萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第35話 曙光act.2―side story「陽はまた昇る」

2012-02-28 22:22:19 | 陽はまた昇るside story
ことなる色であったとしても




第35話 曙光act.2―side story「陽はまた昇る」

ふっと瞼にふれた光の温もりに英二は目を覚ました。
艶やかな黒栗の床が曙光に映えて輝いている。磨き抜かれた床色に、ここが国村の屋根裏部屋だと想いだし微笑んだ。
布団に横になったままの背中には、おだやかな鼓動と体温がカットソー越しにふれてくる。
そっと肩越しに振り返ると、秀麗な顔が安らかな寝息に眠りこんでいた。
美しくて、どこかあどけない寝顔に英二はそっと微笑んだ。

「…こどもだな、ほんと…しっかり、くっついて」

昨夜の国村は泣き止んで酒を呑み始めても、ずっと英二の背中にくっついていた。
英二の肩越しに腕を伸ばしては漬物をつまんで、酒を満たした蕎麦猪口にご満悦でいる。
そうやって時おり自分の肩から伸びてくる腕が二人羽織みたいで可笑しかった。
こうまでして背中にべったりくっつく国村が可笑しくて英二は笑ってしまった。

「なあ?呑む時までさ、くっついてるのかよ?」
「うん、このほうが温いだろ?なんか不都合でもあるわけ?」

飄々といつもの調子で答える様子と、甘える子供のようにくっついている現況のギャップが可笑しかった。
なんか不都合があったらどうするのかな?すこし考えて英二は言ってみた。

「俺、さっきからずっと肩越しに話してるだろ?ちょっと首が痛くなりそうだけど?」

かるい不都合を言って英二は微笑んだ。
さあどうするのかな?そう見ている英二に底抜けに明るい目は頷いた。
そして右肩から顔を離すと、こんどは左肩に顔をのせて楽しげに英二に笑いかけた。

「これならさ、逆に顔を動かすから、痛いのとれるだろ?」

そんな調子で国村は「遠慮なく抱きついていい」と英二が言ったとおり素直に抱きついていた。
いつも御岳駐在所に勉強を教わりに来る秀介でも、ここまでは甘えない。
こいつ小学1年生より子どもだな?昨夜の国村を思い出して、ちょっと英二は笑った。

「…ほんとにさ?寝る時までって、思わなかったな?」

酒も終わって、国村の祖母が延べてくれた布団に入った英二はまた背中から掴まった。
どうしたのかと訊く間もなく国村は、さっさと布団に入ると背中から抱きついて落ち着いてしまった。
背の高い英二のために大きめの布団を用意してくれてあった、それでもお互い身長180cm超える同士が並べば狭い。
あまりのことに英二は笑ってしまった。

「なあ?ちょっと狭いだろ、さすがに。おまえ、自分のベッドで寝ろよ?」

笑いながら肩越しに提案すると底抜けに明るい目が愉しげに笑って見返してくる。
さも当然と言わんばかりに国村は、きれいなテノールの声を艶めかせて言った。

「今夜はね、俺たちがアンザイレンパートナーだって公認された記念の“初夜”だろ?ちゃんと同衾して、お祝いしないと、ね?み・や・た」

さも可笑しそうに細い目が悪戯っ子に笑っている。
また大好きなエロトークを愉しむつもりなのだろう、ちょっと笑って英二も乗ってやった。

「ごめん、俺、知らなかった…心の準備が出来ていないから、ちょっと今夜は勘弁して?」

すこし気恥ずかしげな顔で英二は答えてみた。
そんな英二の顔を見て愉しそうに笑うと、雰囲気を出しながら抱きついてエロトークで微笑んだ。

「ダメだよ?この俺と公認の仲になりますって、おまえは宣誓しちゃったんだからね?
生涯伴侶となる誓いの初夜なんだ…今夜はね、こうすること解っていたはずだろ?さ、俺に任せて大人しくして?可愛い俺のパートナー」

嫣然と微笑む国村に、英二も笑いかけた。
どうして国村がエロトークをしかけ始めたのか英二には気持ちが解る。
きっと一緒に愉しんで笑いあうことでアンザイレンパートナーとして友人として絆を固めたい。
そんな想いが今お互いにある。

今夜、思い切って国村は、重たい苦しみを隠さず話してくれた。
美代のこと、周太のこと、この大切なふたりへの罪悪感。そして英二に対する罪悪感と離れたくない想い。
そうした自身の隠したい想いと罪の意識すべてを話して、それでも受けとめ信頼し合えるか問うてくれた。
そしてお互いに「山の秘密」以外は隠すこと無くいようと確かめ合って、アンザイレンパートナーの絆を繋いだ。
こんな洗いざらいの話と真剣に向き合った。

そんな後は、どこか照れそうで途惑いも生まれそうになる。
それを国村は一緒に笑い飛ばそうとしている、そんな照れ隠しと愉快な明るさが楽しくて英二は微笑んだ。
さっき話した過去と「これから」を互いの心に馴染ませるために笑えたら、きっと楽しい。
もう今夜はとことん乗っかって笑おうかな?笑って英二は国村のトーンに合せた。

「お願い、待って?ほんとに、なにも知らなくて…ね?疲れたし、今夜はこのまま寝かせて?」
「初心で可愛いね?そそられちゃうな…やっぱり寝かせてあげられない。
これからね、愉しい時間だよ?知らないコト、ぜんぶ俺が教えてあげる。一生ずっと可愛がってやるからね」

可笑しそうに笑った目でも嫣然と微笑んで、肩越しから英二を覗きこんでくる。
いま可笑しくって愉しくって仕方ない、そんな底抜けに明るい目をしながらも雪白の肌うつくしい顔が凄艶だった。
こんな艶めいた雰囲気で迫られたら、墜ちるひとは多いだろうな?そんな感想を想いながら英二は微笑んだ。

「だめ、待って?一生、って約束なら、今夜に、なんて、急がなくっても…お願い、待って?」
「待てない…俺は、ずっと今夜を待っていたんだから。さ、もうお喋りは無しだよ?今夜はね、イイこといっぱい教えてあげる」

艶めいたテノールの声で囁いて、しっかり英二に抱きついて国村は微笑んでくる。
こんなことが好きなんて困ったアンザイレンパートナーだ?可笑しくて英二は笑ってしまった。

「待っていてくれたのは、うれしいけどさ?イイことって、どんなことだよ」
「あれ?ホントに教えてほしいんだ、宮田?じゃ、ちょっとコレ脱がしちゃうけどイイ?」

からり笑って白い指がカットソーとカラーパンツに伸びてくる。
その手を握りこんで動きを封じながら英二は笑った。

「ダメ、脱いだら寒い、風邪ひくだろ?そしたら俺、北岳に行けなくなる。困るからダメ」

雪山に行けなくなる、これはてきめんに効いたらしい。
呆気ないほど簡単に指を離すと国村は、また元通りに背中から抱きついて無邪気に笑った。

「うん、そうだね?じゃ、雪山シーズン終わったらさ、この続きはやろうな?」
「シーズン終わっても、この続きはやらなくていいよ?」

いかにも愉しげな笑顔に英二は、きっぱりと告げて微笑んだ。
けれど無邪気で楽しげな笑顔も「嫌だね」と、きっぱり意思表示を告げてきた。

「嫌だね、こんな愉しいこと止めたくないね。こんな最高の別嬪とエロトーク実演つきなんてさ、最高のお愉しみなんだからね」
「嫌だよ、俺、周太がいい。でも俺、おまえのためにも周太にしないって、我慢してるんだからさ。ほっといてくれよ?」
「俺のためって言うならさ、なおさら遠慮するなよ。おまえだったらね、いくらでも可愛がってイイ想いさせてやるよ?」
「いらない、遠慮じゃなくて要らない、ほんとに要らない、」
「ふうん?でもさ、試しちゃったら、ハマるんじゃない?真面目人間ほどハマるっていうしね…試そう?み・や・た」
「試さない、要らない、真面目だから無理、」
「俺は『要る』し、試したいね。大好きな宮田のためにさ、いっぱい可愛がるよ?」

お互い笑いながら問答を繰り返して、国村はずっと背中にくっついていた。
そんなふうに抱きついたまま国村は離れないで今に至っている。
すっかり英二に懐いてしまった。そんな雰囲気の無防備で無垢な寝顔が幼げで、きれいだった。

「…ほんと、俺のこと、好きでいてくれるんだな?」

こうして寝顔を見ていると「弟」のような気持にもさせられて英二は微笑んだ。
吉村医師の次男で山ヤの医学生だった雅樹のことを国村は兄のように慕っていた。
その雅樹と英二は似ているとよく言われる、外見的な雰囲気も性質も共通点が多いらしい。
それにまた、ひとりっこ長男で両親も失っている国村は甘えて頼れる「兄」の存在に憧れる想いがあっても当然だろう。

きっと国村も寂しかったのだろうな。
そんな孤独を想うほど、国村が周太へ寄せる一途な想いを叶えてもあげたくなってしまう。
けれどこの国村の家の造りは由緒ある旧家であることを示している。
こうした家の長男である国村が、もし公的にも周太と生きようとすれば「家」を傷つけずに済ますことは不可能に近いだろう。
この「家」を守り、孫の成長と幸せを実直に守ってきた国村の祖父母たちの温かな笑顔を想うと、そんな傷は哀しく辛い。
それは大らかで繊細に優しい国村にとって苦しみになってしまうだろう。

どうしたらいいのだろう?
ふっとため息を吐きかけた英二の目に、きれいな曙光が床にまばゆいだ。
曙光のまばゆい美しさが、いま哀しみと悩みへ落ちかけた心を拭うように慰めてくれる。
きっと何か良い方法が見つけられる?そんな予兆をふっと曙の色彩に見つめて英二は微笑んだ。
この光の雰囲気はきっと6時位だろうな?クライマーウォッチに手を伸ばしかけて動きが止められた。

「…ん、」

かすかな吐息と長い腕に捉まえられて、英二はまた肩越しに振り向いた。
背中は無邪気な顔でねむる大きな子どもに抱きつかれて動けない。
すこし困ったなと思いながらも、なんとか掴めた携帯を静かに開いた。
昨夜の受信メールから返信にして手早く美代への返事を書き上げていく。
待ち合わせの時間と場所の提案を送信したとき、ふっと着信ランプが点灯して英二は微笑んだ。
きっと当番勤務あいまの休憩時間なのだろう、すぐ繋いだ電話の向こうへ笑いかけた。

「おはよう、周太」
「ん…おはよう、英二。起きていたの?」

気恥ずかしげな声が朝のあいさつを贈ってくれる。
どこか含羞んだトーンに相変わらず幸せな気持ちにさせられながら英二は笑った。

「うん、さっき起きて、美代さんへメールしたとこ」
「ん、…ごめんね?俺、勝手に英二の予定を話して…」

この話をしたくて周太は電話をくれたのだろう。
謝る必要はないのにな?笑って英二は答えた。

「大丈夫だよ、周太。美代さんなら、別に構わないよ?午前中は俺、訓練があるから無理だけど、午後なら空けられるから」

英二は週休の日は後藤の個人訓練か吉村医師の講習を受けている。
今日は土曜日で吉村医師は休日に当る、それで後藤が午前中だけでもと時間を作ってくれた。
そのあと国村との自主トレーニングに行っても13時には青梅署に戻れるだろう。
そんな時間の計算をしながら話した英二に、ちいさく驚くような吐息が聞こえた。

「あ…、行くことにしたの、英二?」

意外だった、そんな空気を感じられる周太のトーンに英二はすこし驚いた。
美代に英二と行くよう提案したのは周太、なのに意外だったのかな?英二は訊いてみた。

「うん、美代さん映画、楽しみにしてたみたいだし。ダメだったかな、周太?」
「ん…ううん、俺がね、誘ってもらったのに行けなくて。それで、今日は英二は訓練が午前だけって聴いていたから…」

言ってくれる声がどことなく元気がない。
もしかして?ちらっと想ったことを英二は素直に口にした。

「ね、周太?すこしはね、妬いてくれているの?」

ちいさな吐息が電話をとおして届いてくれる。
なんて答えてくれるのかな?すこしの間のあとで気恥ずかしげな声が答えてくれた。

「ん、嫉妬しちゃった…自分で言ったのに、わがままだよね?」

わがままも嫉妬も嬉しい、素直な喜びに英二は微笑んだ。

「周太、嫉妬してくれるんだね、うれしいよ?俺のこと、まだ少しでも好きでいてくれるんだな、って想える」

まさか、嫉妬してもらえるなんて思っていなかった。
嫌がる周太を無理やりに犯した自分を、「誰かにとられたくない」と少しでも想ってもらえるなんて?
いまもう本当の初恋を想い出して、その想いに生きている周太。それでもまだ自分を少しでも想ってもらえるなんて?
この「少しでも」が嬉しくて素直に笑った英二に、気恥ずかしげな声が言ってくれた。

「ん、好きだよ?英二…いま他のひとを好きで、身勝手だけど、でも、ほんとうに…英二をね、愛してるんだ」

愛してる。
まだそう言って貰える、それだけで自分はこんなに嬉しい。
嬉しくて、ただ幸せで微笑んで、英二はきれいに笑った。

「ありがとう、周太?その言葉をね、聴けただけでも俺は幸せだよ?…だから、
ね、周太?正直に言ってほしい。俺は美代さんと映画に行ってもいいの?ほんとうに俺、美代さんとデーとしていいのかな?」

そっと息を吐く気配が伝わってくる。
英二は周太と出会ってから、周太以外の誰とも「デート」はしていない。
だから美代とデートする今日が周太にとって「初めて英二が他の人とデートする」ことになる。
こんな初めては本当は無い方がよかった、そんなふうに思う反面で、自分はきっと美代の気持ちも解ってしまう。
だから会って話を聴いてあげたいとも思う。
こんな想いのはざまに微笑んでいる英二に、ひとつ呼吸すると周太は言ってくれた。

「ん…ね、お願い、英二。美代さんの話、聴いてあげて?」
「うん、わかった。じゃあ、美代さんのこと、たくさん笑顔にしてくるな?」
「ん、してあげて?だって…きっと、俺の所為だから、」

哀しそうな声で告げて、ふっと言葉は途切れてしまった。
そんなに自分を責めないでほしい、そっと英二は周太に話しかけた。

「違うよ、周太?きっとね、周太の所為じゃない。美代さんにも『時』が来たんだよ、それだけだから」
「ん、…『時』?」

「そう、美代さんね。きっと今、いろんな話を聴いてみたい『時』なんだ。
だから、周太の所為とかじゃないよ?周太と国村が再会したように『時』が来たんだよ。ただそれだけのことだ、」

きっと美代にも「時」が来た、国村との関係を見直していく、そんなときなのだろう。
自分が周太への愛情を見つめなおしたように、美代も国村への想いを見つめなおす。
きっとそういう瞬間は誰にもあるのだろう、きれいに笑いかけて英二は電話越し周太に告げた。

「だからね、周太?周太が悪いとかは全くないよ、誰も悪くない。
それにね、周太。俺はね、周太がいちばん大事だよ?だから嫉妬も嬉しい、わがままも嬉しいんだ。もっと甘えて?」

うれしそうな気配が電話越し届いてくれる。
こんな小さなことでも幸せを感じられる「今」は自分にとって幸せなんだろうな?微笑んだ英二に周太が訊いてくれた。

「ん、ありがとう、俺もうね、いっぱい甘えてる…ね、英二?ゆうべは国村の家に泊まったんだよね…?いまどこで話しているの?」
「うん、まだ布団の中だよ?」

素直に答えた英二の肩に、トン、とかるく重みがかかった。
そしてテノールの声が透って電話へと笑いかけた。

「おはよう、周太?宮田はね、いま、俺の腕のなかにいるんだよ?」

「…え、」

ちいさな声の驚きが携帯越しに伝わって途惑いが一緒にながれこむ。
この途惑いが可哀想で、けれどなんて言ってくれるのかも聴いてみたくて、ふいっと英二は黙り込んだ。
そっと振向いた肩からは愉しげな底抜けに明るい目が「なんて言うと思う?」と笑ってくる。
また国村の転がし癖が出たんだな?ちょっと笑った英二の耳に、哀しげな吐息まじりの声が届いた。

「…ね、えいじ…英二は、国村と、あの…したかった、の?」

そうだよ。
そう言ったらなんて答えるのだろう?
でも嘘をつくのも嫌で口を開きかけたとき、肩ごしにテノールの声が言ってしまった。

「大好きな宮田が嫌がるのにさ、えっちしたりなんか俺は出来ない。君もそれはよく解っているはずだろ?」

底抜けに明るい目は笑っている、けれど声はきっぱりと迷いなく透って言い切った。
こんなふうに大切に思ってくれるのは嬉しい、でも周太が変に誤解したらどうするつもりだろう?
ちょっと意地悪すぎないのかなと口を開きかけたとき、哀しげでも決意した声が言ってくれた。

「ん、そうだね。ふたりが良いなら、それで良いんだ…ごめんね、邪魔しちゃって…」
「邪魔なんかじゃないよ、周太。君の電話は大歓迎だね、声、聴けてうれしいよ。で、さ?教えてほしいんだけどね、周太」
「ん…なに?」

元気がない声がすこし涙ぐんで聞こえてしまう。
あんまりいじめ過ぎないでほしいな?そう肩越しに見ると底抜けに明るい目が笑いかけ、言ってくれた。

「あまえんぼうの俺は、一晩中ずっと宮田の背中に抱きついて眠っただけ、なんだけどさ?
さあ、聴かせてよ、周太?俺と宮田の状況についてね、君は一体どんな想像しちゃったのかな?そこんとこ詳しく教えてよ?」

愉しげにテノールの声が笑っている。
その声と言葉の内容に、ふっと電話の向こうで声が寛いだ。

「からかったの?…そう、よかっ…あ、」
「よかった、そう言おうとしたね、周太?ほら、素直になりなよね、俺と宮田がホントにえっちしちゃったらさ、嫌なくせに」
「ん、…ごめんなさい、でも俺…もう英二を止める権利とか、ないから…」

安堵と哀しみが入り混じった声に、ほっと英二は微笑んだ。
まだ自分の「体」を周太は想ってくれるのかな?
肩に乗っている笑顔へと笑いかけてから英二は電話の向こうへ問いかけた。

「周太、俺も聴かせてほしいよ?
俺が誰かと体を繋げることは嫌、まだそう想ってくれる?俺のこと、独り占めしたいって想ってくれるのかな?」

すこしの困惑と恥じる空気が届いてくる。
そしてちいさな勇気と一緒に大好きな声が言ってくれた。

「ん、独り占めしたい…他のひと好きな癖に、わがままで狡いけど、でも…俺だけの英二でいてほしい、それも本音…ごめんね、」
「わがまま言って、周太。本音を話してもらえると俺、うれしいよ?」
「ほんと?…ん、英二が『話す約束』をしてくれたから、俺、わがままも、本音も言いやすいよ?…ありがとう、英二」

この「わがまま」な独占欲は、いったいどんな想いから生まれているのか?
父親に対する想い、兄に対する想い、息子に対する想い。それとも恋愛なのか?
それはまだ周太自身にも解らない。10歳の子供と変わらない周太には、英二への「愛」の種類がまだ解らない。
それは美代もよく似て、国村への感情を一度も見つめ直したことが無い為に、美代自身「愛」の種類が解らない。
だから美代に少しでもヒントをあげられたら良いなと思う、やさしい想いに英二は口を開いた。

「うん、そう言って貰えると嬉しいよ?でね、周太。きっと美代さんは、俺と話してね?
美代さんにとって国村がどういう存在なのか、きちんと見つめて考えるヒントがほしいんだと思うんだけど。周太はどう思う?」

「ん、…そうだね?最近の美代さん、電話でも『私、どうしたいのだと思う?』って訊いてくれる…
でも、俺、よく解らなくて。それで英二なら解るのかな、って考えてて…だから、つい、英二を誘ったらって言っちゃったんだ」

すこし哀しげな困惑と甘えを大好きな声に聴いてしまう。
こんなふうに頼って貰えることも嬉しい、うれしい想いに微笑んで英二は、もういちど確認をした。

「頼ってくれたんだね、周太?うれしいよ。じゃあ一応、もう一度訊くよ?美代さんとデートして話を聴いて来て良いかな?」」
「ん、聴いてあげて?それでね、英二…帰ったら俺に、電話してほしい。待ってるから…」

美代と英二が会うことで何かが変わる?そんな不安が隠した溜息から伝わってくる。
たしかに変わるものはあるだろう、けれど英二が周太の隣にいることは変わらない。
周太の隣以外どこにも行かない、そう安心してほしくて英二は微笑んだ。

「わかった、ちゃんと帰って電話する。だから心配しないで?俺はね、周太のものだよ、それは変わらない。だから安心して?」
「ん…ありがとう、英二?約束、守ってくれてるんだね、…『必ず帰ってくる約束』まだ、守ってくれて…」

初雪の夜に結んだ「絶対の約束」は「周太の隣にどこからも必ず帰ること」だった。
あの約束も結んだ想いも、もう枯れることは無い。
たとえ周太がどんな道を選択しても、周太が望み続ける限り、自分はずっと周太の隣に帰る。
やわらかく耳にふれる大好きな声へと英二はきれいに笑いかけた。

「うん、周太。絶対の約束だろ?周太が望んでくれるなら、俺はずっと約束を守るよ。そう約束する、」

きれいに笑って英二は告げた。



河辺駅で美代と待ち合わせたのは13:30すぎだった。
御岳の国村の家から直接、後藤との訓練登山へ向かってヨコスズ尾根を登ると早めの昼食を終えた。
それから御岳駐在所へと後藤が送ってくれ、国村との自主トレーニングを終えて青梅署へと英二は戻った。
さっと汗を流して着替えると、いつものように蜂蜜オレンジ飴のパッケージとipod、文庫本を一冊、ポケットに入れる。
そしてブラックミリタリージャケットを羽織って英二は独身寮を出た。
駅のホームですこし待って約束の電車に乗ると、美代は座って熱心に本を読んでいた。

「こんにちは、美代さん、」

きれいに微笑んで英二は声を掛けた。
すぐ顔をあげた美代がいつものように明るく笑ってくれる。そして、ポンと隣の席を軽くたたいて勧めてくれた。

「こんにちは、宮田くん。ほんとに急で、ごめんね?迷惑じゃなかったかな?」
「大丈夫だよ?今日は午後は、特に予定いれてなかったから」

隣に座りながら笑いかけて、ふと美代の手元の表紙が目に付いた。
題名の雰囲気で果樹について書かれた本らしい、何気なく英二は訊いてみた。

「美代さんの家も、梅とか柚子をやってる?」
「そうなの、うちは柚子。柚子にも色んな種類があってね、花柚子とか…」

訊かれて楽しそうに美代は柚子の木について話し始めた。
柚子の木の特徴、なぜ棘があるのか?花の香、柚子の新しい商品。そして美代が愛する柚子の古木のこと。
英二は植物にそれほど詳しくは無い、けれど美代の話す柚子の木の話は楽しかった。

「種から育てるとね、結実まで10数年掛かってしまうのよ。だから、枳に接木して数年で収穫可能にするの」
「からたち、って棘がいっぱいある木だろ?へえ、棘のある木が、実を結ぶのを早くする…うん、人間みたいだね?」
「苦労が人を育てる、そういうこと?」
「そう。なんかね、俺って植物をさ、人間に見立てるとこあるんだ。周太の影響かな?」

いまごろ桜田門で手話講習会を受けているのだろうな?
ふと出した名前に懐かしく微笑んだ英二に、美代が笑いかけてくれた。

「ごめんね、宮田くん。ほんとは湯原くんと映画、行きたいよね?なのに、図々しくお願いしちゃって、」
「大丈夫だって、美代さん?周太、いまごろ真面目な警察官の顔して講習受けてる、元から逢えない予定だし。
それに俺、美代さんと話すのだって好きだからさ。俺、自分の意志で来たんだよ?そんな謝る必要ない、今日はよろしくね?」

思ったままを英二は率直に言った。
初めて会った時から美代は英二を「光ちゃんのパートナー」としては見ても、外見だけで判断はしていない。
そんな実直なきれいな瞳をした美代を英二は好きだった、だから国村のことでも何でも聴いてあげたいと思える。
ほんとに気にしないでよ?目で言いながら笑いかけると、素直に美代は頷いた。

「うん、ありがとう。じゃあね、遠慮なく楽しませてもらうね?」
「はい、楽しんで?」

大らかに笑って英二は頷いた。
ほっと安心したように明るい目で笑うと美代はチケットを見せてくれた。

「今回の映画のチケット、この辺だと新宿がいちばん近くて。
でも新宿でしょ?都会って感じで気後れしちゃって、映画は見たいけど行き難くって。
それもあって湯原くんと一緒に行きたかったの、湯原くんならお喋り楽しいし、新宿でも一緒に歩いていて楽しいだろうって」

きれいな瞳の無邪気な笑顔で美代は話してくれる。
ほんとうに美代は周太を大好きでいる、男も女も無く、ただお互いに友達として好きで一緒にいて楽しい。
そんな優しい関係が美代の無垢な表情から伺えて、英二は嬉しかった。

「この映画館なら学生時代に行ったよ、でも周太と一緒ほどには楽しませてあげれないかも?ごめんね、美代さん」
「ううん、宮田くんともね、お喋りしてみたかったの。湯原くんがいつも話してくれる宮田くんのこと、とても素敵だから」
「ありがとう、でも今日、ガッカリさせたらごめんね?」

代打で申し訳ないね?目で言いながら愉しいまま英二はきれいに笑った。
そんな英二に美代はすこし頬染めると、率直に言ってくれた。

「宮田くん、やっぱりすごく、かっこいいね?ちょっと緊張しちゃうな、いつも湯原くんも言ってるけど」
「そう?ありがとう。周太、なんて言ってるの?」

なんて言ってくれているのかな?聴いてみたくて英二は素直に尋ねた。
すると美代は笑って教えてくれた。

「すごく、きれいで見惚れちゃうって。やさしくて、我儘も受けとめてくれる、お願いを叶えてくれる。
きれいで頼もしくて、いつも援けてくれて、笑顔をたくさんくれるって。だからね、天使みたいにも思う、って湯原くんんは言うのよ?」

「天使?」

すこし驚いて英二は訊きかえした。
自分は周太に酷いことをした、それでも自分をそう言ってくれる事が意外だった。

「うん、天使。それでね、私もそうだなあって想ったのよ。あ、電車が着くね?」

話しているうちに青梅特快は新宿駅のホームへと入って行く。
美代と降りて歩きながら英二は、不思議だなと思った。

いつも新宿駅はひとりで降りるか周太を送る為に一緒に降りる。
けれど今日は美代とふたりで降りて周太の話をしている。
その周太は英二がよく知っている周太で、けれどすこし違う顔の周太だなと感じてしまう。
同じように、いつも周太と歩く新宿、けれど美代と歩く新宿はまた違う顔の街に感じるかもしれない。
きっと今日はいろいろ不思議な感じがするだろうな?そんなふうに考えながら英二は新宿駅改札を通った。



(to be continued)

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