レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

床屋さんでのサプライズギフト

2017-04-09 05:00:00 | 日記
さて、今週はキリスト教会では大切な一週間で、Holy Week「聖週間」と呼ばれます。 次の日曜日が復活祭の日曜日になリますので、アイスランド語だとPaskavikaパスカヴィーカと言うのが普通です。これはマンマで「復活祭の週」という意味になります。

アイスランドの聖週間についてはこちらも


この聖週間は、牧師も含めて教会での役割を持つ人たちにはなんやかんやとすることがあり、落ち着くよりむしろ慌ただしい週になってしまう可能性があります。あまり慌ただしくなるのは嫌でしたので、できることは先週中に済ませてしまおうと思ったのですが、結果先週が慌ただしい週となりました。下手をすると、慌ただしさを単に二週間に拡大しただけになるかも...(^-^;

木曜日の午前中に半端な時間ができたので、よしっ!床屋だ、と思い立ち近所のマイバーバーへとことこ歩いて行きました。復活祭前にはフェルミング(献信式)も多くあるので、子供達が散髪に行く可能性も高くなります。学校が休みになる「聖週間」前に、と思ったわけです。

幸い首尾よくすぐに床屋さんの椅子に座ることができました。ですが(あまり散髪の必要がない頭をしている)マスターがやけに愛想良く、ニコニコしているのに気がつきました。別に普段愛想が悪いわけではないのですが、格別に嬉しそうにしています。

一通りの挨拶が終わると、「ヤイヤ、難民の人とちょっとした冒険があってね...」と話し始めました。アーハッ、これを話すのを楽しみに待ってたんだ。マスターはもちろん、私が難民の人たちと関係の深い仕事に携わっていることを知っていますから。

「この間、イラクからの難民申請者の男性が店に来てね、自分も床屋だと言うんだな。まだ三十歳前後の若い壮年。だから、ちょっと気心の知れてるお客さんの髪をやらせてみたんだ。

で、すぐにきちんとしたスキルのある、まともな理髪師とわかったんだな。今、理髪師の数が足りないので、どこかの店で働いたらいいと思って、話しをしてみたんですよ。それから何回か遊びに来てね。

でも、労働許可がないことが分かり、それを得るにはずいぶんいろいろと手続きを経なければいけないみたいでね。残念だが...と話したんだけど、彼は『いや、仕事じゃなくても、時々手伝ったりできればいいんです』ということでさ。お金じゃないらしい、とわかったんだ」

何というか、床屋さんでの不思議な習慣で、会話は鏡の中のお互いを見ながらのものになります。そうですね。難民申請者の人たちが一様に欲することはお金ではなくて、自分が目の前の社会に繋がっている、その一部になっているという実感です。誰かの役に立てる、ということ自体がそのことの証明になるのです。

「写真も見せてもらったんだけどさ」とマスターは続けます。「自分のお店をふたつも持ってたんだって。それが立派な店でさ!」

どうやら、マスターは「難民」と区分される人たちは、すべからず貧困と苦しい生活環境から逃れて来たのだ、と思い込んでいたようです。それが、たまたま知り合った「難民」青年が、海を超えた自分の同業者、しかもかなりレベルの高い繁盛していた仲間とわかり、かなり嬉しくなったようです。

この「難民=哀れ、貧しい、ずっと悲惨な生活」という思い込みは、いまだにかなり広範にアイスランド人の胸中に浸み込んでしまっています。実際は弁護士、医者、とかの例も新聞等で紹介されることはあるのですが、それは特殊な例として別枠に入れられてしまうようですね。

私自身は、周りにケーキ職人、パン屋さん、エンジニア、博士課程学生、大学教授や、あるいは変わった職業では原子力潜水艦の士官などの人がいますので、かなり慣れてはいると思うのですが、それでも時々足をすくわれるような思いをすることがあります。

この間、教会に来始めた青年を我が新車マツダのCX3で送ってあげた時のこと、彼曰く:「僕はBMVとメルセデス、それにボートも持っていました」ギョッ! 金持ちか? 相当な? そういえばIT関係だって言ってたな...

二年ほど前にはもっとすごい人がいました。その人はカナダに住んでいた初老の東欧人だったので、かなり特殊な事情であったことは確かなのですが、「私の家」と言って見せてくれたのはハリウッドで映画スターが住んでいるような豪邸でした。

私が知り合ったのは、いつもジャージのパンツと古びたセーターを着て、糖尿病の薬を飲んでいたようなおじさんだったので、このギャップは想像を超えるものがありました。この格差は辛いだろうな...と感じさせられました。

ですが、これが「難民になる」ということなのだろうと思います。東日本大震災で自宅や財産を失い、着の身着のままで避難せざるを得なかった人々のような例では、「誰も彼も」「生活のいい人も、困窮した人も」避難民になるということを理解するのは難しくはないでしょう。ここ数年のシリアのような戦地も同じことでしょう。

ところが北アフリカ、一部を除くイラク、イランやアフガニスタンのような、必ずしも「戦地」ではない国の人たちが、今までは頑張っていたものの、ついに危険が度し難くなってすべてを投げ打って逃げてくる、ということはなかなか心にその現実を描くのが難しいもののようです。

始めから思い込みも先入観もなく、といけばそれに越したことはありませんが、我々凡人の寄り集まるこの社会ではそうは問屋が卸しません。

となれば、ともかく出会う機会を作り、素直に目の前にその人と知り合うように努め、結果が今まで心に思っていたことと合わない場合は、その心の中のものの方を現実に合わせて置き換える、ということが次善の策でしょう。

誰かが漏らしたのをメディアが聞きつけたらしく、後日新聞やテレビまでが「難民のいる床屋さん」として取材させてくれ、と店へやってきたそうです。

「だけど、労働許可がないのに仕事させた、とか間違って伝わるとこちらの手が後ろに回るからね、それは断ったけど」とマスター。確かに。

今回は時間を惜しみながら床屋さんへ行って、嬉しいサプライズギフトをもらっちゃった感じ。得した! (*^^*)


応援します、若い力。Meet Iceland

藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Home Page: www.toma.is

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