果物好きの妻の影響で、私も毎食後食べるようになった。元々果物は好きだったのだが、皮を剥いてくれる人がいなかった独身時代はバナナ・ミカン以外の果物は面倒でほとんど食べなかった。カキ・ナシ・リンゴなどは、結婚してから食べるようになった。
果物の中では、カキとイチジクに目がない。モモ、ナシ、ブドウ、イチゴなど、一般に好まれる果物には比較的恬淡としていられる。
この季節には、ナシ、ブドウと並んでハウス栽培のイチジクが出回り始める。
数年前に初めて掛川産のイチジクを賞味して、イチジクの虜になった。
昨年の8月の終わり頃、掛川市八坂の〈道の駅掛川〉へ、イチジクを買うために浜松駅から電車に乗った。車をやめて数年経ち、公共交通機関での移動が普通になっていた。
掛川駅から現地へ行く数少ないバスに乗り遅れ、仕方がないので、タクシーに乗り7kmほど先の道の駅に着いた。
地元産品が平台の上に満載された特産物直売所には、多数の人が蝟集し、カゴに野菜や果物を容れていた。500円前後のイチジクパックを6パックとクリを4袋買った。イチジクの入荷が終わる寸前だった。
ザックに購入品を詰め、帰途の〈道の駅〉バス停に行ってみると、何とバスは2時間後にしか無い。現地は〈日坂峠〉という江戸時代には山賊も出没したという掛川の辺境に近い。地域の人たちはバスなど利用せずもっぱらマイカーで移動する。
帰路もタクシーを使うと、電車と合わせ交通費がイチジク12パック分に相当する。高いイチジクになるのが嫌で、帰路は徒歩で掛川駅に向かうことにした。
土地不案内者は、歩道のある幹線道路を歩くしかない。驟雨が来て神社に避難したり、畑で耕作中の老婦人にニチニチソウの花を教えてもらったりしながら、1時間半ほどかけて漸く掛川駅に着いた。この時ほど運転を罷めた不便を痛感したことはなかった。家族はイチジクに対する執念にただ呆れていた。自宅から徒歩15分の所に在るスーパーでも売っているものを・・・。違いがわからない者に説明は要らない。食べればわかるはず・・・。
今年の盆休み初日の昨日、去年の話を伝え聞いた娘が車を出してくれ、走りのイチジクを買いにくだんの〈道の駅掛川〉に朝一番で行った。妻に8パックを買って貰って老生大満足。人はそんなに食べるのかと愕くかもしれないが、子どもの頃に、好き勝手にイチジクを採って食べた記憶と味覚が重なるのだから、誰にも止められない。
妻の母親は衛生観念が強かったらしく、頭が✖︎状に口を開けているイチジクを嫌い(虫が出入りするから)、子どもに絶対食べさせなかったそうだ。たしかに露地栽培のイチジクには小蟻が入っていたこともあったが、子どもはそんなことを気にしなかった。妻は私と結婚してはじめてイチジクを食べたらしい。今では好物に加わっている。
イチジクには、マンゴー・パパイヤに劣らない蛋白質分解酵素が含まれ、肉類を食べた後のデザートに最適だと聞く。
娘の表現を借りると「天然のジャム」とか、そう言われてみれば、完熟したハウスイチジクは糖度が高く、ジャムのような食感と味わいがある。
子どもが親の味覚を継いでいるのを見出すのは楽しいものである。
イチジクの入荷が終わる頃、〈道の駅掛川〉には、これまた大好物のクリが平台を埋めるようになる。焼き栗用の焙煎具と皮剥き鋏が出番を待っている。今度は妻の運転で出かけよう。クリは肥るから娘は敬遠するだろう。