田切通信

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吉見百穴の今

2024-12-05 07:27:52 | 旅行

 埼玉県吉見町に史跡「吉見百穴」があります。百穴は「ひゃっけつ」と読むと思っていましたが、「ひゃくあな」が正解でした。その昔、僕が小学生だった頃は、この百穴の写真が社会科の教科書には必ず出ていましたが、今はどうなんだろう。静岡の登呂遺跡なんかもそうなんだけど、近年になって歴史的学術価値が低くなって、結果として教科書から外れてしまった史跡も多いと聞いています。

 このところ参加していた埼玉県内のミュージアムカード集めやスタンプラリーの一環で、吉見百穴に行きました。入場しなくても入口の受付でマンホールカードがもらえるので、マンホールカード収拾では来ていましたが、中に入るのは久しぶりです。

 

 これで「よしみひゃくあな」と読みます。

 

 こちらが受付で、ここで申し出るとマンホールカードがもらえます。入場料は大人300円、支払って中に入ります。

 

 斜面に開いた小穴が百穴です。吉見町のゆるキャラ「よしみん」の顔出し看板がありました。吉見町名産品のイチゴのおでこに百穴がデザインされています。

中にはお土産物屋が1軒とうどん屋が1軒あります。その他に「埋蔵文化財センター」があって、そこでミュージアムカードがもらえます。文化財センターは勾玉や埴輪作りが体験できる施設ですが、埴輪や土器などの埋蔵物の展示もあるちょっとした博物館で入館無料です。

 

 よしみんの埴輪(だよな)がお出迎えしてくれます。

 

 埴輪のマットもお出迎えしてくれます。とにかく埴輪推しです。

 

 百穴の穴の入口リアルサイズのゲートがありました。

 

 さて、屋外に出ると、丘の斜面にズラッと小穴が開いています。丘の上に続く階段があり、穴を間近で見る(覗き込む)ことが出来ます。昔はこの穴が横穴住居だと考えられていて、背の低い人(コロボックル)が住んでいたと想像されていました。

 

 写真中央の下に小穴ではない入口のような物が見えます。ここには大戦末期に突貫工事で軍需工場が作られました。飛行機のエンジンの工場としてトンネルを掘ったのですが、本格稼働前に終戦になったという経緯があります。碁盤の目のように掘られたトンネルが残り、それも歴史の重要な史跡として保存されていました。

 

 入口から中を見たら、柵で塞がれていました。かつては内部に立ち入りが出来て、壕全体の1/10くらいのエリアが公開されていました。

 

 柵の隙間から中を撮影しました。普通自動車程度なら通れるくらいの大きさがあります。経年劣化で崩落が発生して、危険なので立ち入り禁止にしたそうです。奥の方に明かりが残っています。

 

 幾つかある入口は全て柵で塞がれていました。

 

 床面には砂が積もっています。貴重な近代文化遺産ですから、崩落してしまう前に何らかの保全処置をすればいいのに。

 この軍需工場跡の通路は仮面ライダーや戦隊ヒーロー作品の撮影にも頻繁に使われていました。だいぶ昔(30年くらい前かな)に見学に訪れた時に、何かの撮影をしているのに出くわしました。茶色の全身タイツのあちこちにサロンパスを貼った男が撮影していて、「何だ?怪人サロンパス男か」と思いました。その場にいた女の子に「何の撮影ですか」と尋ねたら、親切に「シュシュトリアンです」と答えてくれました。その時点ではシュシュトリアンが何だか知らなかったのでその場はそれで終わりでした。後になってそれがTV番組の「有言実行三姉妹シュシュトリアン」だと知りました。そこそこ人気も高かったようです。怪人サロンパス男は「妖怪ヘリクツ」という敵でした。今にして思えば声をかけた女の子はシュシュトリアンのうちの誰かだったかも知れません。

 埋蔵物文化財センターでミュージアムカードをもらい、入り口ではマンホールカードまでもらって、一通り見学を済ませて外に出ました。すぐ近くにもう1カ所見ておきたいものがあります。

 

 こちら、百穴のすぐ近くにある岩窟売店です。いきなりこう名乗られると岩窟ってなんだ?となりますが、この売店の前の道を挟んだ向かいに「岩窟ホテル」があるのです。では、岩窟ホテルってなんだ??ですね。この店の先々代くらいの方が店の前の崖を手掘りで作ったのが「岩窟ホテル」です。かつてはかなり有名な観光施設だったようで、こうして売店も営業したのでした。

 

 店の看板ですが、「昔は掘ってる、今は打ってる・・」と宣伝文句が書かれています。韻を踏んでいて面白いですが、これの本当の意味が分かる人って、いったい何人いるだろうと思い笑ってしまいました。

 

 これが道を挟んだ崖に作られた「岩窟ホテル」です。現在は柵に塞がれて近寄ることもできません。かなり昔は内部も見学できたようです。壁面に入口とか窓らしき物が見て取れますが、30年くらい前は窓の手すりなんかもしっかりついていて、ホテルと言うよりも小さな宮殿のように見えていました。名称も「岩窟ホテル」なので、「宿泊施設にあらず」と注意の看板も出ていました。

 で、「昔は掘ってる・・」の話に戻りますが、名称にある「ホテル」と言うのは、宿泊施設としてのホテルではなく、これを掘っている様子を見た村人が「あっ、(岩窟)掘ってる」・・がんくつ、ほってる・・・と叫んだのが由来だと書いてある資料を見た事があります。その「ほってる」が看板の「昔は掘ってる」にかかっているのです。

 

 店の前にあった顔出し看板です。昔はこんな感じに崖の壁面にもペイントされていたのです。売店の店内には岩窟ホテルの資料とかお土産物があるので、ぜひ覗いてみてください。

 

埼玉県のあまり知られていない観光名所です。知られていないゆえに空いていてゆっくり見学できます。暇があったら是非どうぞ。



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