腫瘍における血管の重要性を広く世界に知らしめ、新しい抗腫瘍療法開発へのきっかけを作ったジュダフォルクマンがつい先月亡くなったのですが、腫瘍における血管、血流の重要性について、フォルクマン以外にも昔から研究している人は他にもいます。フォルクマンと同じHarvard Medical Schoolの系列病院であるMassachusetts General Hospitalの腫瘍学者、Rakesh K. Jainが、腫瘍血管の異常性に気づいたのは40年近く前でした。腫瘍が一本ずつの動脈と静脈によって栄養されているラットの腫瘍モデルに抗がん剤を投与し、その薬剤の腫瘍細胞への分布を調べるという実験を行った時、血管の多い腫瘍組織でありながら、薬剤が十分に行き渡らないことを見つけたそうです。引き続く数十年の研究で、腫瘍血管が大変leakyで、血流方向が一定しないなど、非効率的な血管であることが明らかにされてきました。血管は多いのに機能が悪いというわけです。血流が悪いと組織は低酸素化、酸性化を起こし、例えば低酸素で誘導される転写因子のHIFなどが、血管新生因子、VEGFなどの産生を促進し、ますます非効率的な血管が増えるという現象が起こってきます。VEGF抗体は2004年に癌の治療に臨床応用されましたが、VEGF抗体だけでは抗腫瘍効果は認められていません。フォルクマン流のモデルだと、腫瘍細胞が自らを栄養するためにVEGFなどの産生を通じて血管新生を促すので、VEGFをブロックすることで、新生血管を抑制し、腫瘍細胞への栄養路を断つことで抗がん効果が上がると予想されます。ところがJainらの研究結果からは、腫瘍誘導性のこうした血管はむしろ血行動態という面で、非常に非効率であり、そもそも腫瘍を栄養するという点で役立っていないのではないか、むしろ逆効果ではないのかという仮説が成り立ちます。興味深いのは、抗VEGF抗体は、抗がん剤との併用では大腸がん患者で効果が認められたということで、VEGFをブロックすると、抗がん剤の作用が増強されるらしいということです。抗がん剤は血流に乗って組織へと到達しますから、腫瘍の血管を抑制すれば、逆に抗がん剤の作用は落ちてしかるべきではないかと常識的には考えてしまいますが、事実は逆のようです。JainらはVEGFのブロックによって、異常な腫瘍血管が「正常化」され、腫瘍内の血行状態が改善されたことによって、抗がん剤の組織分布がより効果的となるというデータを示しています。つまり、抗VEGF抗体による腫瘍血管の抑制は逆に腫瘍への血行状態を改善するという当初の目的とは逆のことが起こっているらしいということでした。また最近、脳腫瘍患者でVEGF受容体をブロックすると考えられている薬、Recentinを使った試験では、異常な腫瘍血管の抑制によって、脳浮腫の改善が示されています。漏れやすい異常な腫瘍血管を抑制することで、間質への水分の移行を防いで浮腫を改善する効果があるようです。
腫瘍血管が腫瘍を栄養しているという概念からは、この腫瘍血管の「血管正常化」療法は、一見常識に反しているように見えます。血管を正常化することで、逆に腫瘍にダメージを与える経路をつくるという、いわば肉を切らせて骨を切るアイデアを知って、なるほど、腫瘍血管学というのは、深いなあーとと感じたのでした。
腫瘍血管が腫瘍を栄養しているという概念からは、この腫瘍血管の「血管正常化」療法は、一見常識に反しているように見えます。血管を正常化することで、逆に腫瘍にダメージを与える経路をつくるという、いわば肉を切らせて骨を切るアイデアを知って、なるほど、腫瘍血管学というのは、深いなあーとと感じたのでした。
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