こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です
小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます
本日は「初めての酔っ払い」です
************************
乗務研修1日目を終え、とりあえずデビューを果たした。乗務研修はあと2回ある。
タクシードライバーのシフトは、昼間だけ走る者、夜だけ走る者、もいるが、大半のドライバーは朝から次の日の朝まで一晩中走る。一晩中走って朝帰ってくると、その日は「明番」といって、まあ休みみたいなものになる。次の日はまた「出番」になるので、よく体を休め、睡眠を十分にとっておかねばならない。
『寝るのも仕事だ』
と、先輩ドライバーにはよく言われた。
「出番」➡「明番」➡「出番」➡「明番」➡「出番」➡「明番」➡休み➡休み
だいたいこんな感じのシフトになることが多い。「明番」➡休み➡休みのところは、3連休に近い感覚だ。これで月12乗務、まれに13乗務になる。
この頃の都内タクシードライバーの、一日の平均運収は、43,000から45,000円くらいと言われていた。実感としてはもっと少ないように感じたが。
おれは、前職、そこそこの給料をもらっていたのだが、その金額は望むべくもない。だが、最低でも手取りで300,000円は稼ぎたいと考えていた。おれのいた会社では63%がドライバーに還元された。手取りで300,000円欲しい、と思えば、1日50,000円×12出番=600,000円、これの63%、支給額が378,000円、法定控除などを考えれば、これが最低ラインだ。だが、当時は、一日平均70,000円を超えるようなドライバーは数えるほどしかおらず、1日の運収が、月平均、50,000円を超えれば、まあ、いい方のドライバーであった。
さて、おれは新人だ。あまりそんなことを考えず、少なくとも1年間は総支給額で300,000円は保証されている、まだ2回目の乗務、無事故無違反が最優先だ。
前回の出番が日曜日、明番を終え、火曜日が2回目の乗務になった。おれは、やはり自分が好きな街、銀座から日本橋周辺を流してみる、日曜と違い、朝から結構な勤め人が街に出ている。順調、とは言えないまでも、前回よりは客を乗せることができた。その度に
『申し訳ございません、まだ経験が浅いもので道を教えていただけませんか』
そう言ってどうにかこなす。
新大橋通り、向きは汐留方面に向け、茅場町付近、30代半ばくらいのサラリーマンが手を上げる。
『東京駅まで』
『申し訳ございません、まだ経験が浅いもので道を教えていただけませんか』
『はあ!? ここから東京駅がわからないの!?』
『申し訳ございません…』
『えっとー、このまままっすぐ、八丁堀の交差点を右折、あとはまっすぐ』
後になればわかるが、おれがタクシーに乗って、タクシーの新人ドライバーの事情なんかを知らなければ、茅場町付近から東京駅がわからない、というドライバーに出くわしたらやはり驚いただろう。
夜になる。タクシーの稼ぎ時だ。深夜、上野付近を流している、一人の中年男が手を上げる。見るからに「ぐでんぐでん」だ。いや「へべれけ」かもしれない、以前読んだ中川いさみの四コマ漫画で、「ぐでんぐでん」と「へべれけ」を見分けるという話があって大笑いしたのを思い出す。
(あれは…、どっちですかね) (あれはへべれけです)
この中年男は…「へべれけ」だ、おれは心でそう決めた。
『上野からぁン、コーソク乗ってぇン…ナカハラグチんんん、まで!』
中原口、どこだっけ? わからない…。
『申し訳ございません、まだ経験が浅いもので道を教えていただけませんか』
『ヴぁぁ!? 中原んんぐち! 目黒だよ!目黒!』
上野から高速に乗って目黒…、それならば地図もナビも見ずに行ける!
『かしこまりました、上野から高速に乗って目黒に向かいます』
へべれけはもう寝ている。
上野から首都高に乗る、メーターの「高速」ボタンを押す、首都高上野線から環状に入る、銀座付近を抜け、浜崎橋ジャンクションから芝公園方面へ、そして「目黒線」に入る、メーターはどんどん上がる、大物を釣ったかもしれない、やがて目黒インター出口を降りる、降りた辺りで車を寄せ、へべれけに声をかける。
『お客様、目黒につきました、お客様!、お客様!』
何度か声をかけ、ようやくへべれけが目を覚ます、そして辺りを見回す…。
『ああん? ここ、どこ?』
『お客様の言う通り、目黒で下りたのですが…』
『ああん! 中原口って言ったろ! 目黒方面行って中原口で下りろってことだろーが!!』
そういうことだったのか、やっちまった…。
『申し訳ございません、高速料金は結構ですので、もう一度高速に乗りますか?』
『ああん!? 今さらどこから乗るんだよ! もういいよ! このまままっすぐ行けよ!』
『も、申し訳ございません、あの、お客様、宜しければナビを使わせて頂けますか?』
前回に続き、会社から禁止されている、ドライバーからの「ナビ使用許可申請」をしてしまった。
『ああん!?そうしてくれよ! 鵜の木まで行って!鵜の木!』
鵜の木…、鵜の木なら知ってる、いや行ったことがある、だが電車でだ…、おれが一度没落した時、鵜の木の司法書士先生に相談に行ったのだ、そして色々助けてもらった、それがおれが法律屋を目指そうと思うきっかけになったのだ。
おれは「鵜の木駅」とナビに入れ、再び走り出す、へべれけはまた寝たようだ。
目黒インターからまっすぐ坂を下り、また上る、中原街道に出る、確かに「中原口」という出入り口がある、そのまま中原街道を下る、途中左に折れ、福山雅治の「桜坂」付近を通って、やがて鵜の木駅に到着。
『お客様、鵜の木駅周辺に到着いたしました』
『ああん!? … そこ曲がって踏切渡ってまっすぐ!』
ようやくへべれけの自宅付近、目的地についた。メーターは、10,000円には少し届かない、それでも初めての高額案件だ。だが、おれは高額を稼いだことよりも、へべれけが恐怖のタクシーセンターにクレームを入れるのではないか、そればかりが気になっていた。
『あの、お客様、私が高速の出口を間違えましたので、高速料金は頂きません…。』
クレームを避けようとそう言った。
『ああん!? 金はちゃんと払うよ! 払うけどよぅ、あんたさぁ、いくら新人だって言っても、中原口を知らないってなんなの? 信じらんねーよ! この仕事やるの、考え直した方がいいんじゃないの! いつもだったら寝てたら着くのに… ほんと、考え直した方がいいよ!』
へべれけはそう言って車を降り、暗い細い路地へと消えて行った。
『はあああぁぁぁ…』
おれは車を降り、タバコに火をつけた、そして同期の田村に電話をしてみた。
『よう、いまさ、上野から鵜の木まで来たんだけど…』
『えっ? すごいじゃん、10,000超えた?』
『いや、ギリギリ届かなかった…、それよりさ、おれ道間違えて、すげえ怒られたよ…、タクシーセンターとかに言われちゃうかな…』
『平気なんじゃないの? おれの方はさっぱりだよ、羨ましい…』
田村は他人事感丸出しでそう言った。
その後は、さっぱりだった。元々営業畑のおれは、客に怒られるのは慣れてはいる、慣れてはいるが、こう罵られると少しはへこむ、結局この日は50,000円なんて夢のまた夢、27,000円で終わった。営業所に戻り納金を済ませ、研修室のコワモテに、へべれけの件を報告した。
『澤田さんは、高速料金はいらないって言ったんでしょ?それでも正規料金もらったんでしょ?だったら対応が良かったってことだから、クレームにはならないよ』
それを聞いて少しほっとする、洗車を終え帰路に着く、自宅に帰り、へべれけのことを思い出す、ふとある当たり前のことに気付く、これまでおれがやって来た仕事は、客から怒られ、信用されなくなったら、なんとかそれを取り戻すために怒られても無視されても、ストレス抱えて関係を修復しなくてはならない、だがタクシーはどうだ、あのへべれけにどれだけ文句を言われようとも、よほどの事が無い限り、もう二度と会わないのだ、二度と会わないのだから関係の修復のための努力も必要ない、仮にまた会ったとしても向こうは覚えちゃいない、そうか、その点についてはタクシーはとても気楽なのだ。なかなかいい仕事じゃないか、まあ、稼ぎがついてくればだが…。
おれは、午後の勉強に備え、眠るために、へべれけにならない程度に缶チューハイを煽り、ベッドに横たわった。
*******************************
今の感想
今回までは、時系列に日記を進めてきましたが、次回からは、ランダムに、思い出す順番にお客様との出来事や、タクシードライバーと言う仕事への想い、などをつづってまいりたいと思います。
1日の平均運収が50,000円やれればいい方、と言っていましたが、ものすごい現役ドライバーブロガーさんがいらっしゃいますのでご紹介します
『ShoiTaxiのタクシードライバー日記さん』
Shoiさんは、1日100,000円超えとか、ものすごい売り上げを上げています
毎回、引き込まれて行きますなぁ~
小平次さんの小説は読んでいて 全然、きつく無いです
毎回、引き込まれて行きますな・・・
コメントありがとうございます!
>>毎回、引き込まれて行きますな・・・
とても嬉しいお言葉、ありがとうございます!
色々なお客様がいたので、できるだけ面白おかしく書いてまいります
ドライバー仲間のこととかも触れられればとおもっています