tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

箱根・伊豆 2日目(天城山縦走)

2013-07-07 23:00:00 | 旅と散歩と山登り
伊東市街にあるホテルを出ると、照りつける陽射しが強烈で、バスを待ちながら日焼け止めを顔に腕に塗りたくったのだが、バスが標高1050mの天城高原ゴルフコースを目指して登っていくにつれ、あたりには濃い靄がたち込め、ついにはワイパーを使うほどの水滴がフロントガラスを打つようになった。
8:52 50分ほどバスに揺られ、終点、天城高原ゴルフコースへ。一帯は白い霧に包まれている。僕はゴルフはしないが、こういう天候でもゴルフはできるのだろうか?ここから旧天城トンネルまで、天城の尾根を縦走する17kmのコースを歩く。今日のコースの最高地点、万三郎岳頂上との高低差は356m、「山登り」というより「山歩き」。

今日のような天候が作り上げたのだろうか、人工のコンクリ堰も味わい深く苔むしている。

ところどころにアマギツツジが咲いている。落ちた花がピンク色に敷き詰められている。

緑一色の中を清らかな水が流れ、まるで日本庭園のようだと思う。

…いや、本当は、日本庭園の方がこういう山の自然を模して作られているんだよな。主従の順から言えば。

幹が茶色く艶やかに光る木々(ヒメシャラ?)が、露に濡れてますます輝く。“人間の感覚”で言えば「ぐずついた」とでも呼ぶべき今日のこんな空模様は、実は森の植物たちにとっては、一番生き生きとできる気象条件なのかも知れない。そう思うと、この中を歩く自分もやはり自然の一部、馴染みの気持ちが湧く。

9:49 万二郎岳頂上(1299m)。風が強く、視界もない。今日のドリンクは、昨日宿のそばのスーパーで買ったペットボトルのミルクティー。甘さが疲れに効く。

すれ違う登山者が「あいにくの天気だねー」「(彼が過ぎてきた、僕がこれから向かう)万三郎岳もこんな感じだよ」と言う。確かに視界こそ優れないが、木々の「生気」と「精気」をまざまざと感じ取れるこの雰囲気、僕はかなり好ましく思っている。今日も下界は猛暑のはずで、それを考えれば、暑さに煩わされずに済むこの状況は「恵まれている」のではないかとさえ思う。

幹に様々な苔類が貼り付き、絵画のような色彩を描き出している。

今日の登り始めから絶え間なくこのセミの鳴き声に包まれている。ちょうど近くの幹にとまっていたので接写。(帰宅後調べたら「エゾハルゼミ」のようだ)。他のセミより少し早いこの時期に、山の中でだけ聞く「ギギギギ…」という鳴き声。セミはなんでもそうだが、この小さい体によくぞこれだけの音量を出力できるアンプを搭載しているものだと思う。

山でよく見かける白い花。シロバナコアジサイ。

10:51 万三郎岳頂上(1405m)。いわゆる「天城山」の最高峰。やはり眺望はきかない。腰を下ろすこともなく、再び歩き出す。

黙々と歩き続けているが、足元のゼニゴケの美しさに立ち止まる。

今日のコース上にはずっとこの黄・青ツートンの道標が出ている。なぜこの配色にしたんだろう?スウェーデン国旗を思わせる。

ブナの原生林を行く。ブナの葉は腐りにくいため落ち葉が層を成し、保水力の高い環境をつくるのだという。水源林でよく聞く樹種なのはそのためか。

11:22 「ヘビブナ」。幹が上下にうねっている。盆栽じゃあるまいし、どんな力が加わってこんな風になったんだろう?根を傷めぬよう、そばには近寄らずに拝む。

ビロードのようなコケのカーペット。

倒木を覆う、成長旺盛なキノコ。

12:48 八丁池。天城山の火口湖。スタートからここまで、濡れた場所しかなかったため、ずっと腰を下ろすことがなかったが、ここは一区切りの場所かなと、池のほとりの木の柵にしばし腰かける。天城トンネルまでの歩程は残り3分の1強。

周囲の長さが「八丁」(一丁=109mというからだいたい870mか)ゆえ「八丁池」というらしいが、対岸はおろか、岸を離れて数mで視界は霧に閉ざされてしまうから、波こそないものの、海を見ているような寄る辺なさがある。この辺りには天然記念物のモリアオガエルも生息しているという。まさかそれを捕まえようとしているわけじゃないだろうが、大きな捕虫網を振り回す大人の一行がいた。山に入る理由は人それぞれだなと思う。

まるで彫刻のようにダイナミックな存在感のある幹。人間の裸の肉体を見るかのような生々しさもある。

14:29 天城峠。「天城越え」とはまさにここを越えることなのかなあ。何の変哲もない山道だけど、石川さゆりのあの曲のことを思うと、妙におどろおどろしい情念の気配を感じてしまう。

14:41 天城トンネルの袂に下りる。バイク乗りの人が記念撮影をしている。

トンネルの内部。石積みで作られた様子がわかる。てっきり徒歩専用かと思ったら、車が走っているので驚く。幅は一車線分。「陸の孤島」だった南伊豆の人たちの熱望により、明治37(1904)年に開通。全長は446mで、現存する石積道路トンネルとしては日本最長だという。

さらに山を下ると、新天城トンネルが。トラックや観光バスが轟音を立てて通り過ぎる国道トンネル。

天城大橋の上から山並みを仰ぎ見る。今日の下界はこんな晴天だったんだなあ。

15:11 このテーブルで靴下を脱いでしばし休息。バス停が近くにあるが(その名も「水生地下」。てっきり「地下」にあるバス停かと思ったら「すいしょうち・した」だった)、陽はまだ高いのでもう少し歩いてみようと思う。目標はここから6.2km先の浄蓮の滝。

擬木の柵なのに、苔が生えて、いい風合いに仕上がっている。この沢沿いに歩くコース。

沢の対岸のワサビ田につながるモノレール。静岡と言えばワサビだもんな。江戸後期、江戸前の握り寿司に用いられるようになってから、その良質な香りと辛味で「天城のワサビ」は広く知られるようになったのだという。このあたり、ワサビ田が多くあるが、盗掘が多いのだろうか、結構厳重に柵で囲われている。

15:31 「天城ゆうゆうの森」の片隅に留め置かれた森林鉄道の車両。どこに路線が通じていたのだろうか?由来の説明書きは見当たらない。室内がむき出しになっており、結構荒れていた。

てっきり機関車と客車だけかと思ったら、その後ろにもう2両、丸太を積む貨車があったよ。丸太の上から木が生えて、森の一部のようにカモフラージュされていた。

渓流沿いを行く気持ちの良い道。観光目的で近年整備された遊歩道かと思いきや、江戸時代に作られた、三島から下田まで通じる「旧下田街道」だという。開港のため下田に上陸したハリスの一行もこの道を行き来したとか。

16:13 浄蓮の滝へのルートから1.3km外れて、これを見にやってきた。太郎杉。天城山中で一番大きな杉の木で、推定樹齢400年、樹高48m、根回り13.6m。林野庁が選定した日本の代表的な巨木「森の巨人たち百選」のひとつ。今日の山歩きはいつになく木の美しさに魅了されていたように思うけど、その締め括りとして。「万二郎」「万三郎」はいたけど長男の「太郎」はいないな…と思っていたけど、ここに太郎がいた。「巨木を訪ねる旅」というのもいいかも知れない。大きいこと、歴史を重ねていることは、無条件に畏敬の念を抱かせる。「百選」と言えば、先ほどの旧天城トンネルも「日本の道100選」「日本百名峠」に選ばれているという。いろいろあるなあ。僕は深田久弥の「日本百名山」を意識して登っているが(今日の天城山で45座目)、いろいろ“コレクション”し出すと切りがなさそうだ。

日が暮れる前に浄蓮の滝まで着きたい。バスがあればバスに乗っちゃってもいいかなと思うけど、ちょうどいい時間のバスはない。歩くペースを上げる。上げながらも、道端に深いブルーの可愛らしいヘビを発見。トカゲのような小ささ。デジカメの操作に手間取っているうちに、赤と黄のお洒落なデザインの頭は枯葉の下に潜ってしまった。

横光利一や島崎藤村の文学碑を見ながら歩き続ける。文豪もこの道を歩いたのか…と思うが、碑を読むと、馬車だか籠だかに揺られての旅だったようで、ひたすら歩いている僕とはちょっと違うようだ。
17:28 浄蓮の滝。高さ25m、滝つぼの深さ15m。入口から沢に下りていくと、気温がぐっと下がるのがありありとわかる。沢の水に足を浸して休むが、水が冷たくて1分と持たない。バスまで30分ほどあるのでのんびり休む。休んだ後、再び沢の道を登っていくと「あったかい…」と思う。それくらい滝のそばは涼しかった。
やってきたバスに乗ると、客は僕ひとりで、問われるままに天城高原ゴルフコースから山を歩いてきたと答えると、運転士は、懐かしいな、自分は昔伊東の営業所にいてあの路線を運転していた、あのゴルフ場は会員制の高級クラブなのでトイレも貸してくれなかった、細い山道ですれ違う車も高級車ばかり、運転に気を使った…等々と、いろいろお喋りをした。今朝ゴルフ場まで乗ったバス(同じ東海バス)の運転士が無愛想だった(乗る時に「整理券は取らなくていいですか?」と訊くと「ないない!」とぶっきらぼうに答えるような)のに比べてえらい違いだ。6分ほどで湯ヶ島温泉に着く。今晩は湯ヶ島温泉泊。今日歩いたのはおよそ28km。


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