坂上康博教授に聞く
参院決算委員会で答弁する政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長(右手前)。左端手前は菅義偉首相=2021年6月7日、国会内【時事通信社】
新型コロナウイルスとの闘いが続き、東京五輪・パラリンピックは、カウントダウンに入っても開催の可否や観客受け入れなどをめぐって激震が続いている。それでも開催する理由や中止できない理由を語れない政府、東京都、大会組織委員会。「始まってしまえば」との目論見も透けるが、その通りの結末が待っているのか。坂上康博一橋大教授(スポーツ社会学)と考える。(時事通信社・若林哲治)
◇「森友問題」にも似ている
―国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らに屈辱的なことを言われても、日本側は中止をちらつかせることさえできず、国内の反対論や慎重論を説得する言葉も出てきません。
坂上氏「そもそもIOCは五輪開催に関してものすごく超越的な権限を持っています。開催都市契約に、開催国の指導者は五輪憲章に忠誠を誓うという1項目があり、その他にも開催国の国家主権を侵害するぐらいの超法規的な権限がある。それが本来五輪が持つ特別な意義、平和運動という権威を人々が認めていることで成り立っている。IOCがボイコットなどを経験し、政治からの自立性を守る努力をしてきた結果なのですが、それに加え、今回は違う脈絡で日本の立場が弱くなっている」
―やはり昨年3月の判断が想像以上に重い。
「バッハ会長に追随せざるを得ない状況ができてしまった。IOCと安倍(晋三)前首相のやりとりがすごく重い足かせになっているのではないか。日本側の意向で、延期を2年でなく1年にしたことで安倍前首相が受けた恩ですよね。中止なら入る保険が延期なら入らないとIOC側から念押しされ、そのリスクも引き受けてしまった」
―1年なら安倍前首相の花道にできるともいわれました。
「それは政治的な理由であって、国民に説明がつくことじゃない。それをやってしまった。何が何でもやるしかない今の日本側の不自由さは、そこから来ているのでは」
IOCのバッハ会長(左)から「五輪オーダー」を授与された安倍晋三前首相=2020年11月16日、東京都新宿区の日本オリンピックミュージアム【時事通信社】
◇日本国民が背負わされるもの
―今となっては「安倍さんがまいた種」とは言えない。片やIOCは、憲章にない「延期」を認めたんだぞと。さらに海外の観客も入れない、ワクチンも提供する。これでもか、これでもかと。
「AP通信の記事に、五輪経済に詳しい大学教授の試算が載っていて、中止ならIOCは放送権収入で約35億~40億ドル(約3850億~4400億円)を失う可能性があり、保険で補えるのは4億~8億ドルにすぎないと。見込んだ収入が減るのであって損失ではないが、IOCも必死でしょう」
―だから日本が責任を持って開催しろと。そのリスクを国民が健康や生命を懸けて背負わされるわけです。
「森友学園問題で『私や妻が関わっていたら国会議員を辞める』と言ってしまって、公文書を改ざんせざるを得なくなった。あの時も自殺者を生み出したけれども、今回も、五輪がなければ助かった命が助からなかったケースが出てこないとも限らない。後戻りできない形にしてみんなを巻き込んでしまう。その意味で似ている感じがします」
千載一遇の外交舞台
平昌冬季五輪開会式に姿を見せたIOCのバッハ会長(前列左端)ら。その隣が韓国の文在寅大統領夫妻。後列中央は北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長(左)と金与正党中央委員会第1副部長(右)、前列右端が日本の安倍晋三首相、その左がペンス米副大統領夫妻=2018年2月9日、韓国・平昌(EPA=時事)【時事通信社】
平昌冬季五輪開会式に姿を見せたIOCのバッハ会長(前列左端)ら。その隣が韓国の文在寅大統領夫妻。後列中央は北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長(左)と金与正党中央委員会第1副部長(右)、前列右端が日本の安倍晋三首相、その左がペンス米副大統領夫妻=2018年2月9日、韓国・平昌(EPA=時事)【時事通信社】
―政府コロナ対策分科会の尾身茂会長らがこの状況で開催する理由を質しても、菅義偉首相や小池百合子東京都知事、丸川珠代五輪担当相、橋本聖子組織委会長らの答えは答えになっていません。
「絆とかスポーツの力とか。2011年、東日本大震災の直後に立候補を決めた当時に戻るようなことを言い始めましたが、なぜパンデミック下でも、緊急事態宣言の中であってもやるのか。片や合理的、科学的な説明を求めていますよね。安全というなら安全性の根拠を示せと。当たり前の話です。でも、答えない」
―ここでもまた、何か言えない理由があるのかと。
「五輪は競技だけをやるのではなく、世界最大の外交の舞台なんです。開会式に約100人の各国首脳が出席する。国連やG20の会議よりはるかに大きい。16年リオデジャネイロ大会はブラジル国内の問題があって30カ国ぐらいでしたが、みんなが集まって開会式に出る。今回はどうするのか」
―無観客だと、ガラガラのスタンドにそういう人たちが陣取る光景も。
「これは主催国が招待する非公式な儀式で、五輪憲章にも開催都市契約にも書かれていない慣行に近いもの。それをIOCも止めていない。やめろと言わない。注目を集めたのは18年平昌冬季五輪の時です。北朝鮮の核・ミサイル開発問題との関係で、安倍首相が行くかどうかでもめた。出欠が外交上の意思を表明するような場になっているんです。五輪は国連加盟国を超える国と地域が一堂に会する唯一無二の機会ですから」
―政権にとっては格好のアピールの場です。
「表立って言わないけれども、(開催理由として)大きいんじゃないですか。日本の首相が世界の首脳の中心に立って、何らかのメッセージを発信する千載一遇のチャンスですよ」
ロンドン五輪で柔道競技を観戦するロシアのプーチン大統領(左)とキャメロン英首相=2012年8月2日、ロンドン【時事通信社】
◇3年前の橋本氏発言
―平昌では南北合同チーム結成も演出されました。
「それに関しては橋本さん(当時自民党参議院議員会長)が平昌へ視察に行った後、党の会合で、南北朝鮮が五輪を政治的に使用していると苦言を呈してニュースになった。『これほどまでにスポーツが、オリンピックが政治の影響を受けたことはなかった、政治がこれほどオリンピックを利用したこともなかった』『政治とスポーツがお互いを利用するならば、そこには信頼とリスペクトがなければ』と。じゃあ今の状況をどう見るか。本当に政治側がスポーツへの信頼とリスペクトの下で動いているのか。聞いてみたいですね」
―本来、IOCは五輪での政治的行動を排除します。
「平昌では大統領が前面に出てきた。大統領と首相とIOC会長がペアを組んで南北合同チームをつくった。そのこと自体はプラスの評価をしますが、露骨でしたね。政治家とIOCが手を組む形を初めて見た。IOCは開催国の首脳に競技場でのいかなる演説も認めていないんですよ。政治的なものを締め出してきた。プラスのメッセージであっても、(選手に)人種差別反対さえ言わせなかった。それなのに平昌ではああいう形でやった」
スペクタクルも一瞬か
事前合宿地のホテルに到着したオーストラリアの女子ソフトボール代表=2021年6月1日、群馬県太田市【時事通信社】
―よくいわれるのは五輪を無事に行って秋の衆院選に勝つと。
「自民党のイメージ維持のためにはむしろ強行突破の方がいいという判断が、感覚的にあるんじゃないかと。16年五輪招致に失敗した東京がまた(20年招致に)出てきたのはあの大震災の後。人々は不安の中で安定感を求めました。(その直後に)自民党が政権を奪回し、安定性というイメージで長期政権を取り戻す。それが招致活動とうまく心理的にはまった。その流れで何が何でもやり切る判断になるんじゃないかと。降りちゃうと弱い自民党のイメージになりますよね」
―カネもかけてきました。
「国家戦略上に、五輪を頂点とするトップスポーツを位置づけてきた。スポーツ庁をつくり、議員立法ですがスポーツ基本法もできた。日本のアスリートが国際舞台で活躍すれば、国民が感動して国民的な一体感を生み出すことが可能だと。世論調査でも、2000年代に入って国民の日本に対するプライドがぐっと上がり、理由の一つに日本人アスリートの国際舞台での活躍があって、スポーツがそういう力を持っているという結果が出ていましたから。それとやっぱり、『始まってしまえば』というのがかなり…」
代々木公園内のパブリックビューイング会場設置区域に設置された立ち入り制限の看板=2021年5月26日、東京都渋谷区【時事通信社】
◇自然な興奮とホスピタリティー
―1964年東京五輪もそうでしたが、それは大きいでしょうね。
「オーストラリアのソフトボール代表が来たとか、表彰式のメダルのプレートもできたといったニュースがありました。こういうものが持つ力はすごいですよ。外国チームが来れば、やっぱりホスピタリティーが作動する。遠い国から来てくれるんだから、直接受け入れる地元は歓迎しますよ。五輪は本来、ホスピタリティーで成り立つ大会です」
―そのまま今回も盛り上がるでしょうか。
「過去の五輪で人類学者が行った調査では、IOC本部のスタッフも憲章や理念などよく理解していないのに、開会式が始まった途端に涙を流したと。彼らは単なる達成感だけでなく、五輪の持つ力を感じるんですよ。今回もそういう強烈な力が働くんじゃないか、瞬間的には。人は目の前の感動や気持ちの部分では動くわけです。スポーツ、五輪はそのパワーを持っている。しかし、今回の五輪は合理的な説明も大義名分もないまま突き進んでいる。かつての戦争のように。だから五輪のスペクタクルで心が動いても、それが命より大事なのかという気持ちは国民の中で消えないと思う。命に関わる実感ですから、人々の気持ちが今までと全く次元が違う」
説明できない「特別扱い」
5者会談でIOC・バッハ会長(画面)の発言を聞く東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長=2021年5月19日、東京都中央区【時事通信社】
―身近に感染者がいたり職や店を奪われたりした人と、職も失わず、怖いけれど実感の薄い人がいて、大きな「格差」が生まれています。7、8月のワクチン接種の進捗状況も地域などで大きく違って、五輪の楽しみ方にも「格差」があるはずです。
「そこから(世論や国民に)すごい亀裂が生じるというか、非常に気持ちが悪いものを残すように思います。感動があればあるほど、何とも言えない後味の悪さを残してしまうのではないかと。そのギャップというのか居心地の悪さというのか。五輪がいろんなものを複合したようなすごい記憶を残してしまう。美しい壮麗な部分と政治・経済が絡んで濁った汚い部分を両方見せつけられて、命の上に置いているみたいなものがもろに見えてきて経験させるわけですから、受け止め方は複雑にならざるを得ないです」
―平時でさえ感動してもあっという間に終わります。今度はすぐわれに返ってみれば、感染が続いている。9月のパラリンピックも難しい問題があります。
「五輪をやって衆院選に勝つという政治的な目標を設定した判断を、本当は覆したいけどできないみたいなところもあるのか、確信を持って(五輪をやると)言っているように見えない。苦々しくやっているようにも思えます」
前回東京五輪で国立代々木競技場前に並んだ万国旗=1964年10月19日、東京都渋谷区【時事通信社】
◇なぜ100年以上続いたか
―五輪やIOCだけに批判が向くのもどうかと。
「巨大な五輪が(相当程度)税金の無駄使いだという指摘は極めて正しくて、もっと大事なものがあるでしょうとなって、先進国の都市で反対運動が起きている。これは正しい常識的判断なのですが、五輪そのものは本来、金に換算できない。経済効果とか、そんなもので動いているわけではない。非常に神々しいものなんです。平和運動や、人権がさらに浸透した社会をつくるとか、人類の叡智の結晶であり理想を語ってきたから100年以上続いて、国境を越えられた。5大陸のシンボルマークをはじめ各国の国旗が全部平等に並ぶ状態などを見事に示していて、地球にはこれだけたくさんの人がいて一つになれる瞬間もあるんじゃないか、そうなってほしい、という願いを劇的にアピールできる地球上で唯一のイベントです。競技の感動やパフォーマンスもあるけれど、開会式などの儀式や国旗、国歌がうまく組み込まれ、理念を表象している。ここが力を持ち、人々が納得する部分が確かにあるので、超法規的に特別扱いされるわけです」
―それでも今回の「特別扱い」は説得力がない。
「『説明しろ』と言われて答えていないことがずっと続いている。まともな説明がないのが明解な答え。言えないのは悪いことだから、隠し事があるからでしょうと。普通はそう思いますよ。そうなってしまっている。言葉が抽象的だという問題だけでなく、招致の出発時点から各局面で求められることにちゃんと答えられていません」
スポーツの「地平」から見ても
ワクチンの接種を受けるブラジルのオープンウォーター選手アナマルセラクーニャ(左)=2021年5月14日、ブラジル・リオデジャネイロ(EPA=時事)【時事通信社】
ワクチンの接種を受けるブラジルのオープンウォーター選手アナマルセラクーニャ(左)=2021年5月14日、ブラジル・リオデジャネイロ(EPA=時事)【時事通信社】
―「説明しない」政治が続いてきました。五輪までが説明されずに行われるとは、選手にとっても不幸です。
「最悪の環境です。国民の6割が中止を求める中でやるというのは、非常に罪深いですよ。ただ世界的な規模で見ると、日本はジレンマや怒りなど複雑な心境で迎えることになるけれども、各国でかなり格差があって、米国はワクチン接種が相当進んだ状況でテレビを見て盛り上がる。他方でインドのように大変な国がある。そこが五輪としてどうなんだと。世界の絆とか一体感とか言うなら、開催のタイミングが大事で、日本国内だけでなく世界状況はどうなんだと。喜べる国はいいでしょうけど、そうでない国との格差というか犠牲を生んでいる。そういう文脈でもバッハ会長の『犠牲』という言葉は考えられなくもない」
◇今は無視する国内世論
―100年以上続いてきたその土台を、今は表象できる環境にありません。世界中が平和で行われた五輪はないが、局所的な戦争や紛争では五輪休戦が実現しても、コロナに休戦はない。尾身会長発言に対し、丸川五輪相が「全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言っても、なかなか通じづらいと実感する」とコメントしましたが、科学の立場だけでなく、スポーツのあるべき姿からしても「普通はやらない」状況です。この人が見てきた「地平」とは何の「地平」なのかと。
「だからIOCは開催都市決定に当たって、その都市でどのくらい世論の支持があるのかを重く見てきたわけです。東京が16年大会で落選したのもそれが大きかった。今はなぜ見ないのか」
―開催した時に人々がどんな気持ちになってどう行動するでしょう。
「五輪を機にわれわれの価値観の序列、何が一番大事にされるべきかということを、どっぷり試されたと言ったらいいのか。身体感覚、皮膚感覚のレベルでは初めての経験だと思います。しかも長期間ですから。皆さんがどういう意識を持つか読めませんが、64年大会の後のようにはならない。やっぱり、なぜ運動会が中止で五輪はいいのかと聞かれて答えられるのか、そういうことですよね」
◆坂上 康博(さかうえ・やすひろ) 1959年生。一橋大大学院社会学研究科・社会学部教授。専攻はスポーツ史、スポーツ社会学、スポーツ文化論。著書に「権力装置としてのスポーツ」「スポーツと政治」、編著に「12の問いから始めるオリンピック・パラリンピック研究」など。(2021.6.8)(了)