昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十) 私、山村牧子と言います

2015-02-09 08:50:43 | 小説
降りしきる雨の道々、自己紹介をそれぞれしながら歩いた。
「ミタライさんって、おっしゃるの? 珍しいお名前ですのね」

笑いを噛み殺しながらの彼女に、彼はわざと拗ねたように答えた。
「いいんですよ、慣れてますから。みんな、一度は笑うんですから。でも、絶対に覚えてくれます」

「ククク…ごめんなさい。一度だけは許して下さいね。ククク。
あゝ、でも久しぶりに笑いました。
職場では、皆さん苦虫を噛みつぶしたようなお顔ばかりなんです。
実はね、警察に勤めているんですよ」

傘の中で腕が触れ合う度にドギマギしていた彼も、警察という言葉にビクリとした。
「警戒なさらないでね。婦警ではないのよ、事務職なんです。そうそう、私、山村牧子と言います」
「そうですか、婦警さんじゃないんですか。
じゃあ、安心だ。でも、制服姿の山村さんを見てみたい気もするなあ」

「あら? 何が安心なのかしら。何か、良からぬことを考えてらっしゃるの?」
正面を見据えたまま、牧子が問いただした。
怒っている風情のないことを確認してから、彼はさも慌てたように答えた。

「と、とんでもない。牧子さんに良からぬことだなんて。あっ、ごめんなさい。訂正します、山村さんに」
「いいんですよ、牧子で。私も、たけしさんとお呼びしますから。
私、こんな職業でしょう。堅苦しい呼び名は、職場だけで十分」
少し首を傾げながら、牧子は彼を覗き込んだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿