意思による楽観のための読書日記

脳の中の天使 V・S・ラマチャンドラン *****

人類は類人猿から進化する過程で、ちょっとした大ジャンプをした。それは骨格や歯以外の脳の中身であり、それを手や指、口、舌、脚など自分の身体とどのように制御していくかということ。言語によるコミュニケーション、論理的思考、道具の発明と伝承、未来予測などが類人猿にはない力だが、それはどのようにして獲得されていったのかという謎がある。つまり脳と身体制御などの分野においては人類は類人猿の一つの種ではなく、唯一無二の存在である、というのが本書の主張である。

進化はその過程において、その場にあったものを好都合にその他の目的に利用することで進む。鳥の羽毛は鱗を活用して進化したものであり、飛行より断熱が本来目的であったのを飛行の目的で再利用したもの。コウモリや翼竜の翼は前脚の改良品、哺乳類の肺は魚類の浮袋から発達した。

足や手を事故で失った人がそこにはまだ手や足があるように感じることを幻肢というが、それは脳が実際にはなくなった手足を補う力を発揮しているとする。幻肢により感じる手足の痛みは治療しようがないが、鏡を使って反対側の手足を写し、その手足をさすったりなでたりすると、幻肢側の痛みがなくなることがあるという。視覚によりもたらされる情報を脳は認識するだけではなく、見えてない部分さえも補う。葉っぱに隠れている部分を補うことで、そこには危険な虎がいるかも知れないということを察知できれば生き残る確率は高まる。動いているものがそのままの速度と方向で進むとぶつかる可能性があるので、自分の進む方向を変えるとこちらも生存確率が高まる。

ミラーニューロンという特別な細胞が人類の脳にはある。それは自分と相手の視点を共に感じることで、相手がしてほしいこと、してほしくないことを感じ取る能力を司るという細胞である。数字や音程を聞いたり見たりすると色を感じるという共感覚とも言われる感覚は、類人猿と人類を隔てる大きな違いと進化に関わっている。極度の精神的孤独と対人的無関心に特徴づけられる自閉症や発達障害はこうした共感覚、ミラーニューロンの欠如によると考えると、その症状と原因が説明できる。言語の発達にもミラーニューロンの働きが強く関わっている。「芸術」に関する感覚も人類特有であり、類人猿にはなかった。芸術的感覚は文化の枠を越えて共有できる。

共感覚として例示されている一つが、上記図形で、名前を付けるとしたらどちらが「ブーバ」で「キキ」かという問い。この問いにはどのような言語体系をもった人でも98%の確率で右側の尖った図形を「キキ」と名付け、左のアメーバ状の図形を「ブーバ」と名付ける。これをクロスモーダルの相互作用と呼ぶ。モダリティとは嗅覚や触覚、聴覚などの感覚能力のことで、この場合には視覚と聴覚が一緒になって、輪郭の緩やかなアメーバ状の図形をboo-baaと発音する時の唇の滑らかな丸みや弛緩の具合との共通感覚をもつからだという。一方のkee-keeという音は鋭い波形を伴い口蓋にあたる舌の屈曲はギザギザの視覚的形状とよく似ている。これはメタファーや言語、抽象的思考の進化という脳の謎めいた側面を理解するヒントになる。

自己を特定するための7要素:1.統一性:体験する感覚から単一の個人であることを認知する。2.連続性:時間の流れの中で同一の自己であることを認知する。3.身体性:自分の身体が自己のものであることを認知する。4.プライバシー性:自己感覚を秘匿している感覚と他人の感覚を感じ取る認知力。5.社会的埋め込み:社会とのつながりの感覚。6.自由意志:自分で選択肢の中から自律的に選んでいる感覚。7.自己意識:客観視する自己。これらの7つの感覚はテーブルの脚のように一緒に働くため、一つでも欠けると立ってはいられるが、多くの錯覚や感覚障害、妄想に陥る。精神病の様々な症状はこうした感覚の欠如が疑われる。

本書で扱われている主張の多くは推論であり、筆者が主張する説である。誤った事実は訂正するために労力が必要であり問題だが、様々な推論や説は多様な議論を進めていく上で有益であり、サイエンスの進歩に寄与できるはず。多くの文章が難解であり、二度以上読み直すことが多く、読了に時間がかかるが、読み終えると、「人間らしさ」の様々な要素についてヒントを貰い、自分なりにも考察した気持ちになる。名著だと思う。

脳のなかの天使


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「読書」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事