今は収まっているんですが、或る時期の母はとても怒りっぽく
突然、訳の解ら無い事を言い出し、一方的に腹を立て
夜、突然家を出て行くような事をしました
その頃の事です、悩んでケアマネの友人に相談すると
NHKの番組を見る様にとメールが来ました
その番組は、息子さんが認知症の母親を看ていたのですが
その母親が首つり自殺を図ったそうです
息子さんは、母親の状態が情けなくて
きつく叱る事で、母親にシッカリして貰いたかったのだそうです
所が、他の事は何でも忘れてしまうのに
叱られた時の息子さんの怒った顔や言葉は、何故か鮮明に覚えていて
それが段々と怖くなり、自殺を図ったのです
医師からの助言で、叱ることを止め
なるべく笑顔で接する事にしたら、落ち着いたと言うものでした
成るほどなぁ~と思いました
お爺ちゃんにも、叱ったり否定するような言動をしないで欲しいとお願いしました
それが良かったのかは解りませんが
母の家を出て行く言動は収まりました
このことで、最近やはり驚くことが有りました
今言った事さえ覚えていない、前夜に電話で話したのに
その電話を覚えていない・・・・・
そんな母が、もう10日以上も前の事を覚えていたのです
何の記憶かと言うと、自分の悪口を言われた事でした
法事の席で、実姉から自分がコンプレックスとしていた事を指摘されたのです
「私は習字も得意で、表彰されたのに、貴方は字が汚かった」
「私は色白だったのに、あなたは子供の頃から色黒だった」
この二点は、姉に勝てないコンプレックスだったようです
悔しかったようで、今度会ったら言い返して遣ると息巻くんです
でも、10日以上も前に言われた事なのに
姉に逢った事も、悪口を言われた事も覚えているんです
やっぱりあのNHKの番組は本当だったようです
優しくされても覚えていないけれど
怒られたり、嫌な事を言われた記憶は残るようです
本当に不思議な事ですね
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突然、訳の解ら無い事を言い出し、一方的に腹を立て
夜、突然家を出て行くような事をしました
その頃の事です、悩んでケアマネの友人に相談すると
NHKの番組を見る様にとメールが来ました
その番組は、息子さんが認知症の母親を看ていたのですが
その母親が首つり自殺を図ったそうです
息子さんは、母親の状態が情けなくて
きつく叱る事で、母親にシッカリして貰いたかったのだそうです
所が、他の事は何でも忘れてしまうのに
叱られた時の息子さんの怒った顔や言葉は、何故か鮮明に覚えていて
それが段々と怖くなり、自殺を図ったのです
医師からの助言で、叱ることを止め
なるべく笑顔で接する事にしたら、落ち着いたと言うものでした
成るほどなぁ~と思いました
お爺ちゃんにも、叱ったり否定するような言動をしないで欲しいとお願いしました
それが良かったのかは解りませんが
母の家を出て行く言動は収まりました
このことで、最近やはり驚くことが有りました
今言った事さえ覚えていない、前夜に電話で話したのに
その電話を覚えていない・・・・・
そんな母が、もう10日以上も前の事を覚えていたのです
何の記憶かと言うと、自分の悪口を言われた事でした
法事の席で、実姉から自分がコンプレックスとしていた事を指摘されたのです
「私は習字も得意で、表彰されたのに、貴方は字が汚かった」
「私は色白だったのに、あなたは子供の頃から色黒だった」
この二点は、姉に勝てないコンプレックスだったようです
悔しかったようで、今度会ったら言い返して遣ると息巻くんです
でも、10日以上も前に言われた事なのに
姉に逢った事も、悪口を言われた事も覚えているんです
やっぱりあのNHKの番組は本当だったようです
優しくされても覚えていないけれど
怒られたり、嫌な事を言われた記憶は残るようです
本当に不思議な事ですね
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私の母は、何にもしない事が楽なようで
何にもしないでのほほんとしてます
だから自分は必要では無いと思うくらいの人であって欲しいくらいですよ
暫くは別人でした
優しさや思遣りが無くなり
何でも自己中心
驚きました
優しかった人が、病気のイライラで
人格が変わるのは理解できますよ
お母様が、優しいお父様を思い出してくれて良かったですね
次第に奥さんの表情が暗くなって喋らなくなったそうです。
旦那さんは、こんなに何もかも世話をしているのにと悩んだそうです。
主治医に相談したら「何もかもケアしてしまうと奥さんは自分は必要とされていないと思ってしまう」と・・
それから、奥さんに「これをしてほしい、あれを手伝ってほしい」と頼むようになったら、元のように元気になって明るくなったそうです。
旦那さんは奥さんを愛しているのに、嫌われてしまったと思ったのでしょうね?
優しい父だったのですが、状態が悪くなってからは
父は肺気腫の為声は小さい、動くのもきつくて、全てのお世話が必要だったんです。
母は耳が遠いので、父のして欲しい事が分からない。
しても力は全然無いし、たらたらしている。
そんな事で父がイライラ、それで怒るようになったんです。
すると母には怖い人としての認識しかなくなっていたんです。
優しい父の眉間のしわが増えるのを見るのも、
母が父の事を「昔から怖い人で、いつも怒っていた。」
なんて言うのを聞くのも辛かったです。
穏やかになった今は、父の優しかった事、色々のお世話を
していたことなど話しています。
子供の為に、あえて険しい道を見せるんですね
私はついつい、子供にそんな姿を見せ
苦労させたくないと思っていました
私、息子に言います
「貴方のために、私は認知症に成るわ
それが貴方には人生の良い経験になると思うのよ~」
息子、何て言うでしょうね
シッカリして欲しくて、ついつい声を荒げてしまう
でも、優しく接しても覚えてなくて
怒ったり、嫌味を言われたりすると覚えてる
何だかリアルに迫ってきますね
otomechanは偉いです
本を読ませたり、お箸を使わせたりと
凄く手間なのに、実行してるなんて
お父様、お母様には怖かったんですね
怒る人がいなくなって、落ち着いたんですね
でも、私は今回は本当に不思議なものを見たような気がしました
我が娘の前で 叔母は言う 娘は静かに笑う
その叔母も 今はいないが
僕には良い勉強になった
僕の両親も同じような道を辿って行った
僕も出来るだけ 同じ道を辿りたいと思う
それが 子供にできる最後の教えかもしれん
鏡の中で 親が笑ってる
強い口調で接した時期がありました。
「娘の名前さえ忘れても、この人は怒る怖い人だと言う記憶は残るんです。」とある人が教えてくれたんです。
本人にとっては、本当に忘れて分からないので、
怒られる理由が分からないのです。それで又不安になるんです。
不安は症状を悪くするような気がします。
穏やかに且つ楽しいのが一番良いようです。
父が亡くなって1か月経った頃から、怒る人が居なくなったので、以前よりしっかりして来たんですよ。
今は毎晩、塗り箸で白花豆つかみや、絵本を読ませたりしています。
これからどうなって行くのか不安な時もあります。