局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

テキ屋との戦い 最終章

2007-02-07 18:44:39 | 記憶の箱
vol.1から読んでくださいね。

さて、O大が喧嘩して怪我させられたかもしれない相手のMが女の子だと言う事を私が指摘したとたん Oの父ちゃんの顔色が変わった。
「O大、それじゃ お前 女と喧嘩して泣かされたんか?」
O大は 脅えたように 父親を見つめたが やはりちゃんと答えないで もじもじしたあげくに
「う~~ん そうだったかもしれない」と答えた。
「そうだったかもしれないって はっきりしろO大!」怒る父ちゃん。
O大は何故かにやにやして家の息子を見つめている。私ははっきり言ってそのやりとりに相当うんざりした。ここで勝ち誇って お宅の息子がウソ言ったんじゃないの!って追求するのもあほらしくなった。もう殆ど明らかなんだから・・・

その後呆れたことに Oのオヤジは謝らなかった。
「それじゃ 家のO大が 女に泣かされる情け無いやつだったってことだな」と捨て台詞を言って席を立ってしまったのだ。
残された私達とOの母子は なんとも居心地が悪かったが、さすがに悟った様子でOのお母さんは
「あの なんだか家の息子が間違ってたみたいで すみませんね」と謝ってくれた。

やっぱりその時は、息子への誤解が解けたことで安心したことが先に立ったし、非日常の世界におかれてかなり緊張していたので、これで 一仕事終わって帰れるということにほっとして嬉しかった。

だけど 家に帰ってその日の出来事を思い出すにつけ 猛然とムカついてきた。

子供がウソをついたこと、それを100%信じてよく確認しないで電話してきたことはまあよしとしよう。ああいう状況では子供もごまかしたくなるだろうし、父ちゃんとしても自分の子供を信じたいのが親心だろうし、それは私も理解できる。
私が後になって一番腹が立ったのは、
「家の商売がテキ屋だから 家の息子がいじめられる(ってことは局家の息子がそういう前提の元でいじめた)」と言う思い込みである。
もちろん私は息子にそんな事を吹き込んだ覚えはないし、そんな了見の狭い教育をしてきたつもりもない。

だいたい 法律を守ってちゃんと営業してるならテキ屋はテキ屋でいいではないか。
商売がうまいから、普通のサラリーマンじゃ買えないような価格の家を買って、家族を養い、部下だか手下だか若いものも雇えるんだから立派なもんじゃないか。
何で自分がやってる仕事を卑下する必要があるのか・・・

青雲高校の入試の面接時、「家の父ちゃんは日本一の日雇い人夫です」って飛雄馬に言わしめた星一徹のように誇りを持てば何の職業だろうといいじゃないのさ。

それに「女に泣かされた=情けない」って言う決め付け。小学校の中学年なんて女の子のほうが強いしでかいんだって。まったくアホなマッチョは困ったもんだ。

それに何より 人の土曜の夜を台無しにしておいて潔く謝れっちゅうに。



まあ そんなこんなで 結構怒りは尾を引いてしまった。夫に話したら まず
「お前さ、今度そういうことあったら一人で行くな」って言われたし。

その後、Oの父ちゃんとはその家の前を通るとよく顔を合わせた。若い者がトラックで荷物を搬入したりする時 指揮をしていたりするのに出くわすことが多かった。一応会釈をすると向こうも会釈を返すくらいの間柄にはなっていたんだけど。

その次の年の夏祭り。家の息子が学校の友達と近くの神社の縁日に行った時の事。
「ママ(当時はそう呼ばれていた)今日さ Oの父ちゃんが 焼きそば売っててさ。俺が前通ったら 焼きそばタダでくれたよ」 と 言った。

やっぱりどこかで借りを作ったなと思っていたのであろう。
焼きそばくらいですますなよ とも内心思ったが,同時に結構おかしかった。
「へ~ よかったわね」と答えておいた。

その後 O大は地元の中学にすすみ、高校は定時制にすすんだそうだ。
高校をやめてしまったって噂も聞いたし、まっ金髪でなんだかすさんだ目つきで自転車をこいでる姿も何度か見かけた。
忘れられない経験をさせてくれたO親子だけど、今は恨みもムカつきも何もない。父ちゃんの後をついで立派なテキ屋になっていて欲しいもんである。
コメント (6)
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