佐々木(引用者註:佐々木閑先生)は破僧(教団分裂)の定義に着目し、アショーカ王が教団の分裂を誡めた分裂法勅という碑文、および律文献の記述を考察した。アショーカ王の時代に教団が分裂する状況になり、仏教部派の形式上の統一を図るため、破僧定義の変更が行われたと言う。本来の破僧の定義は「ブッダの教説に反する主義を提唱し、仲間を集めて個別の集団を作ること」であったが、それを「布薩等の儀式・儀礼を別に行うこと」と定義しなおした。この定義にしたがえば、「布薩等の儀式・儀礼さえ同じように行っていれば、同一部派内で異なる教説を主張しても、それは破僧にはならない」ことになる。
平岡聡先生『大乗仏教の誕生』筑摩選書・2015年、26~27頁
ここで問題になっているのは、先に挙げた当方の疑念そのものである。つまり、破僧に該当する行いについての検討である。そこで、まず、破僧に2つあるという時、思い出されるのは以下の文脈である。
問う、何れの処の破僧なりや。
答う、欲界の人趣に在り。
若しくは破羯磨僧、通じて三洲に在り。
若しくは破法輪僧、唯だ贍部洲のみなり。
所以は何となれば、若しくは処に大師在りて得べし、及び道を得べし。即ち是の処に於いて破法輪有り。余洲、大師及び道有ること無し。是の故に亦た破法輪する者無し。譬えば世間、若しくは処に王有り、是の処に偽王起ること有るが如し。若しくは処に力士有り、是の処に捔力なる者起ること有り。此れ亦た是の如し。若しくは是の処に於いて大師有り。是の処に邪師の起ること有り。若しくは処に道有り、是の処に邪道起ること有り。法爾邪正、同じ処に相違す。
問う、破羯磨僧・破法輪僧、何れの差別有りや。
答う、破羯磨とは、謂わく一界の内に二部の僧有りて各各別住し、布灑陀・羯磨・説戒を作す。
破法輪とは、謂わく異師・異道を立つ。提婆達多の如し、言わく我れ是れ大師なり、と。
『阿毘達磨大毘婆沙論』巻116「業蘊第四中悪行納息第一之五」
このように、部派の文献では、破僧について「破羯磨僧」と「破法輪僧」とがあるとしつつ、前者については三洲(中国の註釈では北洲のみは無いというが、上記の本文を見てみると、南洲以外にある印象)にあるという。一方で、後者については南洲のみだという。その理由としては、「破法輪僧」について、詳細な説明があることから理解が出来る。
要するに、「破法輪僧」については、大師(仏陀)と、道(真理)と、その両方が無ければ成り立たないからだという。つまりは、大師や道といった、具体的な存在があるからこそ、それとは別の大師や、別の道を立てようとするわけで、「破法輪僧」が、実際に仏陀がおられた南洲のみというのは理解が出来よう。
それから、上記一節では、続く疑問で、「破羯磨僧」と「破法輪僧」との違いについて検討しているが、前者については1つの結界の中で、複数の部派の僧がいて、各々別々の布薩・羯磨・説戒をしている状態を指すという。後者については、異なる大師、異なる道を立てることであり、具体的に「提婆達多」のようであるという。
つまり、最初に引いた平岡先生による佐々木先生の主張の要約の通り、「破僧」の定義が2種類あり、しかも、そもそも存在していた具体的な事例は提婆達多による「破法輪僧」ということになる。一方で想定として「破羯磨僧」が設定されている。部派仏教時代の「破僧」の印象としては、以上の通りであり、更には「破羯磨僧」は自分たちの住む世界には存在しないとしている。
ただし、「破法輪僧」から「破羯磨僧」への移動については、上記一節から理解出来ないことになる。そして、当方の稚拙な調査の限り、その辺を論じている漢訳仏典も見当たらない。しかし、時代的な違いについて言及している文献が無いわけでは無い。
正に破る時は、破羯磨僧は時節寬長なり。仏の在世より、乃至法末まで、皆な之を破ることを得る。
破法輪僧は時節短促なり。唯だ仏の在世のみ、末代に通ぜず。
浄影寺慧遠『大乗義章』巻7「五逆義七門分別」
以上のように、慧遠(523~592)は2つの破僧について、年代的な相違があるとしている。そして、「破羯磨僧」は時代的には広く起きることが考えられるが、「破法輪僧」については仏陀の在世時のみであるという。これも、具体的に提婆達多を想定しているとすれば、この通りなのだろう。
よって、どうも、一つ一つでは分からないが、両方とも併せて見ると、「破法輪僧」という仏陀在世時の罪が、「破羯磨僧」という通時代的な罪へと展開したと見られなくも無いわけである。そして、提婆達多の振るまいと、根本分裂の違いについて考えてみれば、「破僧」自体の考え方が違うから、という話になるのかもしれない、という結論に至るのであった。
もちろん、これは論点先取(結論ありき)的に論じた記事なので、何かを明らかにしたわけではない。
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