いいよね、ペンギン。
バカで。
動物園に行って、一番楽しみなのがペンギン舎。
子どもが水槽の前で、傘やら何やらをグルグル回すと、
それに付き合ってグルグル泳ぎ回るペンギン。
あぁ、何と素敵な無防備さ&単純さ。
ずっと見ていても飽きない。
で、そんなペンギンの名前が冠された映画が、上映されている。
『皇帝ペンギン』
フランスの映画。
ドキュメンタリーらしいね。
ヒナの姿が愛らしいね。
なんか健気ならしいね。
その程度の予備知識だけを持って、劇場へ行った。
一緒に行った友人のT(仮名)は、「皇帝ペンギンのヒナ」フェチ。
テレビCMを見て泣いたらしい。
さて、本編。
『皇帝の行進』という意味の原題にふさわしく、
ペンギンの行進姿が早々に始まる。
海から氷上にやってきて、あの短い足でよちよち歩くコウテイペンギン。
うむ、愛らしい。
といっても、もちろん媚びを売るための行進ではなく、
彼らは産卵→子育てという絶対的な命題を抱えている。
安全な産卵場所は、彼らの生活場所から相当離れている。
あっと、ここでひと言。
以下の文章、数字的なものは曖昧なままにしてある。
公式サイトを見ればちゃんとしたことが書かれているはずなので、
客観的事実はそちらをあたっていただきたい。
僕も後で見るつもり。
先に見ておけば、詳細に書けるだろうけれども、
それだと映画の感想にならないものね。
情報の羅列に過ぎないわけで。
というわけで、以下曖昧表現のオンパレードとなることをご了承いただきたく。
話を戻して。
コウテイペンギンは、淡々と歩く。
すっころぶやつ、腹で滑っていくやつ、他のペンギンにぶつかるやつ。
見た目はユーモラス。
でもって、本人たちも「てへっ」くらいに思ってる場面はあるはず。
今後のなりゆきを思えば、一世一代、生死を別つ行程なんだけど、
人生(人じゃないけど、いいや)の100%がギリギリではないと思うんだ。
きっと、彼らは彼らなりの遊びもやっているんだろう。
氷原の四方八方から、たくさんの群れがやってきて、
それがまたひとつの行列に集約される。
ペンギンにはリーダーがいないらしい。
体内に方位磁石を持っているのか、
星で包囲を判別しているのか、
何かの匂いをかぎ取っているのか、
それこそ生命の神秘ってやつなのか、
ともあれ、彼らはある場所を目指す。
さぁ、着いた。
さぁ、出産だ。
とは、もちろんならない。
生まれた生命が、♂か♀かに別れて、
またそれぞれがくっついて新たな生命を生み出す。
なんて面倒なことを、と思う。
確か単細胞生物は、分裂するだけでいいんだよね。
そこから進化を遂げているはずの生物のほうが、
でも生殖の段階ではやっかいなことになってる。
進化するって、単純に先天的な情報だけでは足りないんだろうね。
1=1でもなく、1+1=2でもなく、あえて1+1=1を選んでるってことは、
同じ1でも濃密な1を作ろうってことなんだろう。
切り捨てれば1だけど、実は1.9くらいあるんだよ、みたいな1を。
コウテイペンギンたちは、産卵場所に着いてからパートナーを探す。
♂をめぐって、♀が争うんだって。
どついたり、短い羽根ではたいたり。
でも見た目はユーモラス。
そうして繋がった♂と♀が、ダンスを踊る。
首を傾げて、おでこ(ではないと思うが)をくっつけて、鳴いて、羽ばたいて。
まるで、二人だけの合図を決めているみたいだ。
文部科学省推薦の映画なのか、交尾のシーンはなし。
そういうところも見たかったのに。
いやらしい意味ではなく。
で、交尾から数ヶ月後。
♀が卵を産む。
ここで見せるアクロバットが必見。
♀が股の間、両足の上で挟み込んでいる卵を、♂に渡す。
両手で掴んで「ほらよ」と渡せれば早いが、いかんせん彼らの両羽は短い。
どうするか。
卵をいったん地面に落として、♂が素早く足で抱え込もうとするのです。
が、素早くといってもペンギンのこと。
くちばしをぎこちなく使っても、すんなりとはいかない。
時間がかかりすぎると、卵は凍り、中に宿った命も凍りつく。
受け渡しに失敗したペンギン。
呆然と立ちすくみ、凍った卵をこつこつとくちばしでつつく姿は、
この世のすべてから切り離されたような寂しさを感じさせる。
うまく卵を受け渡せたカップルは、さてここからが次の段階。
身軽になった♀は、その場を後にして、餌を求めて旅立つ。
氷と障害物とに覆われたその場所は、
産卵に適しても、餌(=魚)の獲得は難しい。
だったら、もっと海の近くで産めばと思うのだけれど、
餌というメリットより、安全な子育てというメリットのほうが、
上回るってことなんだろうなぁ。
で、もと来た道を戻っていくわけです。
♀ペンギンの行進。餌を求める行進。
残された♂ペンギンには三重苦が待ちかまえている。
ペンギンの出産時期は冬。
ただでさえ寒い南極で、しかも冬。
その寒さに耐えることが、苦労のひとつ。
でもって、彼らの股には大事な卵がある。
それを地面に落とさないようにしなくてはならない。
さらに、彼らは♀が戻ってくるまで、餌をとらない。
新雪を食べて、水分を補給するだけ。
喰わず、落とさず、凍えず。
ただひたすらに保温機という存在になって、彼らは耐える。
バナナも凍るであろうブリザードの中、
群れを作って互いの体温で暖まり、
外周にいる仲間を凍えさせぬよう、
ローテーションをおこない、
孵化を、♀の戻りを、ただ待つ。
幾千の吹雪が過ぎ、その風速がようやく緩んできた頃、
卵の殻を破り、ヒナが顔を覗かす。
隣で見ていた友人T(仮名)が、おそらく身悶えしたであろうひととき。
僕も思わず「かわいいなぁ」とつぶやいた。
動物のヒナという存在は、種を超えて「かわいい」ものらしい。
♀の母性本能をかき立てるためには、それが大事なのだ。
鑑賞後、友人T(仮名)が潤んだ目でそう言っていた。
満を持して戻ってくる♀たち。
ダンスパートナーを探し、産まれたばかりの我が子と対面を果たす。
♂たちもさぞ嬉しかろう。
しかし、永久に戻ってこない♀もいる。
餌をとりに行ったはずなのに、
自らが他の動物の餌になってしまった♀ペンギン。
命綱を失い、取り残された♂とヒナは、そのまま死ぬ運命にある。
喜びのすぐ横で生まれる悲劇。
それが現実。
♀と入れ替わりに、今度は♂が旅に出る。
圧倒的であろう空腹に耐え、餌を求めて行進する。
世界でもっとも弱々しい皇帝だな。
でも、お疲れさま。
命を張って、君たちは頑張ったのだね。
ここからしばらく、ヒナのかわいいでショーのオンパレード。
きょろきょろとあたりを見回し、ちょこちょこ歩いてはすっころび、
よちよちと母親の足下に戻り、よいしょっと股の間に入り込む。
この一連のヒナ行動を見て、口元が緩まない人は、
相当に心の余裕がないと自覚したほうがいい。
圧倒的にかわいいぞ、ヒナ。
とはいえ、子育ては楽なことばかりじゃない。
か弱いヒナを狙って、空から舞い降りてくる鳥。
慌てて逃げるヒナ。
群れを作り、成鳥の♀の元に集まる。
さぁ、害鳥と♀ペンギンとのバトルか!
…と思いきや、単に威嚇するだけの♀ペンギン。
やがて1匹のヒナが掴まり、食べられてしまう。
もっと全力で追い払えよ!と思うわけだが、
いやいや、これもひとつの智慧なのかとも思う。
なにせ捕食する側の鳥も命がかかっている。
喰えなかったら、死ぬのだから。
コウテイペンギンにしたって、魚を補食してるんだものね。
食べる、食べられる。
食物連鎖とひと言でくくればそれまでだけれども、
今こうして映画で見ている人間さまが、
ペンギンに肩入れしているのが何となくおかしい。
ヒナは、やがて子ペンギン→小ペンギンという感じで、
見た目もそれっぽくなってくる。
映画は、小ペンギンたちだけで海に飛び込むところで終わる。
そこからさらに大人のペンギンになるまで4年くらいかかるぞ、
みたいなテロップが出て、エンディングテーマ。
映画館自体が南極並みに寒かったのは、演出過剰。
友人T(仮名)がシャーベットになりかかっていた。
が、それを差し引いても(引かなくてよい)、いい映画だった。
文部科学省推薦云々はどうでもよろしい。
ペンギンの愛らしさを見るだけでもいいと思う。
いっときの涼しさを求めて来るだけでもいいと思う。
どんな動機にせよ、
見た目ほのぼの&やることシビアのコウテイペンギンたちを見たら、
何かしら胸に込み上げてくるはず。
水族館でのほほんとたたずむペンギンの姿は、
デーモン木暮を凌ぐ「世を忍ぶ仮の姿」なのだよ。
彼らの羽は飛ぶ能力を失ってしまった。
その代わりに、極地の寒さと極限の飢えに耐え、
生きる能力を手に入れた。
コウテイペンギンは、
卵を、生まれたヒナを、
いとおしく抱きしめる。
短すぎる羽ではなく、広く暖かな股ぐらで。
それも、ひとつの愛のカタチ。
コメント一覧
mr-real-estate
まりも様
最新の画像もっと見る
最近の「映画」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事