~風の時代*Ou.kaする~

スタッフ風花の〈引継ぎ〉日記

物事の、見方、深さ?????(一瞬で、感情が変わるかも?!)

2013-02-16 | 大切な想い♪
私、「ようかん」について、苦い思い出がある


あの、和菓子の『羊羹』だ。



私にとって、「羊羹」は、

21歳~24歳頃までの『薬』だった。

過食症を治すための。



この「羊羹」をきちんと3時に一口サイズ、食べなければならなかった。

それはどこにいても、何をしていても。


白米をきちんと3食とること、プラス、3時の「一口羊羹」が

過食症を治すための治療だった。(見事に治りました


初めの頃は「羊羹」を美味しいと思って食べていたけど、

そのうち飽きるし、食べたくない。

でも食べなければならなかったので、

場所がない時は、トイレで薬を飲むような感覚でほおばった。


私にとっては『薬』としてしか思えない頃、

会社でご年配の女性からこんな事を言われた。


「あら?いつも羊羹、自分だけの分しかないのね」


と。


そこで、はっと気付いた ←遅いだろ



たしかに、

自分が他の人の立場だったら、どう思うだろう。


いつも自分だけ黙々と羊羹を食べている人間がいたら、

確かに、ちょっと(いや、かなり?)変に思えるし、

人の事に気が遣えない人に思えるかもしれない。


過食症を治すために必死だなんて、誰も思うはずがない。

『薬』だなんて思うはずがない。


当時、必死だったとはいえ、

本気で反省した。周りが見えなすぎた。今思い出しても恥ずかしい。。。。。



私にとっては見たくもない食べたくもない『薬』。

でも周りにとっては『和菓子』でしかない。



なぜこんなことを思い出したかというと

ある「話題の本」で、

社長は長財布を使う、という感じのもの。


気付くと社長はみな綺麗な長い財布を使用しているという。


その中のエピソードで、

ある社長が、担当の税理士の財布を見てこういったという。


「そんなボロボロの財布を使っている人にお金の事を頼めない」

・・・こんな感じのようなこと。


まあ、確かに、分からなくもない。

(でも、ちょっと見方が小さいな、とも感じるが・・・・


そんな風に感じていたら、

それを読んだ人のある意見が紹介されていて


はっとさせられた


「もしかしたら、大切な人にもらったものを
 大切に使い続けているとしたら・・・」


と。



そのボロボロのお財布には、

とても深い物語があって、


亡くなられたお子さんが

最後に父の日にくれたプレゼントだったら・・・・


そんな風に考えたら

見方が180度、変わってしまうのではないか。


そのような意見だった。



人からみたら、だらしがないボロボロのお財布。

でも、その人にとっては大切な大切な想い出の宝物。




たとえば車に乗っていて、

すごい勢いで追い越して危ない運転をする人がいる。


ものすごく腹がたったりすることもある


そんな時に言われたことがある。


「たぶん、奥さん、赤ちゃんが生まれそうなんだよ」





もしかしたら、

病院に向かう旦那様が、

出産に間に合うように必死なのかもしれない。

(かといって荒い運転は良くないけど)



そっか・・・・・

それは、焦るね、きっと


これ以来、

どんな危ない運転をする車も、すべて、


「きっと奥さま、もう赤ちゃんが生まれそうなんだよ」


ということに、している(笑)


そうすると、腹が立つどころか、

ほほえましく思えてきたりするから、

人間って不思議だ。


いいのだ、人間、思いこみも、役に立つ(笑)



事実なんて誰にもわからない。

でも、

色々な見方ができると

全く違った「感情」がわきおこることがある。


だったら、その方が幸せだと思う。



私なんて、単純の塊なので、

なかなか色々な見方ができず、

自己嫌悪に陥る



だからなるべく


「????」

とか



と思うことほど、


怒るともったいないので(笑)

癒しの方で「感情転換」をはかるれるよう、

それが自然にできるようになるといいな・・・

と思っています



とはいっても、

やっぱり私のあの「羊羹」は

周りに気がきかなかったと、今でも苦い反省ですが


助けてもらった「羊羹」ですが、

おかげですっかり過食症が治った「羊羹」ですが、


   お菓子として食べる気は・・・・いまだにおきません。。。。




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