最近になって鎌倉を散策するようになり、自然の中で花や鳥を見るようになると、和歌に興味を覚えるようになってきた。
夫と離婚したい女性が、男子禁制のこの尼寺で3年間(のちに2年間)の修行をすれば離縁ができるという「縁切寺法」を定め、その勅許も得ていた東慶総持禅寺。
女性救済に後半生を捧げた豊臣秀吉の孫娘、20世の天秀尼を経て22世以降は無住、次いで明治4年(1873)の縁切寺法の廃止。明治36年(1903)以降は男僧寺になり現在に至っている。
右手に本堂を見ながら進むと、松ヶ岡宝蔵、その横にもみじの大木があり、薄く紅葉している。突き当りが山で、その山影が墓苑になっている。
東慶寺のあと、明月院を尋ねた。東慶寺の落ち着いた佇まいと明月院の華やかさは、程よい対比を感じさる。ともにぼくの中でもベストファイブのうちの二つ。
明月院の装飾を排した簡素な建築美。ここの丸窓のルーツを探したのだが、建築年代が定かではない。ひょっとしたら、昭和始めにドイツから亡命したブルーノ・タウトが、「泣きたくなるほど美しい」と絶賛した1600年代に建造された桂離宮の月波楼が手本となっているのかもしれない。
江戸のはじめに天下の名妓として一世を風靡した吉野太夫が好んだことから、吉野窓とも言われている。
丸窓といっても下は直線に切られている。
下が少し欠けているのは、自分はまだまだ未熟であるということを表したものなんだという。
いままでは、自分が美しいと感じるものを美しいと思えばいいと思っていた。でも、独りよがりの写真ではだれも感動を共有してくれない。
・・・なんてことを、この丸窓からの景色を見て反省したりする。
高徳院。ここを目指して日本人だけでなく、海外からも人もいっぱい来ている。裏手に回れば、
『 かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな 』 与謝野晶子
と詠った与謝野晶子の歌碑がある。
秋木立なれど においたつかな?・・・。。
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