こんにちは/こんばんは。
関東も梅雨が明けたようですね。これからは相当に暑い日がくるのだろうと想像します。七月半ばにして気温が20度にも達しないレイキャビク住民からすると、夏日は多少羨ましい気もするのですが、多分、実際にその場になったら十分でギブすることでしょう。
清涼感アップ用のピック
Myndin er eftir Cris_Ried@Unsplash.com
さて、先日サッカー男子の欧州選手権「2020」の決勝がありました。イングランドvs イタリア。イングランドはまだ一度もこの選手権を奪ったことはなく、一方のイタリアも覇権は1968年と半世紀以上前のことでした。
加えて、両国ともコロナで相当散々な目に遭っていて、社会には欲求不満が溜まっていたことでしょう。そういう雰囲気が試合前から感じられ、ニュースでも試合結果による騒動などが心配されていました。なにしろ会場はウェンブレーで、もしイングランドが負けたら暴動が起きるのではないか?という声まで聞かれました。
で、実際にイングランドは負けました。1:1のまま延長でも決着がつかず、ペナルティ戦へ。ここでイタリアは最初と最後の二人が失敗。ところがイングランドはその上を行き、三人目から続けて三失敗。という、まさにイングランドファンにとっては「悪夢じゃー」だったことでしょう。
幸い暴動は防げたようですが、試合後、このPK失敗三人組に対してありとあらゆる馬事雑言が浴びせられました。三人が人種的に非白人であったことから、罵声は人種的な差別と化していきました。これ、日本でもニュースになったことと思います。
その一週間くらい前でしたか?フランスのサッカー代表二人が、一昨年に来日した際、ステイ先のホテルで、サービスに来てくれていたホテルのスタッフのことを「醜い」だの、日本が「先進国なのか?」などと嘲笑った動画を撮っていたことが話題になりましたよね。
私もYoutubeで見ましたが、まあ、下衆な連中だと思いましたよ。
考えてみると、昨年来のコロナの期間中って、やたらに人種差別や偏見に関連した話題が多くなかったですか?差別そのものは、残念なことですがいつでもあることだろうと思いますので、それが何らかの形でブレーキングポイント(する側からもプロテストする側からも)に達してしまうというのは、やはりコロナ禍でのストレスが関係しているのでしょうか?
PKに失敗し呆然とするSaka選手
Myndin er ur Sports.ndtv.com
差別はアイスランドにもあります。金曜日にあるニュースを目にしたので、今回は「差別」がらみで、そのニュースをご紹介したいと思います。
あるポーランド人の女性が、Facebookに公開で投稿したものが反響を呼び、いくつかの他のネットメディアでも取り上げられたものです。この女性はビクトリア・ジョアンナさんといいます。
私の個人的な知り合いではないので、投稿から察することなのですが、結婚していてお子さんがふたり。アイスランドに住んで十四年になるようです。良い教育を持っていると自負していますが、書いている英語もしっかりしているし、多分そうなのでしょう。
どういう教育かはわかりません。ただ、これまで自分の教育と能力に相応しい職に就くことができなかったようで、そこに「闘争」があったようです。ここ数年間、なにかふさわしくない仕事をする傍ら、ふさわしい仕事に応募し続けてきたらしいのですが、「『関心を持ってくれてありがとう』という返信の一通すらないし、インタビューにも一度も呼ばれない。
もしかしたら、私の名前が『外国人』だから?って思い始めたわ。でも、そんな時、あのマリオット・ホテルのレストラン・マネージャーの職に応募したら、翌日インタビューに呼ばれたの。
チーフのジェネラル・マネージャーは移民なのだけど(私の推察ではこの人は男性)、『あなたくらいに相応しい人材は他にはいない』と言ってくれて、私は週明けから働くつもりでいた。
ところが人事部のチーフが送ってきた契約内容では、固定給に加えてオーバーワークの支払いはなし。これは組合の規則により、そのような契約内容でサインをすることは禁じられてる。(注:レストランのマネージャーは、管理職には入らないようです)
そこで、そのことをメイルで人事部長に告げて『話し合いたい』って言ったの。そしたらいきなり『攻撃的だ』という烙印を押されて、話しは吹き飛んでしまった。
後から聞いたのよ。レストランのメイン・シェフと人事部長は『ローカル(この場合はアイスランド人)』しか雇いたくない、という考えなんだって。
十四年間、ここに住んで、言葉を学んで、友だちもたくさんいて、子供たちはアイスランドしか『ホーム』と思っていない。それでも私は『ローカル』には勘定してもらえないということ?
もういい。ここでは、私はもうすることがない」
ビクトリアさんの「告発」を扱うMannlif誌の記事
Myndin er ur Mannlif.is
かいつまんでみると、このような内容だと思います。
で、私は移民の人たちとの接点が多い仕事をしていますので、このような話しはわりと頻繁に耳にする機会があります。全部を詳細に調べているわけではないので、大雑把な印象ですが、それらの話しのうちの七割くらいは大方本当のことだろうと思います。実際に酷い話しはかなりあるのです。
残りの三割は誤解がある場合と、差別されていると訴える側にも相応な問題がある場合です。
難しいのは、この「訴える側にも相応な問題がある」ということです。このビクトリアさんの場合については、わかりません。この投稿しか材料がないので。
ただ、考えなければいけないひとつの傾向というものがあります。それは、大方のアイスランド人の人たちに当てはまるのですが、自分の国は悪く言いたくないですから「そんなバカな。文句を言っている方に問題があるんだろ」で済ましたくなることです。
このことは、移民であっても、苦しい時期を抜けてある程度社会の中での居場所を確保している人にも当てはまることでしょう。実を言うと、私自身も気をつけないとそちらに流されそうになることがあります。
以前はあからさまな差別や偏見の言葉をよく受けましたが、ともかくも世に認められるようになってからは、直接に差別や偏見を受けることは少なくなってきました。
しかし、自分への差別が少なくなったことは、社会での差別が少なくなったことを意味しません。それでも、そこでそういう勘違いを起こしてしまうことはあります。この点はよくよく心に留めておかないと。
差別の構造というのは、往々にしてふたつ(以上)の集合体の対立のようになりますね。白人対黒人、白人対有色人種、欧米人対アジア人、男性対女性、イスラム教徒対キリスト教徒、アイスランド人対移民... のような。
そして例えば黒人の個人が白人による差別を告発する時、白人の中の一定数は必ず「自分はどうすべきか?」と考えてしまうことだろうと想像します。攻撃されている「白人」の中に自分もいるのだから、自己弁護を含めて白人を擁護すべきか、はたまた黒人の人の告発に耳を傾けるべきか...?
先日のサッカー代表の問題に関して、日本に住むフランス人のYoutuberの人たちの何人もが、困惑と謝罪の表情を見せていました。
PKに失敗したラシュフォード選手の壁画に落書きされた中傷に、上から応援の言葉で対抗
Myndin er ur Nbcnews.com
自分が属する集団の非を認めることは、必ずしも容易いことではないですし、差別の中には「国ぐるみ」「社会ぐるみ」のものもあります。そうなると、いよいよ難しくなることもありましょう。
しかし、それでも不当な差別や理不尽な偏見には、ひとつひとつ対決していかないと思います。大きな差別の流れに対して対抗できるのは、結局のところ立ち上がり声を上げる一個人、一個人しかないことを、これまでの歴史は何度も示してきたものと考えます。
そしてですねえ、日本にも差別はあると思っています。例えば難民認定が極端に少ないという事実。入管での外国人の取り扱い。愉快なテーマではないでしょうが、これは是非皆さんにも考えていただきたい問題だと思います。m(_ _)m
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Home Page: www.toma.is
Facebook: Toma Toshiki
関東も梅雨が明けたようですね。これからは相当に暑い日がくるのだろうと想像します。七月半ばにして気温が20度にも達しないレイキャビク住民からすると、夏日は多少羨ましい気もするのですが、多分、実際にその場になったら十分でギブすることでしょう。
清涼感アップ用のピック
Myndin er eftir Cris_Ried@Unsplash.com
さて、先日サッカー男子の欧州選手権「2020」の決勝がありました。イングランドvs イタリア。イングランドはまだ一度もこの選手権を奪ったことはなく、一方のイタリアも覇権は1968年と半世紀以上前のことでした。
加えて、両国ともコロナで相当散々な目に遭っていて、社会には欲求不満が溜まっていたことでしょう。そういう雰囲気が試合前から感じられ、ニュースでも試合結果による騒動などが心配されていました。なにしろ会場はウェンブレーで、もしイングランドが負けたら暴動が起きるのではないか?という声まで聞かれました。
で、実際にイングランドは負けました。1:1のまま延長でも決着がつかず、ペナルティ戦へ。ここでイタリアは最初と最後の二人が失敗。ところがイングランドはその上を行き、三人目から続けて三失敗。という、まさにイングランドファンにとっては「悪夢じゃー」だったことでしょう。
幸い暴動は防げたようですが、試合後、このPK失敗三人組に対してありとあらゆる馬事雑言が浴びせられました。三人が人種的に非白人であったことから、罵声は人種的な差別と化していきました。これ、日本でもニュースになったことと思います。
その一週間くらい前でしたか?フランスのサッカー代表二人が、一昨年に来日した際、ステイ先のホテルで、サービスに来てくれていたホテルのスタッフのことを「醜い」だの、日本が「先進国なのか?」などと嘲笑った動画を撮っていたことが話題になりましたよね。
私もYoutubeで見ましたが、まあ、下衆な連中だと思いましたよ。
考えてみると、昨年来のコロナの期間中って、やたらに人種差別や偏見に関連した話題が多くなかったですか?差別そのものは、残念なことですがいつでもあることだろうと思いますので、それが何らかの形でブレーキングポイント(する側からもプロテストする側からも)に達してしまうというのは、やはりコロナ禍でのストレスが関係しているのでしょうか?
PKに失敗し呆然とするSaka選手
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差別はアイスランドにもあります。金曜日にあるニュースを目にしたので、今回は「差別」がらみで、そのニュースをご紹介したいと思います。
あるポーランド人の女性が、Facebookに公開で投稿したものが反響を呼び、いくつかの他のネットメディアでも取り上げられたものです。この女性はビクトリア・ジョアンナさんといいます。
私の個人的な知り合いではないので、投稿から察することなのですが、結婚していてお子さんがふたり。アイスランドに住んで十四年になるようです。良い教育を持っていると自負していますが、書いている英語もしっかりしているし、多分そうなのでしょう。
どういう教育かはわかりません。ただ、これまで自分の教育と能力に相応しい職に就くことができなかったようで、そこに「闘争」があったようです。ここ数年間、なにかふさわしくない仕事をする傍ら、ふさわしい仕事に応募し続けてきたらしいのですが、「『関心を持ってくれてありがとう』という返信の一通すらないし、インタビューにも一度も呼ばれない。
もしかしたら、私の名前が『外国人』だから?って思い始めたわ。でも、そんな時、あのマリオット・ホテルのレストラン・マネージャーの職に応募したら、翌日インタビューに呼ばれたの。
チーフのジェネラル・マネージャーは移民なのだけど(私の推察ではこの人は男性)、『あなたくらいに相応しい人材は他にはいない』と言ってくれて、私は週明けから働くつもりでいた。
ところが人事部のチーフが送ってきた契約内容では、固定給に加えてオーバーワークの支払いはなし。これは組合の規則により、そのような契約内容でサインをすることは禁じられてる。(注:レストランのマネージャーは、管理職には入らないようです)
そこで、そのことをメイルで人事部長に告げて『話し合いたい』って言ったの。そしたらいきなり『攻撃的だ』という烙印を押されて、話しは吹き飛んでしまった。
後から聞いたのよ。レストランのメイン・シェフと人事部長は『ローカル(この場合はアイスランド人)』しか雇いたくない、という考えなんだって。
十四年間、ここに住んで、言葉を学んで、友だちもたくさんいて、子供たちはアイスランドしか『ホーム』と思っていない。それでも私は『ローカル』には勘定してもらえないということ?
もういい。ここでは、私はもうすることがない」
ビクトリアさんの「告発」を扱うMannlif誌の記事
Myndin er ur Mannlif.is
かいつまんでみると、このような内容だと思います。
で、私は移民の人たちとの接点が多い仕事をしていますので、このような話しはわりと頻繁に耳にする機会があります。全部を詳細に調べているわけではないので、大雑把な印象ですが、それらの話しのうちの七割くらいは大方本当のことだろうと思います。実際に酷い話しはかなりあるのです。
残りの三割は誤解がある場合と、差別されていると訴える側にも相応な問題がある場合です。
難しいのは、この「訴える側にも相応な問題がある」ということです。このビクトリアさんの場合については、わかりません。この投稿しか材料がないので。
ただ、考えなければいけないひとつの傾向というものがあります。それは、大方のアイスランド人の人たちに当てはまるのですが、自分の国は悪く言いたくないですから「そんなバカな。文句を言っている方に問題があるんだろ」で済ましたくなることです。
このことは、移民であっても、苦しい時期を抜けてある程度社会の中での居場所を確保している人にも当てはまることでしょう。実を言うと、私自身も気をつけないとそちらに流されそうになることがあります。
以前はあからさまな差別や偏見の言葉をよく受けましたが、ともかくも世に認められるようになってからは、直接に差別や偏見を受けることは少なくなってきました。
しかし、自分への差別が少なくなったことは、社会での差別が少なくなったことを意味しません。それでも、そこでそういう勘違いを起こしてしまうことはあります。この点はよくよく心に留めておかないと。
差別の構造というのは、往々にしてふたつ(以上)の集合体の対立のようになりますね。白人対黒人、白人対有色人種、欧米人対アジア人、男性対女性、イスラム教徒対キリスト教徒、アイスランド人対移民... のような。
そして例えば黒人の個人が白人による差別を告発する時、白人の中の一定数は必ず「自分はどうすべきか?」と考えてしまうことだろうと想像します。攻撃されている「白人」の中に自分もいるのだから、自己弁護を含めて白人を擁護すべきか、はたまた黒人の人の告発に耳を傾けるべきか...?
先日のサッカー代表の問題に関して、日本に住むフランス人のYoutuberの人たちの何人もが、困惑と謝罪の表情を見せていました。
PKに失敗したラシュフォード選手の壁画に落書きされた中傷に、上から応援の言葉で対抗
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自分が属する集団の非を認めることは、必ずしも容易いことではないですし、差別の中には「国ぐるみ」「社会ぐるみ」のものもあります。そうなると、いよいよ難しくなることもありましょう。
しかし、それでも不当な差別や理不尽な偏見には、ひとつひとつ対決していかないと思います。大きな差別の流れに対して対抗できるのは、結局のところ立ち上がり声を上げる一個人、一個人しかないことを、これまでの歴史は何度も示してきたものと考えます。
そしてですねえ、日本にも差別はあると思っています。例えば難民認定が極端に少ないという事実。入管での外国人の取り扱い。愉快なテーマではないでしょうが、これは是非皆さんにも考えていただきたい問題だと思います。m(_ _)m
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
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