(吉岡一門 三)
しびれを切らした門人たちが、口々に
「遅い、遅いのお」「怖じ気づいたのであろう」
「刻限は伝えてあるよな」「もしかして文字が読めぬのか」と大きく笑いだした。
大地からの冷気が身体を冷やしていく。
足を踏みならす者や指に息を吹きかける者、互いの体をぶつけ合って暖をとる者もいた。
「少しは落ち着かぬか、見苦しいぞ」
「されど、こう冷えましては」
梶田の声かけにも、門人たちは従うことなく体を動かしつづけた。
「ムサシだ、ムサシが居るぞ!」
「せんせえい。ムサシが、後ろに」
本堂の欄干に足をかけたムサシがいた。
獣の皮で作った肩掛けで体を冷やさぬようにしている。
更に足首にも巻き付け、手には手ぬぐいが巻かれている。
「なんとも面妖な、まるで猟師ではないか。軟弱者が!」
一人の門人があざ笑った。
「これは笑止な。
肩や手を冷やすなど、武芸者たる者のなすべき事か。
なるほど分かったぞ。なればこその、なよなよ剣法か」
遠巻きにしている見物人にも聞こえよとばかりに、ムサシが声を張り上げた。
いきり立つ門人たちを制して、梶田が清十郎に耳打ちをした。
「これがムサシの手でございましょう。
どうぞ、お気になさらぬように。
怒りにお心を囚われては、剣に陰りが生まれまする」
「分かっておる。案外にムサシなる者、兵法者のようだな」
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