一見してすぐにアンドレイ・ズビャギンツェフの『父、帰る』を思い出したのだが、桑原裕子原作戯曲を映画化した本作の内容はまさにその母さんバージョン、『母、帰る』なのである。ドメバイ夫を子供たちのために轢き殺した母親こはる(田中裕子)はそのまま刑務所に出頭、残された子供たちは自宅兼タクシー会社を引き継いだ叔父の世話になるのだが……
聖母的な行いが逆に心理的重荷となり、人殺しの子と周囲に罵られながら大人になった子供たちのトラウマに重きを置いた着眼点は、確かに良い。しかしその後、お決まりの“家族の再生”に物語が傾斜していていったのはなぜなのだろう。一度亀裂が入った家族関係など、(テッド・チャン風に言わせていただければ)0で割った数字に0をかけても元に戻らないように、決して元さやにはおさまらないのである。
まるで、再生しなければ家族ではないような呪縛にとらわれた邦画方程式には、前々からかなり違和感をおぼえていたのだが、せっかくのリアルな前半の展開を台無しにする後半のわざとらしいシークエンスはいかがなものか。タクシー会社に中途入社してきた佐々木蔵之介がじつは○○○だったなんて、ご都合主義にもほどがあるのである。
大根男優2人は問題外として、演劇的な独特の台詞回しはこの女優だけに許される田中裕子とそのぶっこわれた娘園子を怪演していた松岡茉優だけが輝いていた本作キャスティングにおいて、偽善妻を白々しく演じたMEGUMIが助演女優賞とはこれいかに?15年の刑期を終えた後、行方をくらましていたこはるが何故家に舞い戻ってきたのか?タイトルとは裏腹にアチコチ寄り道しすぎの原作および本作は、その理由1点に絞って綴られるべき作品だったのだろう。
ひとよ
監督 白石 和彌(2019年)
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