね

他人からとか、企業からとか、外部から自分の心に作用される使い方でなく

人間、自分自身にも自身が脳に言い聞かせていて、思い込ませているので

意識の方向性を変える、柔軟性や協調性を養う意味でも

受け取る側の思考がストップしないという意味でも普段から少しトレーニングしてはどうかなと思う

物事や出来事は一つの角度からでは本質が分からない

同時に色んな答えが出てくるのではないか

一つの角度でこだわっていると開けて広がって行かない

思考のストップを緩やかに…

人生もこだわりを緩く、かつ潜在能力に繋がるようにですね (^.^)




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