(ススキ揺れる、秋の坂道@横江~千垣間)
雨の中、霞む山肌をバックに立山への道を登って行く60形。ススキの草むらを分けて、やっとこ列車がハマる構図を探り出す。雨で濡れた草を掻き分けて作った構図で、腰から下はビショビショに。古びた架線柱、連続したカーブの登り坂はいかにも立山線の山線区間という感じがする。こうも雨が降ると車輪の空転も気になりそうなコンディション。運転士氏も慎重に、速度を落としての山登り。
秋雨を 集めて早し 常願寺川。雨のせいで大濁りに濁った川の水が岩を嚙んで流れて行く。千垣の芳見橋から、定番アングルの千垣橋梁。この時期、新緑も青葉もなく、紅葉でもなく雪でもない景色なので、何だか中途半端な風景だなあ。そして千垣橋梁、以前と比べて川を渡るケーブルが横に入って構図が狭くなったような気がする。
霧に煙る幽玄の粟巣野。現在の本宮~立山間には何も駅がなく、電車はえっちらおっちら与四兵衛山と常願寺川に挟まれた狭い桟道を登って行きますが、かつてはこの区間に芦峅寺(あしくらじ)と粟巣野(あわすの)の二つの駅がありました。芦峅寺の駅は、付近にあった立山炭鉱の積み出しの為に作られた鉱山駅で、富山県のホームページにその内容が詳しく書かれていますが、産炭量も少なく質も悪くというポンコツ鉱山であったらしい。それにしても岩峅寺と芦峅寺に使われる「峅(クラ)」って漢字、日本だとここでしか使っているのを見た事がない不思議な漢字だ。「谷間」を表す文字らしいが、その由来は謎。元々「弁」の字は「分ける、分かつ」というような意味を持って「辨」と書かれていたようなのだが、そこから「谷間=山を分かつ」という意味で「峅」という文字が出来たのかもしれない。知らんけど。
芦峅寺の駅は車窓から僅かに見る事しか出来ませんが、粟巣野の駅は本宮から立山へ向かう県道の上から俯瞰する事が出来ます。森に囲まれて電力施設が残された小さな平地が、かつての粟巣野駅の跡。現在の立山駅が千寿ケ原駅として開業する前までは、暫定的に立山線の終点となっていました。こんな道もないような場所でよく終点駅の役割を果たしていたなあと思うのだけど、千寿ケ原駅が出来た後もほぼ無利用の状態で30年ほど営業していたというのだから、地鉄ってホント物持ちがいい会社だな・・・と感心してしまうのであります。
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