世の中には、珍しいものを大切に思う人達がいることは理解できる。釣りの世界で、毛針でトラウトやサーモンを釣って楽しむ人達がいることも知っている。毛針は、鳥の羽根で作ることも知っている。それでも、釣りには興味がなく、美しい鳥の羽根を使って、世にも美しい毛針を作って、同好の士と自慢し合う世界があることは、なかなか知ることはないだろう。さらに、珍しい鳥を手に入れるために、法律を犯す、博物館から今は絶滅してしまった鳥の羽根を盗む行為はどうだろう。本書によれば、毛針愛好家は、珍しい鳥の羽根の価値を、どれほど美しいか、というよりも、どれほど珍しくて、手に入りにくいかで判断するようである。
アメリカ人の少年エドウィン・リストは、小さい頃からフルートと毛針作りにその才能を発揮してきた。毛針愛好家の世界では、若くして有名人で、英国王立音楽院に留学する頃には、その名を知られるようになっていた。音楽に打ち込むべきだったろうが、エドウィンは、イギリスにある鳥類博物館に関心を持ってしまった。そこには、前世紀以前の探検家やお金持ちたちが収集してきた、絶滅危惧種、もしくは絶滅してしまったため、今では見ることさえできないような鳥の剥製、標本などが、愛好家たちが想像もできないほどの量、保管されていた。おまけに、一般人にとってのその鳥の羽根の価値は、毛針愛好家ほどには高くはない。そのため、管理者、クレーター、保安要員たちは油断していたのだろう。2009年6月、エドウィンがその博物館に侵入して、299点もの貴重な鳥の標本や剥製を盗み出したことは、数週間もの間、誰にも気が付かれなかった。
その結果、エドウィンも油断した。ひょっとしたら誰も気が付かないのではないかと思った。貴重な鳥の羽根を、毛針愛好家たちの気を引くように加工して、少しずつ、eBayやオークションサイトで販売し始めた。同好の士のサイトで知り合って、崇拝してくれるノルウェイの若者を隠れ蓑として上手く使って、委託販売もさせた。こうした羽根を買う側だって、盗難品かもしれないと気づいていたはずである。20歳前の若者が、絶滅した鳥の羽根を少しずつだが、今までにない量を売り出し始めたのだから。
しかし、数週間後、博物館は盗難に気がついて、盗難が報道された。しかし、おおくの一般人には関心を持たれない。毛針愛好家たちは、その報道に注目はしても、だからといって、現実的には誰にも被害は与えていないのではないかというのが、コンセンサスだったようだ。博物館の引き出しに眠るよりも、毛針として活用される方が、絶滅した鳥の有効な使いみちだと。
数カ月後、オランダの毛針愛好家のマーケットで、ある毛針愛好家の自慢から、ことは露見する。事前に博物館を訪問していた人物リストからエドウィンがあぶり出されて逮捕された。エドウィンも自白して、自宅にあった100近い標本が押収された。しかし、残りの標本はどうなったのか、警察も、人手と手間を掛けて捜査する対象とはあまり考えなかったようである。それに注目したのが筆者であった。エドウィンは裁判にかけられ、容疑は明らかになるが、アスペルガ症候群の事例として扱われ、執行猶予6ヶ月がついて、釈放される。
釈然としない筆者は、わずかなインターネット上の証拠から、エドウィンの行動をたどり、仲買人、協力者、購入者を割り出していく、そのプロセス記述が犯罪サスペンスばりで、非常に興味を引く。筆者は、エドウィンやノルウェイの少年、売人、仲買人などにインタビューを重ねるが、この犯罪に関係する誰もが罪の意識をあまり持っていないことに愕然とする。まだ二十歳前だったノルウェイの少年のみが、筆者の説得に応じて、委託販売するために手元にあった標本を博物館に返還したが、それ以外の愛好家の世界では、なんの変化もなく、eBayも指摘されればその取引を削除するものの、絶滅危惧種として挙げられている鳥のラテン名をフィルターにかけて削除するまではしてくれない。
エドウィンはその後、王立音楽院を卒業して、音楽活動をしている。博物館は、残念がったことは確かだが、返還された標本に、採集場所などが記述されたタグがついていなければ、標本としての価値は殆どないと判断したようである。また、予算削減が進んでいて、その結果セキュリティ強化をしたのか、警備の強化をしたという事実はないようである。筆者が本書を書かなくてはいけないと強く思ったのは、書かなければ、この事件はなんの教訓も結果も残していない事になってしまうとの危惧だった。貴重な生き物は、象牙やサイの牙、べっ甲だけではないこと、どうしたら世の中に問えるのだろうか。WEBにより、どんな若者でも、世界の誰とも繋がれるし、商行為も可能な世の中で、何ができるのかが問われているようだ。