どんな方だったのか?ということだったので。
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1936年1月20日、ジョージ5世が亡くなった日に
第四代ファーモイ男爵の第二子として、ダイアナ妃と
同じくサンドリンガムの邸宅で誕生されたダイアナ妃のお母様。
ご結婚前のフルネームはフランセス・ルース・バーク・ロシェ。
母親であるルース・ファーモイ男爵夫人は、
エリザベス皇太后のレディ・イン・ウェイティングのひとり
でした。
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1954年、後のスペンサー伯となられた
エドワード・ジョン・スペンサー氏と、
ウェストミンスター大聖堂で挙式。
なんと1500人もの招待客の中には
エリザベス女王様もいらっしゃったそうです。
ご存知の通り、娘三人と息子一人に恵まれたものの、
実は1960年には息子のジョンを生後10時間で
亡くすという悲劇に見舞われるという経験も
されています。
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うまくいっていたかのようだった結婚も、
夫人自身の浮気によって破綻。
1969年にスペンサー伯と離婚した夫人は、
浮気相手だったピーター・シャンド・キッド氏と
再婚。最初はダイアナ妃と現スペンサー伯の
チャールズは母の再婚相手と一緒にロンドンに
住んでいましたが、裁判で母親が親権を失い、
父の元に戻っています。
しかしこの結婚もピーター・シャンド・キッド氏の
若い女性との浮気で破綻。1988年に離婚して
います。
有名な話ですが、ピーターさんとカミラ夫人は
親戚筋にあたります。
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その後、スコットランドに引っ込みギフトショップを
経営していたこともあったそうです。
ダイアナ妃とは険悪な仲であったことも知られており、
妃の亡くなる前の4ヶ月間は口をきくことすらなかった
そうです。
妃が亡くなった際には、亡くなった知らせを受けたものの
遺体の身元確認及び引き取りにも呼ばれず、王室からの
連絡を待つしかなかったと言われています。
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パーキンソン病と脳腫瘍を患っていた夫人は2004年、
今度はジョージ5世の誕生日であった6月3日に68歳という
若さで息を引き取られ、葬儀には子供達は勿論のこと、
ウィリアム&ヘンリー両王子も参列されました。