道々の枝折

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歴史の信頼性

2018年05月04日 | 随想

私たちは、同時代の人物ですら、評価を定めることが難しい。人物の評価は評者の数だけあると思って間違いない。多勢の主観が収斂してひとつの確かな評価に定まるものでもなく、様々な評価があって好いと思う。まして歴史上の人物となると、文献史料を読み漁って書物に著した少数の歴史家たちと、その著作を読んだ多数の一般読者たちの受け売りがあるだけで、実際にその人物に接した人は現存していないから、まさに「群盲象を評す」という様相を呈する。

テレビの歴史番組では、小説や評伝を読んで歴史上の人物を知悉した気になり、伝聞情報を得々と倦まず語り合っているが、所詮彼らも当人に直接会ったことがない点では、私たちと同じ群盲のひとりでしかなく、評が的を射ているかどうかは、実際のところ誰にもわからない。

歴史に名を遺した人物は、雑誌や小説、テレビドラマ、映画、舞台の主人公に度々取り上げられているうちに、作家たちの主観が集合し、ある種独特の人間像ができあがる。いったん像できあがると、それは以後ひとり歩きし始め、変えることは難しくなる。

過去の人物の実像は、その人と同時代の観察者が死に絶えれば、その後は文献史料による外に彼のことを知る術はない。その文献史料が事実を克明に記述しているとは限らない。ほかに知る手だてがないから、文献史料は年月の経過で重みを増す。

また伝聞史料にも、著作者の考えや意図・意向そして推測・推量など主観や想像の産物が入り込むのは避けられない。著作者そのものの立場、性格、当事者との関係を確かめ、その史料の信頼性を検証する作業、すなわち史料批判が必要で、それは常に行われているが、それでも事実を探り出すことは困難極まりない。史実とは、限りなく事実に近づこうとする、努力の足跡でしかないのだろう。つまり歴史上の真実は、後の世の我々には、殆ど知ることができない。少しばかり一般人より史料を多く読んだと言っても、歴史家の知らない事実は膨大にある。つまり、歴史の門外漢と歴史家との差は、知り得ない事実の重さから見れば、決して大きくはない。

歴史上の人物像を伝える資料というものは、時代によって風潮によって、著者の取材力と想像力あるいは意図によって、また時の権力者の意向を忖度して、文飾潤色が施され、時には誇張捏造さえ行われる。論拠のもととなる資料そのものにも信頼性の高いものから低いものまであり、論者に百人百様の判断や理解がある。史実とは事実の一片を伝えるものでしかないのだろう。

歴史の一級資料とは、その時代の信頼できる人物の著したもので、時が距たれば隔たるほど、後の世の史料批判に晒され、誤謬や不合理な判断は排除されるものだろう。それ故に、文献史料は時の経過とともに記述への信頼性が高まる性質のものだろう。記述の信頼性をどれだけ高めても、歴史の真実との乖離は決して埋まらない。また、歴史上の事柄は、情報の鮮度が高いからと言って、必ずしも信用できる事実を伝えるとは限らない。

私たちは自国の文化を、客観的に正当に評価できて初めて、他国の文化を正しく認識することができる。だが、日本の歴史には、事件が起きた当代は勿論のこと、後代の権力者達によって隠蔽、捏造、付会、潤色が加えられることがあったことが知られている。

権威者・権力者が無謬であることを強調し体裁を取り繕う儒教文化圏に独特の、歴史的事実に対する権力の容喙とその結果としての史実の歪曲が、日本をはじめとする儒教三国の歴史を曖昧にしている。

さらに、江戸期に興隆した国学とその影響を受けた皇国史観によって、日本の歴史認識には、過度のバイアスがかかった時代があり、それは今日でも是正されているとは言えない。

古代・中世・近世・近代の各時代毎に、意図的に封印されたり隠されて検証が不能になったため、国民に不明瞭となっている部分が、日本の歴史には数多く存在するようだ。それらの封印が解かれ、謎が明らかになり、闇に光が当たって初めて、日本の歴史の実相を確かめることができ、私たちは心底から国を愛することができる。真の歴史学者とは、歴史において歪曲されたものを糺し、封印されたものを解き明かす存在でなければならないと思う。

自国の歴史について明解な共通認識を持たなければ、他国の歴史との比較検証もできないし、他国の文化を正しく認識することもできない。また、他国の言いがかりに反論する力をも欠いてしまう。

歴史認識にバイアスがかけられていれば、他国の文化を見る目も当然に色眼鏡を通して見たものになる。それでは、文化の多様性への正しい認識を育てることはできないだろう。

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