国民作家、松本清張と井上靖の、意外な共通点と初期の交流を紹介します。
初公開 の『井上靖宛清張書簡 』は必見 です。
会場
松本清張記念館 地階 企画展示室
開催期間
令和6年10月5日(土)~12月1日(日)
観覧料
常設観覧料に含む 一般600円(480円)/中・高校生360円(280円)
/小学生240円(190円) ( )内は30名以上の団体料金
構 成
第1章 松本清張と井上靖
松本清張と井上靖には意外なほど共通点と接点がある。
1907(明治40)年生まれの井上と1909(明治42)年生まれの清張は、学歴に違いはあるが、共に新聞社に勤務している。井上は大阪毎日新聞社で学芸(美術)記者をし、清張は朝日新聞九州支社で広告版下を描いた。共に遅い出発の芥川賞作家であった。こうした共通性は、清張に井上への親近感を覚えさせた。
第2章 新進作家と目標の星
新進作家の松本清張はある「あとがき」で、〈実際、私は井上靖の出現がなかったら、何を目標にして作品を書いていいかわからなかった。井上氏によって私の行く道は決定した〉と述懐している。清張は〈井上氏の「面白い小説」〉を指標とし、〈「闘牛」「通夜の客」「漆胡樽」〉(「情誼」)のような小説を書きたい目標にしたのであった。
第3章 初公開 清張の井上靖宛書簡-私淑と御祝
松本清張が井上靖に宛てた書簡が県立神奈川近代文学館に8通所蔵されている。内5通は今回初公開である。1954(昭和29)年の書簡には、歴史小説作家として井上靖を模範として慕う〈私淑〉の思いが述べられている。1957(昭和32)年の書簡には、清張が井上家で〈御馳走〉になり、井上の〈御高説〉を拝聴するのが〈何よりのたのしみ〉だと綴っている。
第4章 最後の手紙-長らく御無沙汰して
両作家はある時期を境に、それぞれの道を歩き始める。井上靖は1957(昭和32)年に歴史小説「天平の甍」で新境地を開き、同年松本清張は「点と線」「眼の壁」を書き、社会派推理小説ブームを起こした。
1964(昭和39)年に井上は芸術院会員となり、同年清張は代表作「昭和史発掘」の連載を始めている。1990(平成2)年、清張は20年ぶりに井上靖に書簡を送った。
特別展示
両作家が関心を寄せたガンダーラ仏
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