久々の「観光地奈良の勝ち残り戦略」である。一般財団法人「南都経済研究所」の『ナント経済月報』(2022年8月号)に、主任研究員・秋山利隆さんの「奈良県の広域周遊観光促進に向けた提言」が掲載されていた。
※トップ写真は熊野古道・大門坂。写真はすべて私が撮影した
これは副題に「計量テキスト分析を活用したアプローチ」とあるとおり、秋山さんお得意の緻密なデータ分析に裏付けされた県観光振興のための貴重な提言である。全文は、こちら(PDF)に掲載されている。10ページにもわたる提言書を安易に要約して紹介することは避けたいが、私の感想を交えてざっくり言い換えると、以下のようなこととなろう。
十津川村・果無(はてなし)集落
これまで奈良市など県北部エリアは「近すぎて泊まってくれない」「お土産を買ってくれない(観光消費単価が低い)」、県南部は「遠いので観光客が来てくれない」と嘆いていた。北部は大阪や京都に近いので、「大阪・京都に泊まり、奈良は日帰りする」という人が多いのである。日帰りだから、お土産もあまり買ってくれない。そこで秋山さんが提案するのは、「奈良県中南部と和歌山県・三重県との周遊観光の促進」だ。秋山さんによると、
(P18)県中南部地域および隣接する和歌山県、三重県は奈良市とは異なる観光資源にあふれており、観光のバリエーションは広がる。さらに和歌山県、三重県を含む広域周遊観光は、奈良県の地方創生・地域活性化という面でも、奈良市周辺部の観光に比べて宿泊を伴う可能性が高い分、経済効果が大きい。
十津川村・玉置山からの眺望
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」(2004年7月登録)を考えてみよう。「吉野・大峯」、「熊野三山」、「高野山」という3つの「霊場」とそれらを結ぶ「参詣道」が世界遺産登録されたものだ。この世界遺産登録は、和歌山県や三重県の入込客数増加に大きく貢献しているが、残念ながら奈良県では、目に見えた効果は上がっていない。
私(鉄田)は以前、奈良市→京奈和自動車道・紀北かつらぎIC→高野山→野迫川村(泊)→龍神温泉(田辺市龍神村)、というルートをマイカーで往復したことがあるが、北部に住む奈良県民は、あまりこのようなルートを思いつかないようだ。田辺市まで来れば、そこから熊野三山をめざすという手もあるし、ここには日本最古級の温泉・湯の峰温泉もある。熊野からは伊勢神宮を経由して奈良に戻るのも良い。秋山さんによれば、
おはらい町(伊勢内宮周辺)
(P25)交通アクセスに関する情報発信
広域周遊観光の交通手段は主に自家用車やレンタカーであるが、遠方からの観光客にとって紀伊半島の山道運転への心理的抵抗は大きい。実際はこの3県を周遊する主要道路はほとんどが片側1車線以上に整備されており、冬場を除き運転には支障がない。その点を広くPRすることが、旅行先として選ばれる意外な要素になるかもしれない。
参詣道周辺エリアにおける民間企業の取り組みとして、秋山さんが注目するのは町宿「SEN.RETREAT」を展開する株式会社日本ユニスト(大阪市)のプロジェクトだ。
(同)自治体の垣根を越えた取組み
民間企業の取組みとしては、株式会社日本ユニスト(大阪市)が熊野古道の参詣道「中辺路」沿いに地方創生を理念とした町宿「SEN.RETREAT」をつくるプロジェクトが興味深い。中辺路は巡礼に4~5日間を要する長距離ルートで、宿泊施設の不足が課題となっていたが、同ブランドの宿が道中に4か所できることで、巡礼者の利便性は改善される。宿はすべて和歌山県内であるが、熊野古道(熊野参詣道)沿いを意識したもので和歌山県に限定した取組みではない。
また、同社の取組みで特筆すべきは地方創生へのこだわりであろう。地元食材の提供や地域雇用の推進は、過疎地域で事業を継続していく上で重要な要素で、地域の観光拠点としての役割が期待される。民間企業のこのような取組みが、広域周遊観光促進の起爆剤になると思われる。
全10ページの論文は、秋山さんのこんな言葉で締めくくられている。
広域周遊観光はポストコロナの観光のキーワードの一つで、奈良県観光の質を高める重要なコンテンツである。本稿がこれまでの観光振興に一石を投じる提言になれば幸甚である。
国も自治体も民間も、奈良県を北から眺めているから、なかなかこのような発想が出てこない。野迫川村は田辺市と境を接している。十津川村は新宮市と、下北山村は熊野市と、上北山村は尾鷲市とそれぞれ境を接している。県境を越えた柔軟な発想で、質の高い観光プランを考えよう!
(追記1.)8/17この記事をアップしたあと、どうも「(図表3)奈良県来訪者の発地割合(2019年)」(P18)の数字が気になった。これは奈良県内で1泊以上宿泊した観光客がどこから来たかを調べたものである(2019年 奈良県観光客動態調査)。そこには〈発地割合は、関東(36%)、中部(25%)、近畿(15%)の順で、関東からが最も多い〉とある。
私は来月(2022年9月)東京圏の奈良ファン向けに、東京・新橋の「奈良まほろば館」で、「吉野山の謎」と「お伊勢参りと熊野詣」という各90分の講演をする予定であるが(東京都民の発地割合は16%と全国で最高だ)、気になったのは奈良県民の発地割合がわずか「1%」だったことだ。
県は過去に、十津川村に宿泊すれば路線バス運賃が半額になるというキャンペーンをしたことがあるし、今も「いまなら。キャンペーン2022プラス」(旅行商品の50%割引)を展開中だが、これはもっと県民にアピールして、県民には率先して県南部に泊まってもらわないといけない。
(追記2.)8/18「追記1.」をお読みになった読者から、こんなコメントをいただいた〈最後の追記の部分ですが、2019年に比べていまは県内の方が県内宿泊をして、リピーターも増えている話をよく伺っています。コロナ禍前と後ではまた県内の方の状況も変わってきてるかもしれないですね。いまならが県民の県内再発見に及ぼしたデータが出るのはまだ先かもしれませんが、リアルに実感するので、気になります〉。「いまなら。」の好影響が出ているのならそれは嬉しいことではあるが、一過性のもので終わらないことを祈りたい。
※トップ写真は熊野古道・大門坂。写真はすべて私が撮影した
これは副題に「計量テキスト分析を活用したアプローチ」とあるとおり、秋山さんお得意の緻密なデータ分析に裏付けされた県観光振興のための貴重な提言である。全文は、こちら(PDF)に掲載されている。10ページにもわたる提言書を安易に要約して紹介することは避けたいが、私の感想を交えてざっくり言い換えると、以下のようなこととなろう。
十津川村・果無(はてなし)集落
これまで奈良市など県北部エリアは「近すぎて泊まってくれない」「お土産を買ってくれない(観光消費単価が低い)」、県南部は「遠いので観光客が来てくれない」と嘆いていた。北部は大阪や京都に近いので、「大阪・京都に泊まり、奈良は日帰りする」という人が多いのである。日帰りだから、お土産もあまり買ってくれない。そこで秋山さんが提案するのは、「奈良県中南部と和歌山県・三重県との周遊観光の促進」だ。秋山さんによると、
(P18)県中南部地域および隣接する和歌山県、三重県は奈良市とは異なる観光資源にあふれており、観光のバリエーションは広がる。さらに和歌山県、三重県を含む広域周遊観光は、奈良県の地方創生・地域活性化という面でも、奈良市周辺部の観光に比べて宿泊を伴う可能性が高い分、経済効果が大きい。
十津川村・玉置山からの眺望
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」(2004年7月登録)を考えてみよう。「吉野・大峯」、「熊野三山」、「高野山」という3つの「霊場」とそれらを結ぶ「参詣道」が世界遺産登録されたものだ。この世界遺産登録は、和歌山県や三重県の入込客数増加に大きく貢献しているが、残念ながら奈良県では、目に見えた効果は上がっていない。
私(鉄田)は以前、奈良市→京奈和自動車道・紀北かつらぎIC→高野山→野迫川村(泊)→龍神温泉(田辺市龍神村)、というルートをマイカーで往復したことがあるが、北部に住む奈良県民は、あまりこのようなルートを思いつかないようだ。田辺市まで来れば、そこから熊野三山をめざすという手もあるし、ここには日本最古級の温泉・湯の峰温泉もある。熊野からは伊勢神宮を経由して奈良に戻るのも良い。秋山さんによれば、
おはらい町(伊勢内宮周辺)
(P25)交通アクセスに関する情報発信
広域周遊観光の交通手段は主に自家用車やレンタカーであるが、遠方からの観光客にとって紀伊半島の山道運転への心理的抵抗は大きい。実際はこの3県を周遊する主要道路はほとんどが片側1車線以上に整備されており、冬場を除き運転には支障がない。その点を広くPRすることが、旅行先として選ばれる意外な要素になるかもしれない。
参詣道周辺エリアにおける民間企業の取り組みとして、秋山さんが注目するのは町宿「SEN.RETREAT」を展開する株式会社日本ユニスト(大阪市)のプロジェクトだ。
(同)自治体の垣根を越えた取組み
民間企業の取組みとしては、株式会社日本ユニスト(大阪市)が熊野古道の参詣道「中辺路」沿いに地方創生を理念とした町宿「SEN.RETREAT」をつくるプロジェクトが興味深い。中辺路は巡礼に4~5日間を要する長距離ルートで、宿泊施設の不足が課題となっていたが、同ブランドの宿が道中に4か所できることで、巡礼者の利便性は改善される。宿はすべて和歌山県内であるが、熊野古道(熊野参詣道)沿いを意識したもので和歌山県に限定した取組みではない。
また、同社の取組みで特筆すべきは地方創生へのこだわりであろう。地元食材の提供や地域雇用の推進は、過疎地域で事業を継続していく上で重要な要素で、地域の観光拠点としての役割が期待される。民間企業のこのような取組みが、広域周遊観光促進の起爆剤になると思われる。
全10ページの論文は、秋山さんのこんな言葉で締めくくられている。
広域周遊観光はポストコロナの観光のキーワードの一つで、奈良県観光の質を高める重要なコンテンツである。本稿がこれまでの観光振興に一石を投じる提言になれば幸甚である。
国も自治体も民間も、奈良県を北から眺めているから、なかなかこのような発想が出てこない。野迫川村は田辺市と境を接している。十津川村は新宮市と、下北山村は熊野市と、上北山村は尾鷲市とそれぞれ境を接している。県境を越えた柔軟な発想で、質の高い観光プランを考えよう!
(追記1.)8/17この記事をアップしたあと、どうも「(図表3)奈良県来訪者の発地割合(2019年)」(P18)の数字が気になった。これは奈良県内で1泊以上宿泊した観光客がどこから来たかを調べたものである(2019年 奈良県観光客動態調査)。そこには〈発地割合は、関東(36%)、中部(25%)、近畿(15%)の順で、関東からが最も多い〉とある。
私は来月(2022年9月)東京圏の奈良ファン向けに、東京・新橋の「奈良まほろば館」で、「吉野山の謎」と「お伊勢参りと熊野詣」という各90分の講演をする予定であるが(東京都民の発地割合は16%と全国で最高だ)、気になったのは奈良県民の発地割合がわずか「1%」だったことだ。
県は過去に、十津川村に宿泊すれば路線バス運賃が半額になるというキャンペーンをしたことがあるし、今も「いまなら。キャンペーン2022プラス」(旅行商品の50%割引)を展開中だが、これはもっと県民にアピールして、県民には率先して県南部に泊まってもらわないといけない。
(追記2.)8/18「追記1.」をお読みになった読者から、こんなコメントをいただいた〈最後の追記の部分ですが、2019年に比べていまは県内の方が県内宿泊をして、リピーターも増えている話をよく伺っています。コロナ禍前と後ではまた県内の方の状況も変わってきてるかもしれないですね。いまならが県民の県内再発見に及ぼしたデータが出るのはまだ先かもしれませんが、リアルに実感するので、気になります〉。「いまなら。」の好影響が出ているのならそれは嬉しいことではあるが、一過性のもので終わらないことを祈りたい。
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