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『オリーブ少女ライフ』
山崎まどか(日:1970-)
2014年・河出書房新社
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18歳の時に、私は彼とパリに行った。
ロンドンに語学留学している時に、彼が訪ねてくれたのだ。
週末を利用して二人でパリに行くことを決めた時は有頂天だった。
大好きな人と、世界で一番ロマンティックな街に行くんだ。
「オリーブ」のパリ特集に毎回失望していたことも忘れて、私の心はときめいた。
でも、行く前から暗雲が立ちこめている旅行だった。
ずっと彼に会いたいと思っていたのに、東京を離れ、ロンドンで会ってみると、二人の間に共通の会話が見いだせなかった。
彼が旅行の手配を全て私に任せようとしていたことが分かった時は、愕然とした。
今まで海外の仕事で、現地の人と交流した話を散々聞かされていたはずではなかったか。
彼は、コーディネーターが色んな手配をして、通訳をしてくれていたことを白状した。
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2001年8月号から2002年12月号まで『オリーブ』で連載された、ショートストーリーの『東京プリンセス』。
そして、2014年の時点で山崎まどかさんが『オリーブ』を読んでいた少女時代を振り返る『オリーブ少女ライフ』。
本書は、この2本立て。
書き下ろしの『オリーブ少女ライフ』が、まー面白くて。
特に、俺の青春時代は既に渋カジ全盛だったので。
その一時代前の、いわゆるDCブランドが隆盛を極めた時代の学校生活が、興味深かった。
今、PERSON'Sのロゴ入りのスタジアム・ジャンパーを着ていたら正気を疑われると思うけど。
いや、むしろ、もてはやされるかもですねぇ。
言っとくけど、「ノーノーベイビー♪」のパーソンズじゃなかとですよ。
このPERSON'Sを巡っては、中学生時代の山崎さんのこんなエピソードが出てくる。
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1984年の冬、教室の窓からグラウンドを見下ろすと、PERSON'Sという文字を背にした上級生があちこちに見えた。
高等部の中庭でも同じだ。
私はかっこつけたくて、英語の辞書をひいて隣の席の友達に言っていた。
「PERSONって、人っていう意味なんだよ。
他の人とは違う、一個人って意味なのに、PERSON'Sの服を着ている人たちって、みんな同じロゴが入った服を着ていて、ちょっとおかしいよね。
個性なんてないじゃない」
すると、私の前の席で会話を聞いていエミリちゃんが、急に振り向いて、くちびるの端を上げて犬歯を見せた。
彼女が得意の、最高に意地悪な笑顔だ。
「そんなことを言って、山崎さんはお金がないから、PERSON'Sの服を着られなくて悔しいんでしょ!」
私は顔が真っ赤になった。
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このあと、中学生当時の山崎さんは必死で泣くのを堪えるんだけど。
このエピソードには、ダレもが通る少年少女時代の共通した悩みが描かれてますよね。
つまり、
・嗜好がまだ細分化されてないので、みんなが同じアイテムを欲しがる。
・なので、ソレを手に入れられないと、非常な劣等感に苛まれる。
・つーか、小中学生にそんなお小遣いは無い。メディアによって欲望を煽られる対象とお財布の中身が最初からアンマッチなのだ。
・そして同い年のクラスメイトたちは、若年層特有の不躾さで、互いを傷つけあわずにいられない。
・・・まあ、書いてて改めて思うんだけど、若さや幼さって良いことばかりじゃないよね。
我々は年をとるたびに自由を失いながら、同時にどんどん自由になってるってわけだネ。
■おまけ(その1)
さて、すっかり書くタイミングを逸したけど、『東京プリンセス』の方もなかなか楽しい読み物です。
葉月と茜の二人組みが織り成す、オルタナティブ(素直にオリーブ的というべきでしょうか)東京生活が描かれるわけですが。
これは、2000年代初頭版の『なんとなく、クリスタル』と言っても過言ではないでしょう。
(解説の入れ方など、勿論意識されてます)
サリンジャー、
サガン、
カナルカフェ、
武田百合子の「富士日記」!、
ゴダールの「はなればなれに」、
ヴォネガットの「スローターハウス5」!!、
エブリシング・バット・ザ・ガール!!!、
テラス・ジュレ、
ウディ・アレンの「マンハッタン」、
カポーティの「あるクリスマス」!!!!、
フェアグランド・アトラクション!!!!!、
リッキー・リー・ジョーンズの「浪漫」!!!!!!、
ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ、
バカラックの「雨に濡れても」、
アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」、
ブローティガンの「愛のゆくえ」!!!!!!!、
そして「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」!!!!!!!!
俺ったら、びっくりマーク連打しすぎて腱鞘炎予備軍。
ストライクなキーワードの列挙にページをめくる手が止まらんかったと。
■おまけ(その2)
しかし、何と言っても、一番気になるのは冒頭で抜粋した(一緒にパリに行った)最低な年上彼氏との顛末ではないでしょうか。
これを読むと、若さというものが恐ろしくなる。
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パリに着いた初日の夜に、私はふられた。
それまでどんなことを言われても、されても泣かなかったのに、もっと大事にしている若い子がいると言われたら、我慢が出来なくて涙が溢れてきた。
それは真夜中で、もう部屋の電気を消した後だった。
暗闇の中で私がしゃくり上げたら、彼はベッドサイドランプをつけて、私の顔を見た。
彼の瞳が嬉しそうに輝いた。
生意気でしつこい小娘を、ようやく完膚なきまでに叩きのめすことが出来たのだ。
私は何て人とパリに来てしまったんだろう。
初めて私は彼が恐くなった。
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いや、ほんとにこえーよ。
なんなんだ、この彼氏。
でも、これは山崎さん側から見た彼の姿。
利発で魅力いっぱいの若き日の山崎さんが、知らず知らずのうちに、年上の彼氏を追いつめていたのかもしれない。
何より、ロンドン以降いいとこ無しな自分を自覚してて、なんとか一矢報いたかったんだと思う。
他の若い女の存在を仄めかすって、兄さん、実力の見せ方がトンチンカンなんだけどね。
なんかサイテーな年上彼氏を異様に庇うって?
いやー、そんな事ないって。
でも、ロンドン経由でパリまで来て自分自身しか見てないんだから、その彼氏もある意味すごい。
一度エゴを飼い慣らし始めたら、こんなに痛々しい恋愛はもうできないね。
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