萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第80話 端月act.9-another,side story「陽はまた昇る」

2014-12-12 22:35:07 | 陽はまた昇るanother,side story
token 時の贈物



第80話 端月act.9-another,side story「陽はまた昇る」

テラスの陽だまり、四葉のクローバーが金色きらめく。

きらきら黄金ゆれて温かい、金属なのに優しいのは元の持ち主の体温だろうか?
青いビロードできらめく金色の栞、リボンかけた平たい小箱、それから紅い小さなアルバムひとつ。
窓の木洩陽やわらかな三つの品は寄木細工の手箱に並んでいる、その一つずつに母が笑ってくれた。

「どれも綺麗ね…周、この栞ちょっと似てると思わない?」

ほら、母も同じこと想うんだ?
うれしくて籐椅子に座り直しながら笑いかけた。

「ん、僕も似てるって思ったんだ…だから嬉しくて、」
「お母さんも嬉しいわ、だからお父さんあの時あんなに喜んだのかな?」

黒目がちの瞳が微笑んで記憶をなぞる、その懐かしい幸福に周太も笑った。

「僕が初めて選んだプレゼントだったね、小学校1年生のクリスマス…銀座だった?」
「そうよ、銀座の文房具屋さんで見つけたわ、」

金色の栞に母も記憶を紡いでくれる。
透かし彫りの四葉は懐かしくて、そこにある幸福をアルトが微笑んだ。

「周は水色のコートと帽子が可愛かったわ、通信簿をお父さんに見せるの楽しみで、ショーウィンドウに描かれた雪の結晶を喜んでる貌が本当に天使みたいで。新宿の駅の雑貨屋さんでガラスのオーナメントを見つけたのよ、今年も周の部屋に飾ったわ、お父さんがくれたゴールドクレストを置いて、」

懐かしい温かい時間を金色のクローバーに笑ってくれる。
あれから17年経ってしまった、もう遠くて、けれど温もり遺す時間に笑いかけた。

「ありがとう…クリスマスも帰って来られなくてごめんね?」
「大丈夫よ、お母さんも会社でクリスマス会だったし。周から素敵なカードも届いたしね、」

アルト楽しそうに笑って黒目がちの瞳が微笑んでくれる。
眼差しは17年前より深くやわらかになった、そんな母の瞳がすこし悪戯っぽく微笑んだ。

「ねえ周?あのクリスマスのとき天使に逢ったことは憶えてる?」

天使に逢った?

言われた言葉が時を遡る。
あの日は初めてあった人と話をした、その顔は遠くて、けれど白いコートに微笑んだ。

「白いコート着たお兄さんだね?お医者さんの勉強してるって話してた…雪だるまの絆創膏を貼ってくれたひと、」
「そうよ?ほんとうに綺麗な医学生さんでね、周はお礼にオーナメントをプレゼントしたの、」

アルトやわらかに笑って頷いてくれる。
優しい瞳は幸せそうで、そんな貌に謝りたくて笑いかけた。

「お母さん、僕ずっと昔のこと忘れていたでしょう?去年の今頃まで…ごめんなさい、」

ごめんなさい、本当に。

こんなふうに想い出を話す幸福すら母から奪っていた。
そう今改めて気づかされて、ただ謝りたい想いに黒目がちの瞳が微笑んだ。

「幸せすぎたから忘れる必要があったのよ、周は優しすぎるから。そういうこともあるわ、」

優しすぎるのはきっと、母だ。

そう言いたいけれど声なんだか詰まってしまう。
いま口開いたら泣くだろうな?そんな本音に母が微笑んだ。

「お義母さまは本当に読書が好きな方ね、この金色の栞とても大事にしていた感じだもの?馨さんも本が大好きだったし、」

あ、同じこと母も想うんだ?
嬉しくて呼吸ゆっくり治めると笑いかけた。

「ね、お母さんもこの栞はお祖母さんが使ってたと思う?」
「思うわ、小さいけれど傷があるもの?とても大事にしているから周にあげたかったのよ、きっと、」

白い便箋を眺めながら応えてくれる、その言葉が温かい。
いま母も手紙から祖母と話しているのだろうか、そう見つめるまま優しい笑顔が尋ねた。

「周、このリボンの箱とアルバムは開いてみたの?」
「まだだよ、お母さんと見ようと思って…箱から開いてみるね、」

笑いかけて、そっと手箱に手を入れる。
指先やわらかなビロードふれて温かい、この感触すら祖母を見つめてリボンの箱を出した。

「お母さんはこれ、なんだと思う?」
「そうね、学問に役立つ贈物ってお手紙にはあるけど。新しく買ってくださった雰囲気ね、リボンも青が綺麗なままで、」

考えながら楽しげに推理してくれる。
こんな楽しい時間も祖母は贈ってくれた、その感謝とリボンほどき箱を開けた。

「レザーのケースね、もしかして?」

心当たりがある、そんなトーンに母を見てしまう。
黒目がちの瞳は楽しげに「早く?」と促す、そのままケース開きため息吐いた。

「…お父さんの万年筆とおんなじ、」

ライン美しい黒い万年筆、ポイントには銀色やわらかに煌めかす。
同じものが今も書斎机には納めてある、この見慣れた筆記具に母が微笑んだ。

「お父さんのと一緒に買ったのかもしれないわ、親子おそろいにしてあげたくて。お義母さまからのプレゼントだって言ってたもの、」

息子と孫のプレゼントを選んだ日、そのとき祖母はどんな想いだったろう?
そこにある願いも祈りも温かくて、幸せで、幸せな分だけ申し訳なくて声こぼれた。

「僕…ほんとに警察官になったらダメだったね、こんなにお祖母さんは信じてくれたのに、僕が学者になるって…お父さんもお母さんも…ごめんなさい、」

栞は知識を読む、万年筆は知識を綴る。
それが何を意味するかなんて一つしかない、その真直ぐな祈りに微笑んだ。

「お母さん、ペンは剣より強いって言うでしょう?それを伝えてくれてるんだよ、きっと…だって戦争を知ってる人なんだもの、それに」

それに、祖母は何か事情を気づいていたのだろう?

―きっとそう、だから僕にメッセージを遺してくれたんだ、ペンを選びなさいって、

手紙を書いてくれたのは父が「まだ文字も読めないはずの赤ちゃん」だと記されている。
だから五十年前の事件はまだ起きていなくて、それでも祖母は何か気づいていたのかもしれない?
そんなふう想えてしまうのは写真の眼差し、父そっくりに聡明な深い瞳がすこしだけ哀しく見えるせいだ。
この哀しみは早逝の運命だけじゃない、そう想わされる凛とした筆跡に母は微笑んだ。

「お義母さまは今も周を信じてると思うわ、だから今も大学で勉強するチャンスをもらえたのよ、青木先生と、田嶋先生にも出会えて、」

きっとそうよ?
そんなふう笑いかけてくれる瞳は明るい。
こんなふうに祖母も父に笑ったのだろうか、その時間を見つめるまま母は微笑んだ。

「お義母さまはお義父さまの教え子でしょう?それなら田嶋先生はお義母さまの後輩だわ、教え子で後輩な人に周は教わってるのよ、そういう幸運もお義母さまが周とずっと一緒にいてくれてる証拠だと思うな、お手紙にも書いてあるもの?」

想い、言葉にしながら便箋そっと封筒にしまってくれる。
白い指先は変わらず優しくて、その大好きな笑顔に笑いかけた。

「お母さん、僕もお母さんとずっと一緒にいるよ?お父さんの分も、」

祖母は父を遺して早逝した、それは父が自分を遺した姿と同じだ。
そこに母は哀しみを見ただろう、だから願う約束に黒目がちの瞳は微笑んだ。

「あら周、ちゃんと親離れ子離れできるように育てたつもりなのに?」
「そうだけどいいの…僕は僕だし、」

笑いかけながら改めて自覚してしまう、こんなに自分は「家族」が慕わしい。

―こういうのマザコンって言われるんだろうけど、でも僕は僕だもの、

24歳の男が母親から離れない、そんなの「変」だと言われるだろう。
それでも母の幸せを護らせてほしい、それは父と祖母の願いでもある。
そう伝えてくれた五十年の手箱は温かい、この贈物が嬉しくて笑いかけた。

「お母さん、アルバムも開いて見よう?お父さんもきっと写ってるよ、」
「ええ、見せて?周の小さい頃と似てるかな、」

嬉しそうに笑って籐椅子を寄せてくれる。
ふわり花のような香あまくて、この昔馴染みにほっとしながら謎ひとつ掠めた。

そういえば何故、この家には古いアルバムが無いのだろう?

「ほら周、この笑顔なんか周そっくりよ?」
「ん、なんか嬉しいな…あ、これ曾お祖母さんかな?お母さんとなんか似てるよ、」
「そう?私こんなに上品かしら、お嬢様って雰囲気よ?」

ふたり笑いあってページ繰る、その指先に陽だまり温かい。
明るい光のなか幸せな時間の形見めくりながら、けれど考えてしまう。

―どこかにあるはずだよね、お祖母さんのアルバムだってこうしてあるのに…お祖父さんのが無いなんて変、

こうして祖母のアルバムがあるなら他にもあるはず、けれど家中どこの本棚にもない。
あるのは母が嫁いだ頃からの25年分だけ、でも家が古い時間の分だけアルバムも保管されるはず。
そんな思案と眺める一冊は、その隠されていた場所に秘密と謎はかすかに囁く。

―隠し棚にお祖母さんは置いてたもの、どこか他にも?

あるはずのアルバムたち、その隠し場所と隠した理由と、隠したのは誰?


(to be continued)

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