四国に夏の到来を告げる花、ささゆりをずっと追いかけている。
夏雲湧く稜線に咲き誇るささゆりの花群。
石鎚山系、堂ヶ森のささゆり撮影を恒例としている。
その前哨戦、皿ヶ嶺の森に咲くささゆりは、霧にしっとり濡れたウェットな情感。
カラリとした夏山風景と違った、ささゆりの魅力を引き出す楽しみがある。
今回は、雨上がりの立ち込める霧が薄かったので、木漏れ陽とささゆりの組み合わせに拘ってみた。
それぞれに違った表情のささゆりが撮れたと思う。
最後は、風穴の吹き出す冷気によって毎年花咲かせるヒマラヤの青い芥子。
ささゆりの思い出話で、古い記憶が甦ってきた。
ささゆりの季語(歳時記では夏の花)を探していると、久万高原在住の人が、
「昔は裏山へ行くと、普通にいっぱい咲いていた」と語っている記述が目を惹いた。
その記述で懐かしい記憶が甦ってきた。
たぶん小学3年生くらいの記憶。
通っていた小学校に久万高原の小学校からささゆりの切り花が送られてきた。
そのお礼の葉書を書こうと、生徒一人一人に切り花が配られ写生することになった。
30人くらいのクラス全員、それも当時は学年5クラス以上が当たり前の時代。
今考えると、相当数のささゆりが送られてきたことになる。
数が激減して希少な花となったささゆりの現状を考えると、信じられないような話だ。
きっと50年以上前の石鎚山系稜線の笹原を歩けば一面のささゆり咲き乱れる楽園の風景だったのでしょうね。
今辛うじて、その風景の記憶を伝えるのが堂ヶ森山域の稜線歩き⋯貴重な風景遺産として大事にしたいものだ。
もう気候変動の閾値を超えてしまったのでしょうね。
いつ川が決壊してもおかしくないくらい雨の降り方が半端じゃない。
あらためてグレタさんの危機感は、そこに迫っています。
お金(経済)より命が大事。
今週末、そして来週末も雨予報。
堂ヶ森のささゆりは諦めるしかないのでしょうか?
今年はウィルス、豪雨と自然界からの災厄が続きます。
夏も猛暑の予報。
なんとかお互いに生き延びてゆきましょう。
カタックリさんとも会ってきましたか。
山に海、心躍る夏は、もうそこまで来ていますよ。
動かなくなって精かややメタボ体系に成りつつあり4キロランニングを始めました
初日は恥ずかしながら筋肉痛(情けない)
言われる通り天狗高原は10日前後ですが今年はむりみたいですね
先月オオヤマレンゲと姉様に逢いに主人と出かけました
高度が上がるにつれ山の匂いに感動!
天狗高原ではないですよ
広々した草原に咲くささゆりは、広角レンズで風景写真として撮ると絵になります。
それには一本に複数の花を咲かせる大振りの花を見つけることです。
夏空を背景にして撮ると爽やかな高原の空気感が伝わってきます。
鬼城さんは6月下旬に行かれたのでしょうか?
確か、堂ヶ森同様7月10日前後が天狗高原のささゆり見頃だったと記憶しています。
少し早かったのではないでしょうか?
皿ヶ嶺の開花状態を見ると、今年は例年より遅いように思えます。
季節の花は、その旬の時期を逃さないことも大事ですね。
草原の玉ボケは早朝の朝露が降りている時刻が狙い目だと思います。
もちろん雨上がりもいいですね。
ささゆりは花の傷みが早いので旬の時期の見極めが、なかなか大変です。
また挑戦してみてください。
スキー場の西側かな、一面咲いている想像をして行きましたが、花の姿はほとんど無し。
ありきたりの切り取りでした。
やはり光線が重要なのですね。
玉ぼけは狙いようも無いほど曇っていましたし・・・
大山レンゲの開花を確認したのが成果だったかもしれません。
玉惚けも面白い形が現れるんですね。
皿ヶ嶺から帰る15時過ぎ、路傍に咲くこの花に惹かれ、この場所で15分くらい撮影しました。
あらゆるアングルを試しベストなライティングを探しました。
帰宅してPCに上げてみると、ライティング、色調、構図、ほぼパーフェクトな森に咲くささゆり写真でした。
全体にガスが漂う高曇りの空模様でした。
色温度も青みがかり、午後の斜光線が綺麗な玉ボケの木漏れ陽をいい位置に作ました。
自然環境に咲く花の写真は、如何にその場の空気感を表現するか、だと思っています。
ほとんど偶然の産物ですが、その中でベストなアングルを探すのは撮影者の想像力次第です。
玉ボケの中のネズミはミッキーですか?
あの有名なシルエットを指摘するのはアメコミ好きのmasaさんらしい(笑)
週末の天気は日替わりで変わっています。
今日、風穴まで自転車で行ったので堂ヶ森山越えの自信もつきました。
10日前後は晴れの特異日だと思っています。
夏雲湧く稜線のささゆりを夢見て一週間過ごします。
ササユリ 咲き始めましたね。花の撮影は難しいで
す。光ボケもかなり重要になってきますねーーーあ
この光ボケの中にあの有名なネズミさんがいますね(笑)