22日(土)。わが家に来てから316日目を迎え、冷却プレートから大幅に外れて休むモコタロです
だって このプレート ちょっと滑るんだぜ 氷みたいに
閑話休題
昨日午後6時半から、池袋の東京芸術劇場で「読響サマーフェスティバル2015~三大協奏曲」公演を聴きました プログラムは①メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」(ヴァイオリン独奏=服部百音)、②ドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調」(チェロ独奏=アンドレアス・ブランテリド)、③チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番変ロ長調」(ピアノ独奏=HJリム)、指揮は下野竜也です
サラリーマンにとって午後6時半からの公演は時間的にキツイです 5時半の終業とともに会社を出て丸ノ内線で池袋へ.コンビニでオニギリ3個とお茶を買って芸術劇場への長いエスカレーターを上り,会場へ入りました.6時15分です プログラムを読みながら急いで食事を済ませて席に着きました.自席は1階I列12番,左ブロック前から9列目の右通路側です.結構良い席です HJリムのピアノを聴くために万全を期しました そもそもこのコンサートはHJリムの弾くチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」を聴くためにチケットを買ったようなものです.会場は文字通り満席です
オケのメンバーが入場します.コンマスはダニエル・ゲーデ,隣には同じコンマスの長原幸太が控えます.反対側のヴィオラ首席には鈴木康浩がスタンバイします 1曲目のメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」を演奏するため,ソリストの服部百音(もね)がピンクの薔薇模様の”お人形さんドレス”で登場します 小柄でかわいらしい顔をしているので,まるで中学生が出てきたような印象を受けます 百音さんは1999年東京生まれといいますから今年,弱冠16歳.現在東京音大付属高校特別特待奨学生とのことです 5歳でヴァイオリンを始め,名教師のザハール・ブロンに師事したとのことで,2009年にヴィエニャフスキ国際音楽コンクールのジュニア部門で最年少優勝したのをはじめ,数々の国際コンクールで優勝している実力者です
はっきり言って,あまり期待はしていませんでした しかし,第1楽章が始まって彼女のヴァイオリンが入ってくると印象がガラッと変わりました.使用楽器ピエトロ・グァルネリを駆使して美しい音色でロマンティックなメンデルスゾーンを奏でていきます 実に素直な演奏で,曲に対する真摯な姿勢が好感を呼びます 素晴らしいと思ったのは,バックを務める下野竜也率いる読響の演奏です 相手が16歳の若手だろうが,対等の立場で真っ向から向き合い,真剣勝負で演奏に取り組みます.そして,楽員の演奏する姿から想像すると,演奏を楽しみながら,若いソリストを支えてあげようという温かい気持ちが伝わってきます そうしたオケの姿勢が伝わったのか,百音さんのカデンツァは素晴らしい演奏でした.その調子で第2楽章も続く第3楽章も完ぺきに演奏,畳み掛けるようなフィナーレは圧巻でした
会場一杯の拍手に,百音さんは何度もカーテンコールに呼び戻され,前に,右に,左に,後ろに頭を垂れて歓声に応えました 指揮者がオケを立たせたのに気が付かず,舞台袖に引き上げようとして,途中で気が付いて引き返し,舌を出して愛敬を振り撒いていました.やっぱり16歳の少女です
続いてドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調の演奏に入ります 1987年デンマーク生まれ(今年28歳)のアンドレアス・ブランテリドが登場します.かなり長身なので背の低い下野竜也との高低差が際立ちます.音楽には関係ありませんが
この曲は,先のメンコンと同様,名曲だけに,だれが演奏してもそれなりに聴こえます したがって,どこで他の演奏家と差別化できるのかが問われます.その意味では,ブランテリドの演奏は際立って音が美しいとか,どっしりと重々しいとか,彼独自の特徴が見えない演奏です.演奏後は凄い拍手でしたが,さあ,どうでしょう
さて,休憩後はいよいよHJリムによるチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」です リムがトレードマークの上下黒の衣装で登場します HJリムは1987年ソウル生まれ.12歳で単身フランスに渡り,パリ国立高等音楽院でアンリ・バルダに師事しました.2011年にEMIと専属契約し,いきなりベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ全集」を録音してデビューしました
私がHJリムを聴くきっかけになったのは音楽評論家の宇野弘芳氏が新聞の音楽評で絶賛していたのを見たからです 2013年6月に浜離宮朝日ホールでベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」を開いたのですが,私はかろうじてその最後のリサイタル(6月21日.”悲愴”,”熱情”ほか)を聴くことができました それは衝撃的な出会いでした 私はそのコンサートを2013年に聴いたコンサートの中でマイ・ベスト1に挙げています その後は,来日するたびに聴きに行き,2014年にはリサイタル(11月22日.ベートーヴェン”悲愴”,”月光”,”熱情”ほか),東京都交響楽団プロムナード・コンサート(11月30日.チャイコフスキー”ピアノ協奏曲第1番”),リサイタル(12月12日.バッハ”平均律クラヴィーア曲集第2巻)と聴いてきました 12月12日のバッハの公演などは,フォーレ四重奏団のチケットを犠牲にしてまで聴きに出かけました 今回のチャコフスキーは昨年の11月に次いで2回目です
下野の指揮で第1楽章に入ります.リムは最初から叩きつけるような演奏を展開します いわゆる”教科書的な”演奏からは正反対の唯我独尊の演奏です.こういう演奏は,嫌いな人は”お行儀が悪い”と言って毛嫌いするでしょう.しかし,私に言わせれば,予定調和的なお行儀の良い演奏など聴きたくもありません.生演奏を聴くからには強い印象が残らなければ意味がありません もちろん,技術の裏付けのない好き勝手な演奏では誰も聴く耳を持たないでしょう.しかし,リムは完璧です.正確無比です
第1楽章のカデンツァは凄まじいものがありました 一転,第2楽章はピアノの美しさが際立っていました.彼女の弱音は美しいだけでなく,美しさに力があります 続けて演奏される第3楽章は再び強烈な演奏が展開します.この楽章に関する限り,リム下野+読響は協奏曲ではなく競争曲を展開していました.下野が仕掛ければリムがそれを受け,今度はリムが仕掛けて下野が受けます.丁々発止のやり取りで生き生きとした演奏が展開します.第3楽章のフィナーレに突入する直前,リムは会場の方に顔を向け,一瞬ニコッと笑いました 「さあ,これから疾風怒濤のフィナーレに突入しますよ.聴き逃さないでね」とでも言いたげです.そして,まさに息つく暇もないほど超高速でフィナーレを弾き切り,聴衆を興奮の坩堝に巻き込みました 私などは何回か彼女の演奏に接しているので,ある程度慣れていますが,今回初めてリムの演奏を聴いた人は度肝を抜かれたでしょうね
鳴り止まない拍手に,リムはアンコールにジャズの即興演奏風の超絶技巧曲を演奏し,再び聴衆を興奮の坩堝に巻き込みました 途中,右手を挙げ,演奏が終了したかに見せかけましたが,その指を鍵盤に下ろし「アリラン」のメロディーを奏で,再度スピードアップして圧倒的なフィナーレで曲を閉じました 後で掲示で確かめたら,「本日のアンコール=HJリム作曲『ファンタジー』」とありました
まだ一度もリムの演奏を聴いたことのない人に言いたいのは,「いまHJリムを聴かずして,いったい誰の演奏を聴くと言うのか」ということです.現在のベートーヴェンの,チャイコフスキーの最前線の演奏がここにあります
この日のリムの演奏は,今年に入って133回聴いてきたクラシック・コンサートの中で,間違いなく現時点でのベスト1です
最後にリムのデビュー・アルバムでもあるベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集(4組8枚)」のCDを紹介しておきます CDからも彼女の豪演が伝わってきます とくに第4集に集録されている”熱情ソナタ”だけでもお聴きになると,リムが並みのピアニストではないことが判るはずです